36話 人魚に会ってくる
「わたしの力は――うわ、マジか……わたし、一日一回、死んでも生き返るっぽいよ」
「一日に一回……すごいですけど――何度も生き返ると言うことは、何度も死ぬということですからね……」
「――現世でいうところの午前中に死ねば、正午に生き返る。午後に死ねば、〇時に生き返る。――ってことは、午後に死ねば、生き返るのは一応翌日だから……生き返った後に即死しても、また正午に生き返る……」
「午前中に死んで午後にまた死んでしまうと、もう生き返らない……」
これまで約二週間が経過したが、この世界でも、普通に生活していれば誰かに殺されるリスクはほとんど無い。
でも、もしかすると村の外に出ると何か起こるかもしれない。
……使う機会など考えたくは無いが、何か行動を起こすときには、午後にするべきだろう。
さらには、どんな殺され方をしても、わたし自身は元の健全な状態に戻るらしい。
もしも焼き殺されたら服は燃えたままだろうから……正午に素っ裸で生き返って恥ずかしい思いをするかもしれない。
気を付けなければ。
あと、例えば溺れて死んだら――水の中で生き返って、また溺れ死ぬ。二度と生き返れない。
ということで、死に方も気を付けるべきか。
……あーあ、どうせなら、傷つかない力とかの方が良かったのに。
この力には、まだ続きがあった。
「あと、この世の男が全部あいつに見える。そして、わたしを殺した人を不幸にするんだって……何じゃそりゃ! て感じだよね」
「不幸……なんとも曖昧な。ミュウさんを殺した罪を償うような、そんな思いをするということでしょうかね」
それなら――もしも、わたしが現世からこの力を持っていたとしたら……あいつは今頃、不幸なはず。
そうだ、こう考えれば少しだけ楽かもしれないのだ。
――わたしのこの力は、お墓で願う前から既に宿っていた。
だから、あいつに首を絞められて、本当は死んだのに生き返ったのだ。
あいつはきっと、わたしの復讐を恐れてコソコソ生きている。さらには何かしらの不幸があいつを――ふふっ……
「と、ところで……ワタシの力はわかりますか? たぶん、検証どおりでしょうけど」
物思いからおじいさんへと意識を戻した。
久しぶりの妄想で、怖い顔をしていたのかもしれない。
何か怖いものを見たような顔をするおじいさんの姿を捉えると、その力の情報が記憶として脳裏に宿った。
「――うん。一日一回、そして、一人につき一回。あと、それはその人が願ったものに限る。願い事を聞かなくても、おじいさんが願ったことを願う気持ちを持っていれば、叶う」
「つまり、見ず知らずの人の願いも、当てずっぽうでも数を撃てば叶うかもしれない、と」
「なんだか勿体無いけど、そうだね。でも、何というか、ほんとに損な力だよね。自分の願いじゃなくて、人の願いだけが叶うなんて――」
「それで良いのですよ。ワタシの幸せは、人の幸せ。そう思えるようになったのですから。それに、人のお願いを叶えることができるなんて、幸せなことです」
そうだ。こんな優しいから、わたしはおじいさんと一緒に居たいのだ。
一緒に居て落ち着くし、安らぐのだ。
おじいさんは、わたしのことを見てくれる。わたしの本当の幸せを、願ってくれているのだから。
「あと、おじいさんのその力――誰のでも、何モノの願いでも叶うみたいだよ?」
「何モノでも? ……それって、人以外の生き物でもってことですか?」
「たぶん、意思を持つなら、『変異種でも』ってことじゃない? ねぇ……いくら何でも、変異種の幸せなんて望まないよね?」
「……変異種が漏れずに悪者なら、そうでしょう」
そもそも変異種のことをよくわかっていないが――もしも世界征服やら不老不死を願う悪い奴の願いを叶えてしまったら、この世界が滅亡するかもしれない。
何だかんだ、おじいさんの力が最強じゃない?
それに――そうだ、この力が悪い奴に知れたら、それこそ良いように利用されるかもしれない。
しまった……わたしの願いを叶えるのを早まったかもしれない。
もっと何か、攻撃というか、自衛手段を身に付けるべきだったかもしれない。
――翌日の午後のこと。
「わたしちょっと、人魚に会ってくるね!」
「はい、お気を付けて……って、え? 人魚?」
わたしは新たに『力を知る力』を得て、自身の力を知ることもできた。
願い得た力を持ってこの世界に呼ばれた人、そして、変異種の力を知ることで、この世界を安全に生きることを最優先する。
そこでまず、身近な力を持つ存在である人魚の力を知ってみようと思ったのだ。
「で、でも――人魚は呪いをかけるみたいですよ?」
「うん。歌を聞くと、その人は自我を失う。その人の目には、他の人が見るも悍ましい何かに見える。そして、人魚は逆に、すごく魅力的な何かに見えるのかな? だから、人同士は殺し合って、一人残ると人魚の下に歩み寄って、湖に引き込まれてしまう」
「そんな、危険ですよ! 水の中で生き返ったら、また死んでしまうんですよ?」
それでも、何となくだが、わたしには人魚の呪いが通用しないのではないかと思っていた。
まず、わたしは既に、目に映る男性全てがあいつに見えるという呪いがかけられている。
さらに、その人魚は『男』だというのだ。
その人魚があいつに見えて、大きな殺意を覚えて終わりではないだろうか。
あとは、住人の誰かに拳銃でも借りて、脳天でも打ち抜いてやれば良い。
あいつそっくりな人魚を殺せたら、さぞかしスッキリするだろう。
それとも、包丁を借りて首を狩ってやろうか……
微笑み妄想するわたしに、おじいさんは引きつった笑顔で、
「む、無理はしないように――」
と、納得してくれたようだった。
――この世界にも猟銃があるらしい。
だが、狂気持ちのわたしに凶器を持たせようとする住人は居なかった。
包丁を持たせるのも怖いというので、わたしの手には棍棒が握らされた。
腰にはすっかり巻かれ慣れた縄がくくりつけてある。
もしもわたしが人魚の呪いにかかり、自我を忘れて人魚に近付くようなら、縄を引っ張ってもらう。
自我を忘れて男連中に襲いかかるわたしを返り討ちにしてもらえば、〇時に生き返ったわたしは自我を取り戻しているだろう。そんな計画だった。
こじんまりとした湖を一望できる、約二百メートルほどの位置には、立ち入り禁止のロープが張られていた。
付き添ってくれたのは、あいつそっくりの屈強な男が三人と、神父、そしておじいさんだった。
わたしは一人、その張られたロープをくぐった。
たった一歩踏み出すとすぐに、湖から何かが聞こえてきた。それは、歌声だった。
「ね~んね~、ね~んね~……良い子だね~、おやすみね~……」
これは……子守歌だろうか?
呪いの歌と聞いたから、もっと恐怖を覚えるような歌をイメージしたのだが。
でも、もしかすると呪いではなくて誘惑ということだろうか。
それにしても……この声、子供じゃない?
ロープの外にいるみんなにも、その歌が聞こえているのだろう。
影響範囲外とは思えるが、みんな、その耳を塞いで聞きたくないようだった。
わたしは笑顔で軽く手を振ると、すぐに湖に向き直り、歩みを進めた。
歌声は聞こえるが、その姿はまだどこにも見ることが出来ない。
湖までの距離が五十メートルほどに近付くと、ようやく人魚と思われる姿を見つけることが出来た。
湖の真ん中付近、水面から、頭部だけを覗かせていたのだ。
心霊写真を見せられて、どこかに何かが写っているのはわかっているのに、それを見つけると驚いてしまう。
それと同じだろう。
「ひっ!」
と声を上げてしまった。
念のため、振り返って手だけは振っておく。
人魚のその頭部まではまだ百メートル以上の距離がある。
それでも、わたしは目に見える人魚の頭部から、その力を知ることができた。




