34話 ワタシの力
あり得ない願いが叶い、わたしたちは、おじいさんの持つ力が本物であると確信した。
「ふぉっふぉ――マッさんは神の子なのかもしれませんな。いや、子というには老い過ぎていますが。どれ――」
神父は礼拝堂の奥のドアに消え、そしてすぐに戻ってきた。
その手には何やら本のようなものを手にしている。
「これは、この世界の全ての神の家に伝わる『童話』です。ですが、神に遣える者にしか、その存在は知らされていません」
「そんな、大事なものを――ワタシなんかが見ても?」
「えぇ。あなただから、見せるのです」
「じゃあ、わたしは席を外した方が良いよね――っていうかわたし、存在を聞いちゃったけど……記憶を消されたりしないよね?」
「ふぉっふぉ! 後頭部を殴打する良い口実ができましたな! ――なんて、そんな物騒なことはしませんから、ご安心を」
何か、この神父さん怖いんですけど……これからは、もう二歩分くらい距離を取ろう。わたしはそう決めた。
「ミュウさんもきっと、神の導きを受けてこの村に来たのでしょう。滅多に見られない黒髪ですし、マッさんとほぼ同じタイミングでやって来たのですから」
どうせ後で、無理にでもおじいさんに教えてもらおうと思っていた。
だから、遠慮無く見せてもらうことにした。
二人が読んだそれは、この世界の成り立ちを記したものだった。
――夕食を取り終えると、わたしとおじいさんは、おじいさんの部屋で話を始めていた。
「わたしたちは、願い得た力を持ってこの世界にやって来た……ってことだよね」
「そのようですね。人選の基準はわかりませんが、この世界の神に呼ばれたということでしょう」
「でも、なんて言うかあのパワースポットって、誰かのお墓だったよね? 神とは思えないけど」
「あれはきっかけに過ぎないのでしょう。おそらくですが、この世界で有用となるような力を強く願う七人が選ばれて、あの場に集められたのではないでしょうか。とすると――あの場に集った他の五人も、同じようにこの世界にいるのでしょう」
「この世界に呼ばれた理由は、神様の願いを叶えるため。そしてそれは、女神様を復活させること。――何じゃそりゃ! って感じだよね」
「そうですな。まさか、普通ならあんな本を見ただけでは信じませんが。ですが羊の皆さんを見て、あなたの死体を見て、でも復活した姿を見て。そして、ワタシの力のこともあります。――もはや、信じるしか無いのでしょう」
「うん。じゃあさ、思うんだけど。おじいさん、女神様の復活を願ったら、速攻で解決するんじゃない?」
「――神様の願いを叶えるということですね? でも……まず、神様に出来ないことがワタシの力で叶うとは思えません。それに、もし出来たとしても、この世界がどのように終わるのかわかりません。
女神様は、この世界を終わらせることが出来る。……ワタシは今、幸せです。とても平和に時間が流れて、可愛い孫が一人増えたようなものだし……」
「わたしも、おじいさんと会えて良かった。あいつに復讐したい気持ちは今も強く残ってるけど、でも、それ以外のことも見えるようになった。今を楽しく生きたいと思えるようにもなった。だから、出来るのなら、このままここで過ごしても良いかな。そう、思ってるよ」
「――とりあえず、様子を見たいと思います。それに、この力のことをもっと知らないといけないでしょうしね」
「そうだね、わたしもそう。この世界の全ての男があいつに見えて、死んでも生き返る。でも、生き返るのが一回きりかも知れないから、迂闊に死んで試せないし……」
「ワタシの力は、人の願いを聞いて、その願いが叶ったら良いなと口にする。――直接その口から聞く必要があるかというと、おそらく違うでしょう。神父伝いの願いも叶いましたからね。それに、恋愛が成就しなかった女の子の件があります。もしかすると何か制限があるのかもしれませんね」
「……一日に叶える回数とか、人数とか?」
「えぇ。幸い、ワタシのこの力は試しやすいものです。人を不幸にするような願いを口にしなければ良いだけですから」
「でも――もしも制限があるとしたら、迂闊には試せないかもしれないね。例えば一人につき一つだったら、本当に叶えるべき願いを叶えることが出来ないから」
「ですね。では、ミュウさんの願いは特によく考えて叶えることにしましょう」
――その後は、ワタシの力の検証をした。
まずは、神父の他の願いを叶えてみることにした。
ワタシの力を確信し、神父は願い事ランキングなるものを書いた紙を、こっそりとワタシに手渡していたのだ。
「ほんと、何なのあの欲まみれ神父……ていうか、不老不死とお金持ち以外は小さい願いばっかりだね。神父さんっぽくて可愛いけど。でも、百位まで書くってふざけてるよね」
「取り敢えず、ランキング三位の『老眼を治して欲しいですじゃ』にしますか」
神父の切なる願いだと思い込み、その願いが叶えば良いと口にした。
でも、それは叶わなかった。
翌日、またそれを口にするが、やはり叶わなかった。
「マッさん、ちゃんと心から願ってくれていますか?」
と訝しげに言う神父は、ミュウに強く睨まれると黙り込んでいた。
だがその代わりに、住人の一人が口にしていた『頻尿に困っている』という悩みを解決することは出来た。
その後も、住人のちょっとした願いを叶えようと口にしたが、一つも叶うことは無かった。
でも、これで自身の力が何となくだがわかった。
一人につき一つ、そして一日に一人、ということではないか。
――その日の夜は、わたしの部屋でおじいさんと話をした。
「童話を目にするには、神父から神の子認定される必要があります。おそらくその存在を知ることすら難しいのではないでしょうか。となると、まずは他の人を見つけて、この世界のことを伝えるべきでしょう」
「それはそうかもしれないけど――でも、考えた方が良いかも」
「どうしてです?」
「何かが引っかかるの。――おそらく、この世界は大昔から存在する。この世界には五十年に一度、七人の人間しかやって来ないけど、累計ではそれなりの人数が来ているはず。医療も発達していなさそうなこの世界で、人間が長生きするのは難しいよね?
だから、同じタイミングでやって来た人以外とは、会うこと自体が難しいと思うの。
――それにしたって、後からやって来る人のために、何かヒントとか情報を残していても良いと思わない?」
「それが、童話なのでは?」
「それなら、例えば『黒髪の人には絶対に見せるように!』とかしてほしくない?」
「たしかに……」
「何も残さない理由――それは『ただただ知らなかったから』が一番多いとは思うけど、あとは、知っていたけど残さなかった理由……残す手段が無かったとか」
「……ですが、知っているということは、童話を見ているということ。神の子として認定されている、ということでもあります。つまり、神父さんとの交友もある程度深いのでは?」
「そうだね。たしか神父さん、『定期的に神父会議が開かれる』とか言ってたよね? これをうまく使えば、神父さんを使って後世に何かを伝え残すことも出来そうだよね」
「えぇ。残す手段が無いとは言えませんな」
「あとは……この世界のことを知って、『残すも何も、俺がこの世界を終わらせてやるぜ!』っていう血気盛んな人が多くて、全滅した可能性もあるかな。――そう言えば、バスの中にもヤンチャそうなガキがいたよね」
これはわたしの偏見だが、あんなヤンチャそうなやつほど、この世界で真っ先に命を落とすのではないか。
とは言え、ものすごい力を持っていたら話は別だが。
――そこで、引っかかっていた何かがわかった。
どうやらこれは、恐怖と不安が合わさった何かだったようだ。




