32話 一か月
この世界に転生して三十日が経過したその日。
俺の手元には、著者俺、『別世界の歩き方』の第一巻、第一刷が届いた。
原作はこの世界の成り立ちが書かれた童話と、リアルタイムに更新される転生者六人の物語。
あとはそれらを干渉判定されない言葉、内容に変換するというだけの作業だった。
神父の達筆はたいしたもので、しかも絵心もあり、要求以上の挿絵を描いてくれていた。
ただ、要求していないのに、女子が漏れずに巨乳美少女に描かれていたところだけが気になるが……深くは掘り下げないでおこう。
神父とはいえ一匹の雄なのだ。
執筆中に改めてわかったこともあった。
既にわかっていたのは、干渉判定された言葉や内容は、そもそも文字にすら出来ないこと。要領を掴んでからは、執筆作業にはさほどの支障は伴わなかった。
そんな中で、俺はとあることを思い付いたのだ。
「もしかして――文字に出来ない現象を逆手に取れば、この世界の正解がわかるんじゃね?」
この世界の秘密や、転生者の素性が特定されるもの、あるいは特定する要因となるものは、文字に出来ない。
例えば、「俺は転生者で、同期六人の物語を読み放題だ!」などと思ったところで、俺の手も口も、ピクリとも動かすことが出来ない。
それならばこの現象を利用して、「神は、実は初代の転生者なのだ!」という憶測を文字にしてみる。
もしも文字に出来なければ、それが正解ということではないか。
でも――わかったのは、文字に出来ないのは、俺が知り得ることから特定し得ることのみ。
即ち、それはただの憶測、戯れ言に過ぎないと判定されるのだ。
とは言え、今後情報を得ていくことで、例えば『やっぱり神は転生者!』という憶測が断定へと変わった場合、それは文字に出来なくなるのだろう。
既に文字にしていた場合は、おそらくその文字は消えてしまうのではないか。
そこで、俺はまた思ったことがある。
「古文書とかでよくある、『大事な部分が見えない!』ってやつ。もしかしてこの現象だったりして?」
――この一か月間で、いろいろとわかったこともあれば、謎が深まるだけのこともあった。
中でも自分のスキルだけは、この世界攻略にどう役立つのか、あるいは必要かどうかさえ、よくわかっていない。
そもそも、俺は他の転生者とどの程度まで干渉することが出来るのだろうか。
干渉判定された事実を伝えられないだけなのか、あるいは会話すら出来ないのか、はたまた対面すら叶わないのか。
この一か月間は執筆と物語りで多忙を極め何もできなかったが、比較的落ち着いた今、検証も必要となるだろう。
それでも、現時点でわかっていること、というか使命のようなものはあった。
俺は、この世界の『今』のことを誰よりもよく知っている。
それをありのままに伝えることが出来ないのはもどかしいが、これは俺のスキル所以の制約だから仕方が無いだろう。
干渉を回避しつつも、可能な限り事実に近いことを転生者に伝える。
これが、とりあえず今は、俺の使命だろうと思っている。
そんな中、接触を試みるべき相手は、俺の中で既に決まっていた。
しかもその転生者は、少し前から黄の国に滞在しているのだ。
『今』を知る俺、そしてその転生者は、結果を――『未来』を知ることが出来るのだ。
どこまで干渉できるかはわからないが、彼女と組むのが最善だろう。
一つ、心配するとすれば――転生者の女ってみんな、気が強すぎるんだよな……
――この一か月間、転生者の間で起こった大きな出来事を整理してみる。
まず、赤の国の反発少女。
初日に変異種を討伐して力を得るも、壁の外側で可愛い変異種にやられて、誰よりも早くリタイア。
この世界の攻略に欠かせない力を持った彼女は、一刻も早い復活が望まれている。今のところ望んでいるのは俺だけだが。
――次に、俺の意中の相手。緑の国、結果予知の予知子ちゃん。
行商人のコリーというオーク族と共に、各地を巡っている。
一週間ほど前からは、黄の国の城下町に滞在しているのだ。
そんな予知子ちゃんは、三日目にはその綺麗な黒髪を赤紫色に染め上げたようだった。
彼女の予知映像でその姿を見ることが出来たが、これが以外とよく似合っている。
彼女に関しては今のところとりあえず、それだけ。
今後接触を考えているが、あの屈強な、俺もちびりそうな見た目を持つオークを尻に敷く気の強さを持っている。
――同じく緑の国、カリスマイケメンは、二百年前にこの世界に転生してきたというゴロウと行動を共にしている。
実は、黒髪に危険が及ぶという噂は、緑の国を出ていないらしい。
さらにイケメンが討伐可能な変異種がドクターの手元にキープされてしまった今、危険な緑の国に留まる理由は無くなった。
二人は、二日目には緑の国を出て、赤の国に到着していた。
なぜ赤の国かというと、新しく生まれた変異種を確認するため。
実はこのゴロウ、百年前に『気配を察知する力』を持つ変異種を討伐したおかげで、自分がつくった結界内に察知スキルをも封印出来るのだという。
ゴーストを封じ込めていたチェーリの村内部の気配が消えたことから、その遠隔察知で、討伐された事実を知ったのだ。
変異種の情報を得るためだけに、二人は騎士団の調査隊に加入することにした。
情報を得たらすぐに脱退するという我が儘な条件を、イケメンのスキルで知の団長に言い聞かせたのだった。
さほど広くはないこの世界だが、舗装された道路も車両も無いため、国中の情報を集め回るにもかなりの時間を要した。
ようやく変異種の情報を掴んだのは、一週間前のことだった。
キャブトという町から、四人の子供が忽然と姿を消したのだという。
ていうかキャブトってなに? アカカブトのカブトからきてたりする?
騎士団支部も設置されているその町で、人攫いなどが起こる可能性はほとんど無い。
いずれも日中、気が付いたらいなくなっていたというものだった。
『もしかすると、自身と触れた者の姿を消す力とか。瞬間移動とか空間移動の類いか』
などという予測を立てて、調査隊はここ一週間、キャブトの村に滞在している。
そんな中、隊員の一人は今にもイライラが爆発しそうな状況にあった。
変異種をぶっ倒したいと、その力を誇示して調査隊に入ったのに、一向に変異種の姿を見ることすらできないのだ。
しかも、何もせずに何故かちゃっかりと調査隊に加わった黒髪二人にも、未だに納得がいっていないようだ。
その隊員とはもちろん、絶対的強者スキルを得た、目つきの悪いヤンチャ少年だったのだが。
――そして、問題は青の国の二人。
じいさんと復讐女は、今も同じ村に滞在している。問題と言っても、悪いことは何も起きていない。
むしろ二人にとって、そして世界を攻略するためにも、良い方向に進んでいる。
干渉の可否によっては俺にとっても重要な存在だと言っても過言ではない。
問題なのは、俺の存在意義が薄れることなのだが……まぁ、それは取り敢えず置いておくとして。
きっかけは、転生から二週間後のある日に起きた、とある出来事だった。




