02話 物語りスキル
気が付くと、眼前には暗闇が広がっていた。
自分が目を開けているのか、閉じているのかさえわからない闇。からだを動かそうとするが、感覚が無いのか、あるいは動いていることさえ認知できないらしい。
どうやらここでは、意識のみが機能していると考えた方が良さそうだ。
――俺は……そうだ。念願の異世界転生を果たした、ただのニートだ。
異世界での記念すべき第一歩目で、石畳の出っ張りに躓いた。
硬そうな石畳がスローモーションで目の前に近付いてきて――三十二年の人生、最初で最後のキスの相手が異世界の石畳だったというわけだ。
現実世界……いや、現実異世界? ややこしいが、とりあえず現実の俺は、あっという間にリタイアしてしまったらしい。
しかし、ここはどこなのだろう。意識の中、だろうか。それとも、現実と異世界の狭間のような場所なのか。
意識があると言うことは、もしかすると、ここでも物語を読むことができるのかもしれない。
だがそこで、自身の『物語りスキル』の使い方がわからないことに気が付いた。
転生者たちの紹介は、転生と同時に頭の中に入っていたものだった。
最初に、それをプロローグとして読んだだけ。
――でも……こういうのは大概、大事なのはイメージだろ?
大型のテレビ画面をイメージすると、イメージしたそのものが目の前に現れた。
――よし。じゃあ、転生者六人の物語を、サムネ表示みたいに分けて……ん?
自分を含めたとしても、その画面は七つのはずだった。
だが目の前には、十一の画面が表示されているのだ。
――名前も知らないし、とりあえず左の画面から01、02って名前を付けるとして……真っ暗なのが六画面か。で、街並みか? 景色が映ってるのが五画面……って、おい!
ふと見えた景色が気になり、08の画面を拡大させる。
そこに映るのは、つい先ほど一瞬だけお邪魔した街並みによく似ていた。
しかも、誰かが地面にうつ伏せに寝転んでいるのだ。明らかに現代人の格好をした、見るからに不健康そうな、白い豚のような……
――って、俺じゃん!
他の画面もそうだが、そこに映っているのは、誰かが現に見ている景色のようだ。
物語は、その人の視覚を借りて、主観映像で読むということなのか。
どうせならアニメみたいに、主人公を多角的に捉えてくれた方がわかりやすい……そんなことを思いながら、08画面に注目する。
すると、その目線は、絶命した白豚に近付いていた。
「大変! 誰か、人が倒れて血を流しているわ!」
その誰かは俺に走り寄って、しかも人を呼んでくれていた。
視界が寝転ぶ豚から周囲の景色に移ると、足早に近付いてくる数人の姿が見えた。
「あちゃー。ダメだこりゃ、もう死んでるな」
「しかし、見たことの無い格好だな。体型で言うと……ドワーフとプリンの混血か?」
「そうかもな。でも、急所を守れないなんて可哀想な体質だな。せめて頭部がプリンなら、衝撃なんて吸収できたのに」
俺の周りに集まってくれたのは、三人。誰かの目線が捉えたその三人は、いずれも獣の見た目をしていた。
多種族が住む町だと思ったが、種族は同じで、モデルとなる種類が異なるだけのようだ。
その三人はいずれも種類が異なり、猫、狐、犬を人型にしたような見た目をしている。
アニメと違って体毛がやけにリアルで、顔も全然可愛くない。だが、興味のあることに対して尻尾を振ってしまう習性は動物のそれと変わらないらしく、そこだけは可愛い。
そこで気付いたのは、07、09、10の画面が、駆け寄ってくれた三人の目線であることだった。
――そう言えば……いろんな種族がいるな、って感想を持ったんだよ。そのとき、五人くらいの異世界人を目で捉えた……てことはだぞ? そういうことなのか?
六人の転生者の他に、自身の目で見た異世界人の物語も読むことができるのかもしれない。
――とすると……俺、超勿体無いことしたな。もっと多くの異世界人を見ておくべきだったんだ。……そうだ、この人たちの、過去の物語は読めるのか?
今見ている四つの画面を巻き戻すイメージを持った。すると、最も古い目線は、今からたったの二分前ということがわかった。
――つまり、俺が見た人の、俺が見た瞬間からの物語しか読めないってことか……でも、すっげぇなこれ!
だとすれば、やはりもっと多くの人を見ていれば……今さら後悔しても仕方が無いと思い、とりあえず続きを読むことにした。
「どうする? とりあえず、神の家に運ぶか?」
「そうだな。まだ魂は残っているはずだ。神のお導きがあるかもしれない」
「じゃあ、みんなで運ぼう……うわ、結構重いぞ? もっと人手が必要か?」
「荷車に載せれば良い。わたし、借りてくる」
人の良い種族なのか。どうやら四人で協力して『神の家』とやらに運んでくれるらしい。
しかし、この世界にも神が存在するのだろうか。
神の家ということは、現実世界で言うところの教会みたいなところなのだろうか。
――それにしても……魂が残っている? 神のお導き? どういうことだ?
もしかしたら、この世界には『魔法』が存在するのかもしれない。
それなら、禁断の『復活魔法』の使い手だっているかもしれないではないか。
もしも生き返ることができたなら、もっとたくさんの人を見ることができる。
そして、もっとたくさんの物語を読むことが……いや、対人スキルレベルゼロの俺は、こんな意識世界がお似合いだろう。
異世界に居たとしても、どうせ人目を避けてどこか廃墟に引き籠るに違いない。
ただ物語を読んで、気付いたら餓死しているのだろう。
でも、それなら……どうせ、また死んでここに戻るのだ。
必要なのは、可能な限り人を見ることだけ。
――そうだ、生き返ったらまずは準備運動をしよう。次があるなら、あっという間に死なないことだけを気にすりゃ良い。どうせまた、すぐに死ぬんだ。人目なんてどうでも良いじゃないか。気にするのは少しでも多くの人を見ることだけだ!
うん。あるかわからないけど、城を訪れるのも良いかもしれない。王様をチラっとでも見ることができたら最高の物語を読めるんじゃね?
いや待て、俺。俺自身が異世界生活を楽しむって選択肢もあるだろうが!
夢にまで見た異世界だ。それに、見たところ町に居るのは優しい種族みたいだしな。それこそ神のお導きとやらで、過ごしやすい環境に行き着くかもしれない!
などという妄想を繰り広げると、我に帰った。そう、これが俺だ。
現実逃避しか楽しみが無い、生きている価値が無い人間。それが、俺なのだ。
異世界とは言え、俺自身が変わるわけではないのだ。
――とりあえず、食用豚の如く荷車で運ばれる白豚がどうなるのか。
展開を読むとしよう。




