28話 人魚の呪い
次に目を覚ますと、目の前には前回と同じ天井が広がっていた。
「目を覚ましたようです」
「ふぉっふぉ。では段取りのとおり……」
しゃがれた高い声は、老人のものだろう。やはり、なぜか落ち着く声だった。
そして、声だけ聞けば同じような、ただの老人のものに思える声は、神父の格好をしたあの男のものだろう。
未だに縄で結ばれており、からだを動かすことは出来なかった。
「どれ、からだを起こしますぞ。これから検証を始めますじゃ。また気を失ったらごめんなさい、ということで――よいしょ」
神父のあいつは、老人と二人でわたしのからだを起こした。どうやら一番後ろの長椅子に寝かされていたらしい。
部屋の正面に向けられると、その目の前に見えたのは――
「な……なん、で……? 何で、五人もいるわけ!?」
それぞれ格好は違うが、間違い無くあの男が目の前に、しかも五人も立っているのだ。
何とか正気を保つも、あり得ない光景にひどい目眩を覚える。
さっき気を失ったときは二人だったのに……あのときの一人が目の前の五人の中にいるかどうかはわからない。
少なくとも、神父と目の前の五人、合わせて六人のあいつがいるのは間違い無い。
まさか、あいつのそっくりさんが集う村なのか。
それとも、あいつは七つ子で、兄弟の六人がここに住んでいるのか……
「では、次の検証ですじゃ。あなたたち、お嬢さんの視界に入って下さいな」
背後から数人の足音が聞こえると、すぐにわたしの視界に入ってきた。
その姿を見て、わたしは保っていた正気をまたも失いそうになる。なぜなら、そこには羊が三匹……まるで人間の形をして、二足で立っているのだ。
しかも、
「黒髪の人間なんて初めて見た!」
「黒髪には黒いお洋服が似合うのね!」
「お顔もとっても可愛いわ!」
などと、まるで女子のそれのようなトークを繰り広げているのだ。
「そっか……これ、が、羊の住人……」
ようやく老人の言ったことを理解した。その三人は執事ではなくて、間違い無く羊の住人だったのだ。
「ふぉっふぉ。皆様のおかげで、ようやっとわかりましたよ。このお嬢さん、どうやら『人魚』に呪いをかけられたようですじゃ。お嬢さんの目には、わたしたち男だけが、おそらく殺したいほど憎む相手に映っているのでしょう」
「なんだって!?」
「まさか、湖に近づいたとでも言うのか?」
「きっと、人魚のことを知らなかったんだろう」
「やはり、ちゃんとした柵を設けるべきなんだ!」
人魚? 湖? 部屋の中にいるあいつらが思い思いのことを口にし始めた。
まさか、男だけがあいつに見えているとでも言うの?
でも、たしかに女子っぽい三人はちゃんと羊に見えるし……いや、人型の羊が見えるのもおかしいのだが。
「でも……おじいさんだけは、あいつに見えませんよ?」
「ふぉ? もしかすると、マッさんは老いぼれだから、その呪いに男として認識されていないのでは? ふぉっふぉ!」
「いや、神父も十分老いぼれでしょうが!」
――神父と住人たちは、人魚の呪いとやらを教えてくれた。
「大昔、わたしがまだ小さくて可愛い頃のことですじゃ。村の近くの湖に『変異種』が現れたのです」
「変異種?」
「ふぉ? あぁ、マッさんと同じで、この世界のことがわかりませんか……一先ずここにいるみなさんと情報を共有するための、必要最低限な情報だけを教えましょう。
この世界には『赤』『青』『黄』『緑』の四つの国があります。ここは青の国の『ブルベの村』ですじゃ」
この世界……? じゃあ、ここは日本じゃないってこと? ていうか、地球でもないとか?
あぁ……あいつ、異世界アニメとかいうのを好んで観てたな……もしかすると、その異世界みたいな世界にいるってこと?
なぜかマッさんと呼ばれている老人を見ると、「別世界。そう考えるしか無いでしょう」と言い、わたしを見て小さく頷いていた。
「――そして、四つの国にはそれぞれ一体ずつ、変異種というものが生息しています。それぞれが何かしらの力を持ち、人に害をなす、まさに災害のような存在ですじゃ。例え討伐しても、新たな変異種が生まれる。そう、必ず一体ずつ、それは存在し続けているのです」
「今、この国に生息する変異種が人魚で? わたしは人魚の呪いにかけられた、と?」
「ふぉのとおり」
ふぉのとおり? この神父のあいつは、その見た目のせいか何やら胡散臭さを感じてしまう。
「この世界には我々のような獣人もいれば、魚人という種族もおります。魚人とは、魚の見た目をした人間。そして人魚とは、魚と人間の見た目を併せ持った魚、とでも思って下さい。そして変異種の人魚ですが、上半身が人間、下半身が魚という見た目をしているそうです」
おとぎ話に出てくる人魚そのものか……でも、
「その……人魚に性別はあるのですか?」
「ふぉ。どうやら男性の見た目をしているようですな」
どうやら危険な存在らしいので、対面する機会は無いだろう。
それでも、上半身が男性ということは、あの男に見えてしまうということか。
ついつい人魚の姿をしたあいつを思い浮かべると、吐き気を覚えてしまった。
「人魚は湖の中、水中に住んでいるようです。人が近付くと水面に姿を現し、歌を歌う。そしてその歌を聞くと、自我を失ってしまうのです。それが、人魚の呪い」
「呪いの歌ってことか……それで、危険だからみんな湖に近付かないってこと?」
「そうなんだ。昔から湖の周りにはぐるっと縄が二重に張られている。暗闇でも光るような特殊な液が塗られているし、気付かない訳は無いんだが……」
出来れば、喋るのは女性だけにしてほしいのだが、五人のあいつのうちの一人が説明をしてくれた。
でも……そんな縄など見ていないし、湖に近付いても、歌を聞いてもいない。
とはいえ、ここでそれを言っても納得しかけたこの場をまた悩ませてしまうだけだろう。
不要なことは言わず、胸の内に秘めておくことにした。
「大昔に、騎士団員が五人、当時の国王から人魚調査の命を受けました。わたしたちブルベ村の人間も、遠くから状況を見守っておりました。
結果は……五人が互いに殺し合い、生き残った一人が人魚の下へと歩み始めました。そして、人魚に水中に引きずり込まれ、浮かび上がってくることは無かったのです」
「俺たちはそんな昔話しか聞いたことが無い」
「あぁ。その話が広まって、それ以降湖に近付く者はいなかったと聞いている」
「ふぉ。縄が張られたのは、団員が殺し合いを始めた位置ですじゃ。その縄よりも近付くと人魚が現れ、歌声を聞いてしまうようですな」
「でも、生き残った人間がいないのに、なんで歌声が原因だってわかるの?」
「実は調査隊が向かうよりも先に、歌声を聞いた唯一の生き残りがおりましたのじゃ。その人物は精神が崩壊しており、見境なく人を襲う危険な状態へと変わり果てていた。
自ら命を絶つそのときまで、『人魚の歌声を聞いてはいけない』『人が恐ろしい化け物に見えるんだ』と叫んでいたようですじゃ」
なるほど……それで、わたしの乱心は人魚の歌声、呪いのせいだと結論づけられたわけか。
加えて、人魚の下に歩んでしまうような、もしかすると誘惑に似た効果もあるのかもしれない。
でも、歌声が原因なら聞かなければ良いだけではないか、そんな当然の疑問を持った。
「それなら、耳を塞げば良いんじゃない?」
「えぇ。その話は調査隊も聞いておりました。だから、団員は皆、厳重に耳を覆っておりましたのじゃ。しかもそのうちの一人は、生まれながらに耳が聞こえなかったようです。ですが、それでも……」
とすると、原因は歌声だとしても、影響するのは耳からの情報だけではないということか。
でも、遠くから、例えば鉄砲とかで倒すことはできないのだろうか?
ふと思ったが、大昔から討伐されていないということは、それができないということなのだろう。
あまりにも遠いのか、あるいは、そもそも鉄砲が存在しない世界なのか。
間違っても近付くことは無いだろうが、一応確認だけはしてみることにする。
「その、歌が影響する範囲はどのくらいの距離なの?」
「目測ですが、我々の平均的な歩幅で二百歩といったところですな」
「歩幅……?」
もしかして、この世界には長さの単位が存在しない?
それに大昔という表現からも、時間の単位すら無いのかもしれない。
羊の獣人とはいえ人間の形をしているから、平均の歩幅ならば一メートルは無いだろう。とすると、一五〇メートルくらいだろうか。
「と、いうことで。あなたは不幸にも人魚の歌声を聞いてしまった。ですが幸いにも、あなたにかけられたその呪いは、比較的効果の薄いものだったようですね」
呪いの効果に濃いも薄いもあるのだろうか。
神父のあいつのそんな結論付けで、その場は参会となった。
――神父の格好をしたあいつは、わたしのためにその顔にお面を付けてくれた。
わたしの目から殺意が消えたのか、神父と老人は縄を解いてくれた。
「いろいろと聞きたいこともあるでしょうな。長い付き合いになりそうなので、まずは自己紹介でもしましょう。あぁ、マッさんと同様に、行く当てが無いことでしょうから、しばらくはここに住むと良いですじゃ。
まず、わたしの名前ですが『ゾーラ』といいます。ここ、神の家で神父をしております。ゾーラ、神父、おじいちゃん。好きに呼んで下さいな」
何となく『おじいちゃん』と呼ばれたそうだが、神父と呼ぶことにする。
神父は、次は老人の方を見て、続きを促した。
「はい。わたしは『日暮昌晶』です。漢字だと『日』の多さに驚くのですが、この世界ではフルネームなど不要なようですな。神父に名乗ったところ、マッさんと呼ばれることになりました。マッさんでも老いぼれでも、好きに呼んで下さい」
あの男の名前の頭文字が『ま』なので、その呼び方だけは絶対に嫌だったから、おじいさんと呼ぶことにした。
最後にわたしも、初めましてなので本名を名乗ったところ、『ミュウ』と呼ばれることになった。




