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25話 死なない選択

 この世界には『時計』のように時を計る機器は存在しない。

 その代わりに、太陽のような何かが時の概念を持たせていた。


 現在、その何かは真上の空で大きな光を放っている。

 この位置が、現実で言うところの正午なのだろう。そこから半日をかけて、光を失いながら地平線へと向かい、あるときに完全な闇へと変わる。すぐにそれは、今度は光を取り戻しながら、半日をかけてまた真上に戻る。そしてまた半日をかけて光を失いながら逆の地平線へと向かい、闇へと変わるのだ。


 便宜上とりあえず太陽と呼ぶことにするが、この世界の太陽は、まるでメトロノームのように規則的に動くらしい。

 おかげで一日という概念はあるものの、だが一秒や一分、一時間、あるいは一週間や一年といった単位は存在しないらしい。


 というのはコリーに確認して判明したのだが――なぜかここ、緑の国の城下町の中央広場には、日にちをカウントするモノが設置されていた。

 それは木製の、謎のカウンター。五桁表示で、どうやら数字が書かれた板を手動で入れ替えるらしい。

 現在、そのカウンターは『36526』と表示している。昨日見たときより数字が一つ増えているから、これはつまり、あるときから36526日が経過したということなのだろう。


 単純に365日で割ると、その『あるとき』とは、百年前であると考えられる。

 わたしと同じようにこの世界に来た誰かが、何らかの目的で時の流れを示すことにしたのだろう。


 それにしても……たしか、うるう年は四年に一度とかじゃなかった?

 それを考慮すると、昨日わたしがこの世界にやって来たのは、カウントを初めてからぴったり百年後くらいのような気もするけど……いや、考えすぎだよね。




 体感で約二時間、コリーが部屋を出てからずっと、窓の外を眺めていた。

 内側から厳重に施錠したこの部屋には、今日と明日の昼までの分の食料が備蓄されている。

 コリーが明日の夕方頃まで戻らないため、一歩も外に出ない準備を整えていたのだ。

 約二時間ぶりに目を閉じると、結果を見た。


 今と全く同じ格好で、部屋の中から広場を眺める自分の姿が見えた。

 窓の外、広場の五桁の数字は36527を表示している。外の光により自分がつくる影の位置を記憶しておく。


 目を開けると、まずは自分の影を見た。

 それは、結果で見たのと同じ位置のように見える。やはり、この結果は明日の同じ時間のものだと言えるだろう。

 と言うのも、二時間前に見た結果も全く同じで、でも影の位置だけが今とは異なっていたのだ。


 だとすると――この『結果予知』は二十四時間後までの結果しか見ることができないのだろうか。

 改めてこの力を推察すべく、まずは昨晩遅くのことを思い浮かべた。




 太陽が暗闇へと変わり、また幾ばくの光を取り戻した頃。わたしはコリーとの話を終えて自室へと戻った。

 窓の外を見ると、薄暗い太陽に照らされたカウンターの数字が一つ増えているのに気が付いた。

 溜まっていた疲労を思い出すと、ベッドに横になる。

 すぐに目を閉じて……


「ちょっと待った!」


 声を出し、眠気に一旦待ったをかけた。

 そう、予知した結果どおりになったのだ。


 これはまさに、最後に見た光景。そして、この先の結果はまだ知らないのだ。

 うっかり寝落ちしないよう体を起こすと、まずは『何も考えずに眠る』という選択をした場合の結果を見ることにした。


 ――研究室のような部屋、人造人間でも培養しそうな円柱形の容器の中に、またもわたしが浮いているのが見える。

 でも、前回とは明らかに異なる点……もう一人、誰かが隣の容器の中に浮いているのだ。

 そして、そんな二人の様子を眺める姿も一つあった。見事なまでに真っ白い髪の老人が、これまた白い顎髭を撫でながらニヤニヤと笑っていた――


 『黒髪を研究施設に連れて行くと大金がもらえる』


 ここ緑の国では、そんな噂が広まっているらしい。

 つまり、そんな噂のせいで誰かに捕らえられて、研究施設とやらに売られたのだろう。

 そして、よくわからない容器の中でホルマリン漬けにされているということは、その噂は本物か。

 何という物騒な世界なのだろうか。


 それは一旦置いておいて。わたしの隣に浮いていた人物、それは……あの人で間違い無い。

 帰りのバスの中、わたしの斜め前に座っていた、あの人だ。


「何てこと……やだ、わたし、彼の裸見ちゃった!」


 一年ほど前に観たドキュメンタリー番組で、カリスマ実業家として取り上げられた彼は『日々、精神とからだを鍛えています』と、白い歯を輝かせて笑っていた。

 たしかに、引き締まった素晴らしい肉体を……


「いやいや、何考えてんのわたし!」


 問題は、なぜ彼もあそこで浮いていたかだ。

 とは言え理由は明確だろう。彼も黒髪で、わたしと同じようなタイミングで捕らえられたから。以上。


 彼のことも一旦置いておこう。

 はっきりしているのは、このまま寝てはいけないということ。


 それなら、もしも寝ないで朝を迎えたらどうなるのか、結果を見てみる。


 ――おそらくこの部屋の中。床に座るわたしをかばうように、ダークグレーの体毛を赤い血で濡らしたコリーが立ち尽くしていた。その足下には、狼のような見た目の獣人が三人倒れている――



 なるほど……黒髪であるわたしがこの宿屋に入ったことを、狼風の獣人が嗅ぎつけたのだろう。

 おそらくわたしの寝込みを襲ったのではないか。わたしが起きていて、おそらく悲鳴を上げたから、隣室のコリーが駆け付けてくれたのだろう。

 オークは最強の種族だと言っていたから、コリーに付着していたのは返り血だと思われるが……とは言え、物騒な出来事は避けるべきだろう。


 眠るとあっさり捕らえられて、起きているとコリーに助けられる。

 じゃあ、初めからコリーの傍にいたらどうなるだろうか。コリーの部屋をノックする姿を思い浮かべて、結果を見た。


 ――宿屋の一室。窓からは明るい日差しが差し込んでいる。そこに見えたのは、床に膝を付き、頭を抱えるコリーの姿。上半身裸の胸を手で隠し『信じられない!』と怒鳴りながらコリーを何度も足蹴にするわたしの姿――


 ……たぶん、朝方にコリーが襲ってきて、返り討ちにしたのだろう。平和だ。これにしよう。


 部屋を出ると、コリーの部屋をノックした。

 中に入れてもらうと、コリーを床で寝かせて自分はベッドに横になり、すぐに眠りに就いた。



 目を覚ますと、すぐ目の前に猪の顔があった。

 足蹴までのシミュレーションは済ませていたから、冷静にその左頬を平手打ちする。

 体毛のせいで気持ちの良い音は鳴らず、鈍い感触だけを得た。


「いってぇ!」


 頬を押さえてベッドの横に蹲るコリーを目線に入れながら、ベッドから起き上がる。

 上半身には長袖のインナーを着ていたはずだったが、ブラジャーと共にそれは脱がされ、ベッドの上に置かれていた。


 やはり、男とはこういう生き物。しかもこの男は文字どおりの獣なのだ。

 大きくため息をつくと、胸を手で隠しながらコリーを足蹴した。


「済まん!」


 頭を抱えながら、コリーは言い訳を始めた。


「俺、人間のからだをちゃんと見たこと無いんだ。基本的なつくりは獣人と同じだと思うんだが。川で見た下半身に『アレ』が付いてないのは確認できたけどな、でも、その……胸の部分があんまりにも平らだからなぁ。念のため女かどうか確認してみただけだ。がはは!」

「がはは、じゃない! もう……なんてデリカシーの無い男なの?」


 胸が小さいのは自分でもよくわかっている。

 とは言え、真っ平らと言われるほどでは無いはずなのに……そうだ、オークはよほど豊満な女性が多いのだろう。そうに違いない。



「今日の予定は?」


 ベッドに腰掛けると、全く悪びれる様子の無いコリーに声をかけた。


「おぉ。これから『マッチャー』に行くんだ。お前も一緒に行くだろ?」


 足蹴の先の結果を見ていなかったから、ここで、まずは一緒に行く選択をした場合の結果を見てみる。


 ――どこかの街中。甲冑を身につけた誰かとコリーが戦っている。コリーにかばわれるように、その後ろにわたしの姿があった。怯えている自分の姿がやけに可愛いく見えた――



 ……なるほど。このまま宿を出ると、どこかで黒髪のわたしが襲われる、と。

 面倒事を避けるには『黒髪を隠して一緒に行動』か『宿に残る』の二択だろうか。


 まずは前者を見てみるが、さっき見た光景とほとんど同じだった。隠しても何故かバレる、と。

 今度は後者を見てみる。


 ――今いるこの部屋。明るい日差しが差し込む窓の外を眺めている自分の姿が見えた。日の光のせいだろうか、やけに美人に見えた――



「ねぇ、コリー。黒髪を他の色に変えることなんてできる?」

「お? あぁ、たしかにそのまんまじゃ安心して出歩けないか? 俺がちゃんと守ってやるけど……あぁ。髪の色を変える染料はある。でも、俺は取り扱ってないから……そうだな、仕事が終わったら買ってきてやるよ。じゃあ、レイはここに残るか?」

「そうする。あと、染料の他にもお願いがあるの。あんなことしたんだから、聞いてくれるよね?」


 デリカシーの無さを自覚していないコリーだが、わたしの身を案じてくれたのか、素直に聞いてくれた。

 まず、コリーが戻る明日の夕方までの食料を調達してもらった。

 次に、部屋の内側に錠を追加して厳重にしてもらった。

 ありがたいことに部屋の中にシャワーとトイレが付いているから、これで籠城できるだろう。


 少し心配そうな表情のコリーを笑顔で送り出すと、わたしは窓から外を眺め始めたのだった。




 回想から戻ると、自身の力について、とある考えを持った。

 予知する結果は、二十四時間以内に到達する『一本道の終点』ではないだろうか。


 二十四時間以内に死ぬのなら、それが結果となる。

 一方で、ちゃんと二十四時間後の結果を見たのは、つい今とその二時間前の二回だけ。

 それ以外は、ベッドに横になるのと、足蹴と、コリーの戦闘シーン。あと、荷台に載せられたのもあったか。

 それが、ある選択をすれば必ず辿り着く、一本道の終点。


 でも、その先にはまたいくつもの道が分岐して続いている。

 『一本道の終点』は『分岐点の手前』と言い換えても良いかもしれない。



 つまりは、分岐点で『死なない選択』を続ければ、こんな物騒な世界でも死ぬことは無いのだ。

 あとは、ただ祈ろう。

 死なない選択が見つからない、そんな結果が訪れないことを。

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