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23話 緑の国 8

 時を封じ込める体力を回復させるのに、およそ一年間かかる。

 そのことがわかると、俺はしばらく二人と一緒に暮らした。

 一緒にいたはずなのに……やることはやっていたらしく、ユキはゴンゾウとの子供を身籠った。


 二人の子供が生まれたのは、この世界に来てから三年目のことだった。


 黒髪の二人の間に生まれたのは、綺麗な赤髪の女の子だった。

 ゴンゾウはそんな事実を受け入れることが出来ず、この世界を恨んだ。

 それはそうだ。容姿も二人とは似ても似つかないその子は、ユキの忘れ形見となったのだから。


 ユキが息を引き取ってすぐに、ゴンゾウは俺にお願いをしてきた。


「ユキの時を止めて、封じ込めてくれないか。この世界にはきっと『蘇生の力』もあるはずだ。必ずそれを見つけて、生き返らせてみせる。だから……そのときまで、どうか……お願いだ……」


 既に一年が経過していたから、時を封じ込める体力は回復していた。

 でも、ゴンゾウが得た答えでは……時を封じ込めると、俺の寿命は一年縮むことがわかっていた。


 だけどそんなことはどうでも良いと思い、俺はゴンゾウの願いを叶えることにした。

 たった一人の同郷、黒髪。何よりも、大事な友達の願いだったから。


 ユキと時を最大限まで圧縮すると、薬を入れる用途の小瓶に入れた。

 そこに、解除期限は設けなかった。



 それから一年後。

 蘇生の力など見つからなかったし、俺が討伐できるような変異種もいなかった。

 俺はまた、自らの時を封じ込めることにした。


 ゴンゾウにはまた、安全な場所に置いてもらうよう頼んだ。

 封じ込めに期限があるかどうか知るためにも、敢えて期限は設けなかった。

 でも、もしもゴンゾウの身に何か起きたら、迷わず解除するよう言っておいた。


 一瞬の暗闇の後に光が戻り、俺は息を吐いた。



 目の前には、白髪頭のゴンゾウがいた。

 その姿は、つい先ほど見たものと全く変わっていない。


「もしかして、また一年後か? ずいぶん早く解除してくれたな。何かあったのか?」

「あぁ……君にお願いがあるんだ」


 なんだか、ゴンゾウの雰囲気が随分と変わっていることに気付いた。

 それに、そこは緑の国の、二人が住んでいた家ではなかった。


「子供は……コユキちゃんはどうした? 元気か?」


 まだ二歳のはずだから、目の届くところに置いておかないといけないだろうに、全くその気配がなかった。


「……コユキも、つい先日死んでしまったよ」

「は? 何か、病気にでもかかったのか?」

「いや、寿命を全うしたんだ。初めはね、その見た目をひどく恨んだが……でも、間違い無くユキの子だったよ。可愛くて、愛おしくて……」

「寿命だと? 何を言ってやがる! まさか、赤髪は短命だとでも言うのか?」



 ゴンゾウは俺の問いに答えてくれた。それは、とても信じられない答えだった。


「その問いには『むしろ逆だ』と答えよう。コユキは長生きしたよ。なんせ、あれから九十五年も生きたのだからね」


 俺が自身を封じ込めてから九十五年後、そして、この世界にやって来てから百一年後だった。

 ゴンゾウは、訳のわからない俺にこれまでのことを教えてくれた。


 ユキが持っていた力は『不老』だったらしい。

 死の原因は、妊娠、そして出産。それの一因となったゴンゾウに、その力が移ったというのだ。


 つまり……黒髪の命を奪うことでも、その力を得ることが出来る。

 ゴンゾウは少し悲しい表情でそう言った。


「なんて馬鹿げた世界だ。でも、そんなことは許されないだろ。そもそも、黒髪はもう俺たちしかいないだろうがな」

「それが、違うんだ」

 

 ゴンゾウは、この九十五年間で八人の黒髪に会ったという。

 自分たちと同じ時期にやって来た二人。自分たちの五十年後にやって来た三人。

 そして、つい一年前にやって来た――自分たちの百年後にやって来たという三人。


 ゴンゾウは『五十年に一度、黒髪がこの世界にやって来る』という仮説を立てた。

 どうやらそれは正解で『何人?』という問いには『七人』という答えがあったそうだ。


 ゴンゾウはあの後、三十年で緑の国を離れ、その後は青の国、黄の国にそれぞれ三十年ずつ住んだ。

 そして、今は赤の国の研究施設に来て五年目なのだという。

 見た目が変わらないゴンゾウは、その国に居座り続けると怪しまれてしまうのだ。



「それで、お願いって何だ? もしかして、蘇生の力を持つ変異種でも現れたのか?」

「変異種には違い無いんだがね。そいつが持っているのは蘇生ではない。でも、君に討伐してもらいたいんだ」


 その変異種は『気配を察する力』を持つ、白馬のような見た目をしたやつだという。

 周囲百メートルの気配を察知して、農作物を荒らしながら逃げ回っているらしい。


「……俺の力の範囲を知ってるよな?」

「あぁ。実はね、もう一人の転生者の力も必要なんだ」

「転生者?」


 聞いたことの無い言葉だったが、おそらく黒髪を指すのだろう。

 その、転生者は『気配を消す力』を持っていた。まさにその変異種を討伐するためにあるような力だ。


「そいつは虫も殺せないほど臆病で、優しい青年だ。だから……彼を殺して、代わりに力を使ってやってくれ」

「なるほど。って、馬鹿言ってんじゃねぇぞ!?」

「あぁ、冗談だ。あっはっは!」


 目の前で笑うその顔を見て、俺は気付いた。

 笑っているように見えたが、ゴンゾウは全く笑っていなかった。

 愛する妻と子供に他界され、一人こんな世界に取り残されたんだ。

 きっと、どこかおかしくなったんだろう。そう、思った。



 結局、俺はその転生者と協力して、白馬を討伐した。

 気配を殺して白馬に近付き、木に結んだロープを馬の首に巻き付けてもらった。

 固定してしまえば、それは普通の馬と何ら変わらなかった。

 またも窒息させて、俺はその力と大金を得た。


 でも、なぜこんな変異種の討伐を、わざわざ俺にお願いしたのだろうか。

 このゴンゾウの言動は、不可解な点ばかりだった。


 それから数日間、この世界のことを聞きながら、研究施設のゴンゾウの部屋で寝泊まりしていた。

 すると、またゴンゾウから依頼があった。


「今夜、城の一室に変異種が現れる。そいつを封じ込めてくれないか?」

「……封じ込める? なんだ、討伐じゃないのか?」

「あぁ。どうやらその変異種は討伐できないらしい。でも、封じ込めることはできるようだ」


 つまり、どう封じ込めても死なないやつなのだろう。

 呼吸をしないし、水も食べ物も不要で、寿命も無いやつ。


「それ、幽霊か?」

「そいつは……人間が変異したナニかだ」



 その夜、ゴンゾウと一緒に城に入った。

 王族しか入れないというのに、ゴンゾウはこの国で、それと同等の地位を得たらしい。

 階段ですんなり高層まで上がると、正面の部屋から一人の男が出てきてすごい勢いで走り去った。


「ちょうど良い頃合いかな?」


 じじぃはゆっくり歩くと、男が出て来た部屋の前に立った。

 そして、『どうぞ』と言わんばかりに手でドアノブを指した。


「はいはい……」


 ため息とともに、その扉を開いた。




 まず、目には入ったのは、おとぎ話でお姫様が寝ていそうな、カーテン付きの大きなベッド。

 そこには、仰向けの女が一人、そしてその女の前に黒いナニかが居た。


 部屋の灯りの中で、それは黒いもやのように見えた。


「あーあ。やっぱ、人間が変異するって言ったら幽霊系だよな……お前、寿命なんて無いだろ? ……とりあえず封印されとけ」


 俺は両手を胸の前に出すと、力を込めた。


「小さい酒瓶を持ってきたけど……ちょうど良い壺があるじゃねぇか。お前も、広い方が良いだろ? な?」


 部屋の隅に、お姫様の部屋には似つかわしくない、焦げ茶色のゴツゴツした壺を見つけた。

 圧縮もせず、ただその中に封じ込めることにした。


 壺に近付けたところで、その靄は一瞬止まり、からだの一部分を女に向けて大きく伸ばした。

 そこには大きな鎌が付いていた。

 その鎌は仰向けの女に向かって振られ、だが、女をすり抜けた。


 その後、靄はそのまま何の抵抗もせずに、壺に入った。

 俺はすぐに、壺の周りに結界を張った。



 扉の隙間から見ていたのか、ゴンゾウが中に入って来た。

 俺の脇をすり抜けると、真っ直ぐにベッドの女のところへと歩く。

 俺もゴンゾウの横に立って、その女をよく見た。


「おい……こいつ、黒髪じゃねぇか!」


 その女は黒髪で、真っ白いドレスを着ていた。

 その胸には何かが突き刺さっていて、ひどい出血がドレスを真っ赤に染めていた。


「この子は『成りすます力』を持っていた。一年前にこの世界にやってきて、憧れの王女に成りすました。

 その力はすごいものだよ。王女は二人しかいなかったのに、三人いたことになった。しかも、婚約者がいるという既成事実もすぐに付属した。

 でもね、この子は婚約者ではなく、別の男性と恋に落ちてしまった。醜い権力争いが跋扈するこの城では、そんなことが許されるわけが無い。男は辺境の村に追放され、処刑された。

 その成れの果てが――そう、さっきの幽霊だ。あぁ、この世界ではゴーストと呼ぶのが相応しいみたいだな」

「何で、この女は殺されてるんだ? もしかして、さっき部屋から出て行った男か?」

「あぁ。あれが婚約者だ。身分の低い男に負けたのが気に入らなかったのだろう。しかもそれは騎士団長。身分が低いのに有能な人間に激しい嫉妬心を抱いたのだろう」


「おい……正直に答えろよ? これは全部ゴンゾウ……てめぇの仕業か?」

「あぁ……結果は、そうだな。わたしはね、この子の力が欲しかったんだ。ほら、別の人に成りすます力があれば、同じ国にずっとずっと生き続けることも可能だろう?

 研究室に籠もることができれば、命の危険だって無いのだから」

「……てめぇの筋書きどおりになったってわけか。……そうか。どうすればあの婚約者がこの女を殺めるか。その答えでも得たんだろうな。あの変異種うまを討伐させたのもそうなのか? ……くそっ、胸糞悪ぃ!」


「そう言うな。どれ、この子は力を失った。誰も、この子を王女だとは思わないだろう。それがこんなところで胸を貫かれていたら、ただの死体として処理されてしまう」

「こんなとこに死体があったら誰だってそうだろうが」

「これは、完全な死体じゃない。死んで、でも魂が抜け出る前に刈り取られた、空っぽの死体だ」

「はぁ?」

「ゴーストの鎌を見ただろう? あの鎌は、人の魂を刈るようだな。魂を刈られた人間は、死ぬことも老いることも、そして目覚めることも無い。あのゴーストが死ぬまで」

「なんだそりゃ……でも、討伐できないんだろ?」

「討伐することは可能だ。その答えも知っている。でもね、今はその手段が無いだけ。あんな危険な生物は、手段が現れるそのときまで封じ込めなければいけないんだよ」


 

 その後、ゴンゾウは城下町の一角に、魂を刈られた人間の安置所をつくった。

 俺は、騎士団一行と大量の荷車で、チェーリという村に向かった。

 ゴーストが生まれたというその村には、魂を刈られた八十人もの人間が眠りについていた。

 村人が全員運び出されると、村の中央広場に壺を置き、最後に村全体に結界を張った。


 研究施設に戻ると、我慢してそこで一年を過ごし、また自分を封じ込めることにした。

 

「じゃあな、じじぃ。さっさとくたばれよ!」


 次の解除は、九十八年後。この世界に来てからは、ちょうど二百年後。

 次の七人がやって来る年に設定した。




 ――「そして、いきなりその日に会ったのがお前、シンジだ。……なんか、運命感じないか? なっ!」

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