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18話 緑の国 5

「転生者同士が敵対する理由。それは、二つ考えられます。一つは、変異種の力を我先に得るため。そして、もう一つ――まさかとは思いますが、転生者を殺しても、その力を得ることが出来るのでは?」

「……ご名答。信じたくないだろうがね」

「なんてことを……一体、誰が何のためにこんな世界を!?」

「神のみぞ知る、というやつだ。君もこれから知ると思うが、この世界にも神が存在する。この世界を創造したもの、そしてわたしたちをこの世界に転生させたものが、神なのだろう」

「……この世界を生きるために、強大な力を得る必要があるのでしょうか。でも、その……ゴールはあるのですか? ただすごい力を得て、それで終わりじゃないのでしょう? いや、さすがにそんなことは知らないですよね……」


 五十年前の転生者は、ドクターともう一人だけ……残る五人はどうなったのか。

 変異種の返り討ちに遭ったのか、それとも……ドクターは徐に口を開いた。


「――百年前のこと。一人の男がこの世界の中心に足を踏み入れ、戻らなかった。彼は、現実世界に帰ったんだろう」

「やっぱり、帰る方法があるんじゃないですか! その、世界の中心に行けば良いのですね?」

「そこは、四色の草原が始まる場所。そして、透明な壁に阻まれた領域だ。そこに入る資格を得るのは、同時に転生した七人のうちの、たった一人だけ」

「え? つまり、七人のうちの……生き残り、ということですか?」

「そう、なんだろう。これも憶測なんだ。でもね、それならわたしが未だに帰れない、壁を通ることが出来ないのも頷ける。もう一人が生きているからなんだよ」


 転生者同士が敵対する理由、それがもう一つあったとは……でも、なぜドクターはこの世界のことを、憶測とは言えここまで知っているのだろうか。

 百年前に現実に帰った人の話……もしかすると、前の転生者から何かしらの引継ぎでもあったのか?

 それとも、何らかの力で生きながらえているのか……



「そもそも、あなたはいつからこの世界に?」

「わたし、いくつに見える? くくくっ。実は、わたしはね――二百年前にここにやって来た」

「――!? てことは、まさか、不老不死の力を?」

「そうだ。元気なこいつらを見ればわかると思うが、インプを討伐したわけではない。つまり、不老不死はわたしが願い得た力だ」


 生存に特化した力。まさにそのとおりだ。

 でも……もう一人生きているとはどういうことなのか。


「もしかして、もう一人も同じ、不老不死なのですか?」

「それを話す前に、少し脱線させてもらう。これも憶測だが、この世界に同じ力は存在しない」

「なるほど……って、いきなりおかしいですよね? あなたとインプは不死の力を持っているじゃないですか」

「おそらくだが……これはイレギュラーか、はたまた、わたしはインプと運命共同体なのかもしれない。実は、インプが生まれたのとわたしが転生したのは同じ時期のようなんだ」

「えっと、じゃあ、インプは二百年近く殺され続けていると?」

「いや、実際に研究を始めたのは百年ちょっと前のことだ。それまではただ『不死の存在』として放置されていた」


 森で『ギャ、ギャ!』と楽しそうに暮らすギャたち。

 そんな平和な時間も存在していたらしい。


「もしもインプを討伐できたら……おそらくわたしも命を失うだろう。そして、インプを討伐した者が、不老不死の力を得ることができる」

「……そして、その逆もあると言うことですね?」

「そうだ。わたしを殺すことができれば、インプもこの世界から消えるだろう」


 それなら、なぜドクターはギャたちを殺す手段を……そうか。


「あなたは――命が惜しくないのですね?」

「――現実世界で五十余年を過ごし、異世界へとやって来た。わたしは科学者でね。物事の真理に迫るには、時間がいくらあっても足りなかった。だから、不老不死を願ったんだ。

 でも――くくっ。二百五十年も生きてみろ。もう、終わりにしたいんだよ」


 あまりにも現実離れして、想像すら出来ない世界だ。

 ギャたちが何も考えずに無邪気に生きているのは、もしかすると長い生のことを考えないためなのかもしれない。

 というのは考えすぎかもしれないが。



「話を戻すが。もう一人の彼のことだ。彼はね……くくくっ。願い得た力が、かなり特殊なんだ。あらゆるモノを封じ込める力を持っている。単に何か、壺などの中にモノを圧縮して封じ込めることもできるし、結界のようにモノを覆って、出入りを制限することも出来る」


 何をどう願えばそんな力を得るのだろうか。

 まさか、密室をつくって完全犯罪を目論む知能犯か、あるいは収納スペースに困ることが多かったのか。

 それも、二百年も前に……


「でもね、何でもかんでもすぐに封じ込めが出来るわけじゃない。封じ込めるには彼自身の生命力を消費するし、準備には時間がかかるらしい。特に、変異種から得た『時の流れを止める』を併せて封じ込めるには、一年もの充電期間が必要になるらしいんだ」

「……え? まさか……自らを封じ込めて、しかも時の流れを止めて……それで生き存えていると!?」

「そう。彼は、とある変異種を壺の中、そして村の中に封じ込めた。彼の力では直接的な討伐は不可能だ。彼の狙いは、その変異種の寿命を待つこと。

 でもね、その変異種は『ゴースト』。そもそも、死の概念すら持ち得ない存在だったのだ。他の変異種とは相性が悪いし、インプもわたしも死ぬ気配がない。

 だから、それから一年の充電期間を経て、彼は最後に『さっさとくたばれよ、じじぃ!』と、笑顔でわたしに悪態をつくと、自らを封じ込めた。それが、今からちょうど百年前の話だ」


「ひゃ、百年!?」

「あぁ。まさか転生初日にここに来て、しかも、彼とも会うことができるとはね……そろそろ、封印が解ける時間だ」



 ドクターは腕時計を見たすぐ後に、部屋の隅に置いてあった樽に目をやった。


「まさか、あの樽の中に……」


 封じ込めと聞いて、お札のようなものを想像したが、何も貼られていない。

 ただの樽だ。


 『ごくり』と息を飲む音が聞こえるほどの静寂の中、樽を凝視する。



「おいコラ、じじぃ! 何でまだ生きてやがんだ!」


 突如、背後から威勢の良い声が聞こえ、飛び上がって直立するほど驚いた。

 振り返ると『かわや』と書かれた扉が開き、一人の男性が部屋に入ってきた。


「何で便所から!? じゃあ、あの樽は何!?」


 ついつい誰にともなくつっこみを入れてしまう。


「は? 便所って?」


 男は振り返り扉を見ると、すぐに鼻息と声をさらに荒げた。


「おい、じじぃ……何で廁に俺を置いてやがんだ!」

「くくっ。便所は意外と広くてね、第一、人目に付かない方が良いだろう?」

「ちっ、まさか俺、臭わねぇだろうな……まぁ良い。ところでこいつ、新しい転生者か?」


 どう見ても同い年くらいのその男。

 百年前か、あるいは二百年前に流行していた髪型だろうか。

 これはいわゆる七三分けというやつではないか。


 切れ長の鋭い目でギロりと睨みをきかせてくるが、その力は転生者に危害を加えないことを知っている。

 それに、これでも日頃からだを鍛えているし、格闘技の経験もあるのだ。

 とは言え、二百年前の人間は米俵を何個も抱えて山を登っていたと聞くから、貧弱な現代人と比べてはいけないかもしれない。



 目を離さないその男は、薄ら笑みを浮かべると、


「おい、今の日本のこと教えろよ! なぁ、じじぃはもう聞いたのか?」


 まるで子供のように目を輝かせると、そう言ったのだった。


「まだだ。ほれ、そこの樽に百年熟成させたウイスキーがある。この子の話をつまみに一杯やろうじゃないか!」

「良いねぇ! お前も飲めんだろ?」


 意外にも気さくな、目付きの悪い転生者。

 意外にも仲が良さそうな同期の二人。

 意外にもすぐには始末されないギャたちは、


百年ひゃきゅねん振りに見たきゃおギャ!」

「ギャも飲むギャ!」

「酔いを麻酔のきゃわりするギャ!」


 網の中でギャーギャーとわめいていたのだった。

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