表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/184

181話 準備(一)

 ――半周年記念イベントの開始から、四十分が経過した。


「じゃあ、しっかりと準備するように。また、一時間後に会おう」

「じゃっ」


 司会者二人のその言葉を合図に、ロキの眼前から光が消えた。

 会場の座席一つ一つを四方で囲う壁が出現したのだ。

 慣れない体、うろこのような手の皮膚に触れながらしばらく呆けていたロキ。突然のことに驚き立ち上がる。

 だが、次の瞬間、そこは自分の部屋だった。


 つい四十分前、異世界に転送したその時と全く変わらない、自分の部屋。

 移転時は、何故か無意味に全裸になる習慣から、床には着ていた服が無造作に脱ぎ捨てられている。


「……戻って、来たのか……?」


 司会者の二人は、やれ地球が滅亡したとか、やれ地球もろとも転送したとか、訳の分からないことを言っていた。

 まさか、アオが嘘を吐くとは思えない。だから――そうだ。全てが記念祭の余興だったに違いない。

 そうか、新しい異世界とやらは、見た目も感覚も全てが現実と違えない仕様なんだ!


 まさに、オレが願った世界そのものじゃないか!


 でも……準備?

 一時間もかけて何を……?



 そうか――便所だな。

 そういえば、感覚が宿ってから尿意を感じるようになった。

 中には大便に時間を要する移転者もいるのだろう。


 どれ。じゃあ、ションベンしに――はぁ?


 自室のドアを開けて、トイレへと向かおうとしたロキ。

 ドアノブを回そうと差し出したその手を見て、ようやく気が付いた。


「戻ってないじゃん!」



 その右手は、人の手ではあり得ないほど紫色で、鱗のような高い強度の何かがびっしりと張り付いていた。

 感覚を持った直後から、何となく触れてはひどく気持ちが悪いと思っていた。

 改めて自身の体を確認する。



 ロキは、敢えてヒトではなく魔物を選んだ。

 始めは、能力値のバランスが取れたヒト形の魔族を選択した。

 単身でヒト里を襲い続け、レベルが五十に達すると、魔族の上位種である『悪魔』への進化が可能となる。

 その中でも、スピードと腕力のバランスが取れた悪魔を選んだ。

 その見た目も、ひどく暴力的で格好いいと思っていたのだが――


「この姿で自分の部屋に居るって、すげえ違和感あるな……一体、どういうことだ!?」

「だから、準備しろって言ってんでしょうが!」



 突然、背後から聞き覚えのある声が響く。

 振り向くと、部屋の真ん中には一人の少女が立っていた。

 先ほどまで、司会者として会場の中央に立っていた、アオイだった。


「お前も居るってことは、やっぱ此処、現実じゃないのか?」

「ほんっとに何も聞いてないんだから……先ずは案内人ナビから情報を聞くようにって、本体あっちの私が言ってたでしょ?」

「ふーん……取り敢えず、ションベンしてきていいか?」

「さっさとしてこい! でも――ふふっ。ていうか、仕方分かる訳?」


 何故だか不敵の笑みを浮かべるアオイ。だが、ロキも実はそれを気にしていた。

 転生とやらで、この気持ちの悪い体が本体となったらしい。

 つまり、今後はこの体で生きていくしかないということ。ただ強い、というのがせめてもの救いだが、先ずはこの体の生活習慣すら全くわからないのだ。


「ほら、この体にも付いてるだろ? 仕方は一緒だと思うんだけど……」

「ちょっ、見せないでよ! ほんっとにデリカシー無いんだから……まぁ、私もその体が実体化してみて、いろいろ興味あるのよね。オシッコ、何色だろうね」

「体の色と同じで紫色じゃね?」

「緑色もあり得るかもね。ほら、出してみなさいよ。トイレ出してあげたから、早く!」



 ――案内人ナビは、初期設定のときに先ず始めに決める。

 実在する人でも、歴史上の偉人でも、アニメや小説のキャラクターでも、誰でも好きに選ぶことが出来た。

 さらには、見た目や性格、しゃべり方などなど、細部までカスタマイズが可能。

 無限の選択肢がある中で、だが、その選択には偏りが見られた。


 一千万人を超える移転者のうち、およそ七割の人が、同じ二人の人間を選択したのだ。

 それは、先ほどまで司会をしていた二人。

 世界保存機関という、大昔から世界のトップに君臨する会社の、二枚看板。

 アンドロイドである二人は、大昔からずっと、どんな役者やらアイドルよりも絶大な人気を得ていた。


 カリスマイケメンのシンジー。老若難女問わずの人気者で、約四割の人がほとんどカスタマイズせずに彼を選択した。

 万能美少女のアオイ。巨乳以外の全ての要素を兼ね備える彼女は、その胸部とツンデレ具合がカスタマイズされ、およそ三割もの人に選択された。


 ロキも、アオイを選んだ一人だった。

 初めて彼女を見たその瞬間、まるで鈍器で頭を殴り割られたかのような衝撃を覚えた。

 腕っぷしでしか強さを測れないロキだが、彼女が放つオーラが人類最強であると、一瞬で理解出来た。


 ロキは、そのままのアオイを選んだ。

 アオイは、鉄面皮で、物事をハッキリ言う。まるで天上人のような彼女を崇める人は多いが、そこに親しみを感じる人は皆無だった。 


 だが、意外にも、ロキにとってのアオイはよく笑う、ただの同い年の女の子だった。

 その毒舌の攻撃力は凄まじいものだが、鈍感なロキには一切通用しない。

 まるで幼馴染みのような、家族のような……などと、勝手に親しみを感じる反面、知らなくても良いことまで知ってしまった。



「……黄色、だな」

「なんだ、つまんない。じゃあ、次は大便だね。あと、出血してみせて!」


 アオイは変わり者だった。

 それこそ、変態と言えるくらいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ