179話 異世界転生
「一体、この世界に何が起きたのか? それはアオちゃんが言ったとおり、僕たちにもわからない。けれど、一つの答えを導くことは出来た。僕とアオちゃんとゼロ……あぁ、ゼロっていうのは、あっちの世界のコンピューター、集中管理意識体の愛称なんだ」
「そう、わたしたちでも、わからないことはある。人の心をすべて知ることが出来ないのと同じこと。だから、あくまでも導き出された答えの一つ。正解とは限らないと思って聞くべし。じゃ、シンジー、よろしく」
「任された。まずは、そもそも意識世界のことから振り返ってみようか」
「みんなも、歴史の授業で学んだよね? 意識世界の技術が確立したのは、今からおよそ千五百年前のこと――」
「ちょっ、よろしくって言ったよね……?」
ニヤニヤと話を奪うアオイに、一瞬の苦笑を見せるもニコニコと譲るシンジー。
会場にとっては、どちらが説明をするかなど些事にすぎなかった。何故なら、どちらもその言葉には絶対的な説得力があり、信憑性があるから。
――およそ千五百年前のこと。
一人の科学者が確立した意識世界技術により、当時の世界人口、その二割が意識世界へと移住した。
その技術を簡単に言うと、人の意識を情報化して、情報でつくられた仮想世界――意識世界へと転送するもの。
みんなも知ってのとおり、意識世界は現実世界のあらゆるモノをそっくりそのままスキャンして情報化しているから、その見分けなどつけることは不可能。
じゃあ、“意識世界”と、みんなに普段からご愛顧いただいている“意識世界の技術を用いた仮想世界”との違いは何なのか?
意識世界技術を用いているこの世界――とりあえず、異世界って呼ぶことにするね。ここには、いくつかの制限がある。
一方で、意識世界にはそれが無い。単純なようで、違いはそれが全てなの。
先ずは、時間的制約。異世界では、一日につき転送出来る時間は最大で八十分までと決められている。
一方で、意識世界にはそれが無い。それは当然で、意識世界への移住は、永住なのだから。ただし、一度移住したら、二度と現実世界へは戻れない……なんて話はここでは関係無いから省略します。
次に、一部の感覚の有無。異世界では、痛みとか疲れを感じない。代わりに体力という概念があって、それが尽きれば命を落とすこともあるけれど、そこには一切の痛みが伴わない。
何故かというと……みんな、死にたくないよね?
ゲームオーバーじゃない、リアルな死を体験したくないでしょ。
わたしたちも、『死ぬほどの痛み、苦しみをリアルに体験出来ます!』なんて売り文句にしたくはないし。
中には、「どうせ本当に死なないのなら良いんじゃない?」「死ぬ前に一度は死を体験してみたい」なんて言う人がいるかもだけど――わたしたちは、それを制限することを選んだ。
結果、異世界では、人と人の接触が出来ない。そして、一部の感覚が付与されないことに決まった。
――と、いうことで、説明は終わり。
じゃあ、何で今、あなたたちは感覚を持っているのか。何で、人と人の接触が可能なのか。
おそらくだけど、今となっては死の概念すらも……なんて、そこにはまだ触れないでおこう。
さてと。何度も言うけど、これは正解とは限らない、一つの答え。
わたしとしては気に食わないんだけど……あぁ、大前提を話しておかないとね。
この異世界でも、全ての制限を解除することは、勿論可能なの。じゃあ、ただただ制限を解除しただけじゃない? そう思うよね。
答えはノー。
残念ながら、わたしたち……というか、集中管理意識体のゼロは、そんなことをしていない。そんなことをするメリットも一切無いから。
それなら、もしかすると、この光景を見て楽しんでいる誰か――黒幕が居るんじゃないって?
いやいや、そもそも地球が滅んだ今、残っているのはゼロと、情報だけ。
他にも、異星に移住した数十億もの人が居るけど……それこそあり得ない。
生態系を改変させないために、異星間の移動は禁止されている。一方通行のその移住は、情報のやり取りすら禁止されているから。
――と、いうことで。黒幕なんて存在を疑うのなら、ゼロかわたしたち二人しかいない。
まさか――わたしとシンジーが嘘を吐いてるなんて、思ってるわけ? うん? えぇ?
うん、無いよねぇ。よろしい。
じゃあ、長くなったけれど、説明の末にわたしたちが導き出した答えを聞いて欲しい。
普通に考えたらあり得ないけど、まぁ、此処に来ているみんなだったら、すんなりと受け入れるかもしれないね。わたしは未だにスゴく嫌だけど。
地球とともに、人類全てが滅んだ。此処に転送していたみんなの本体も漏れることはなく、全ての生命が滅んだ。
みんなの意識は、本体から切り離されたもの。本体意識はきっと、あの世とやらに逝ったことでしょう。
あの、えっと、御愁傷様です……。
はい、じゃあ、ここからがわたしたちが考えた答え。
地球、そしてみんな、仲良く同じ瞬間に滅びました。
結果、みんな仲良く、この世界に転生したのです。
転送じゃなくて、転生。だから、意識体が本体へと成り変わり、感覚を持った。
もしかすると、予想どおりだったりする?
でも、これはどうかな。みんな仲良くこの世界に転生した、って言ったよね。
そう、情報でつくられたこの世界にも、どうやら生命が芽生えたみたいなの。
これも、紛れもない事実。
地球そのものが、この異世界の、この地に転生した――
どう、あり得ないでしょう?