176話 計画どおり
星に願いを。
五十年にただの一度だけ輝くその星に願えば、どんな望みでも叶うだろう――
墓田暮男は、身振り手振りにより自身の考えを伝えた。
すぐさま、管制室の面々は、まだ決まってもいない七人の男女が星空の下で願う姿を思い浮かべる。
わぁ、ロマンチック!
――ではないのだ。この男は墓田暮男、墓男なのだ。
星野惺とか星原頁とかならまだしも、墓田暮男、墓男なのだ。
キィから伝えられた変異種情報から、必要とする力の一つは、完膚なきまでの復讐を誓い、願い得るつもりだ。
墓前で願うというのも変なのだが、その名前からは既に、墓石にその力を――力が付随した意識を宿すこと以外は考えられなかった。
イメージというのは、やはり大事なものなのだ。
首を振り、各々思い描いたシーンを頭から放り出すと、次にはさらに重要となる議題へと移る。
それは、墓石に願う七人を誰にするか。
一人はヤマダタロウに決まっているため、問題は残る六人なのだが、それも一瞬のうちに決まった。
その時に管制室に集まっていた……というよりも、普段から入り浸っているメンバーが、強い意思を込めて頷き合った。
もはや二百年もの付き合いの面々にとって、それ以上の確認は不要だったのだ。
ただし、その七人――正確には六人と一体だが、名前が漢字で黒髪の日本人はヤマダタロウのみ。
今回の転送は、これまでの『謎世界をつくった誰か』による強制転送とは異なる。とは言え、これまでと条件を合わせることは、謎世界の地を踏む確率にも関わると考えられた。
そのため、そのままの意識体ではなく、これまでの転送条件に見合うような意識体をつくり、本体意識を宿らせることに決まった。
次に、ヤマダタロウを除く六人が、どの力を願い得るか。
六人の性格と性質から、二つを除く力の行き先は即決する。
残るは、復讐する力と、あらゆるモノを反発する力。そして、選ぶのはタロウの娘であるアオイと、アンドロイドのミュー。
両者ともどちらかが嫌というわけではなく、むしろ「どちらも面白そう」と乗り気だった。
基本的に鉄面皮で排他的な両者だが、最後にはアオイがミューに選択権を譲り、復讐する力をミューが願うことに決まった。
次に、過去の意識世界に、いつ意識体を顕現させるか。そして、どのタイミングで墓石に願い、どのように七人の生を絶つか。
確定しているのは、七人が同時に生を終えるのを、ちょうど五十年を迎えるその瞬間とする、ということ。
多少の議論の末に決まったのは、七人が宿る意識体を顕現させるのは、五十年目のその日の、二十四時間前。
場所は、墓男の墓が設けられた場所。あくまでもその時点での計画だが、人の立ち入りの出来ない建物の中に、墓石をつくる予定だ。
そこで、七人の意識を宿した意識体が、墓男の意識に向けて願いを言う。
墓男の力は、その時点では未知数だった。
果たして導きの末に、その力を宿すかも確定的ではなかったが、全ては宿していることを前提として考える。
一日にいくつの、そして何人の願いを叶えるかわからない。
だからこそ、その場ではヤマダタロウだけが願う。
その願いは、
「ここに居る七人全員で異世界に行きたい!」
ただ、それだけでいい。
あとは、七人が強い願いを抱きながら、五十年のその瞬間に、同時に生を終えるだけ。
それだけで、願い得た力と共に、謎世界へと転送するだろう。それこそ、皆が抱いた強い願い。
それを、ただ信じることしか出来ないのだ。
――計画は粗方整った。
そのときまでに、七人それぞれが自身の意識体を考えることで、議論は終了した。
日本人で、黒髪で、名前が漢字。そして、必要な願いを強く抱くような生い立ちを持つ、あるいはそんな環境に育ったという意識を持つ意識体をつくりあげる。
七人の意識を宿すだけでも、その願いを抱くことは可能と思われる。それでも、七人の真なる願いは別のところにあるのだ。
それは、謎世界の解明――と言いたいところだが、本当に異世界に行きたいタロウを除き、例えば『実父を別な人に変えたい』という願いを持つアオイや、『謎世界でコリーと一戦交えたい』というロッキーも居るのだ。
死を迎えるその瞬間、真に必要な、心からの願いを抱く。そのためには、つくりあげる意識体には、人工意識を組み込む必要があった。
そこに、七人の本体意識も宿らせる。身体機能と意識の主導権を握るのは、人工意識。本体意識の存在は、人工意識にはわかりようのないように、内に秘めることにする。
人工意識が必要とされるのは、死を迎えるその瞬間まで。そのために、人工意識は、その瞬間の後に消失するような設定がされた。
力を願い得ると同時に人工意識は消失し、本体意識へと切り替わり、謎世界に顕現するだろう。
必要な力と本体意識を持った七人が協力し、変異種を一新して、七人で帰還する。
果たして、計画どおりに事が進むのか。
結局、七人は願い得た力を宿して謎世界へと転送した。
ただし、誤算だったのは、人工意識が消失しなかったこと。
死を迎えたその瞬間に、人工意識は謎世界にて実体化し、消失する機能は失われたようだった。
そして、七人の本体意識はというと、人工意識にはわかりようのないままに、内に宿ったままとなった。
それでも。それ以外にも大きな誤算はあったものの、何も知らない七人は、計画どおりに変異種を一新させた。そして、世界の始まりに立ち入ったのだ。
あのとき議論に参加していたキィが、腹を抱えてバカ笑いするのも仕方がないことだった。
全てが計画どおり。
あとは、フタバのモニタリング越しに、集中管理意識体に、現実世界の保存装置の電源を切ってもらえば、七人は現実世界に帰還するのだろう。
そして、すぐにまた保存装置の電源を入れて転送すれば、いつもの管制室へと戻るのだろう。
――フタバの話、そして仮想モニターの映像が、今この瞬間へと至る。
七人は、当然だが、素直に喜ぶことなど出来なかった。
何故なら、内に宿る本体意識が帰還するということは、人工意識である自分たちはどうなるのか?
きっと、意識体ごと消えて失くなるのだろう。
自分たちの記憶の全てが、人工的につくられたもの。
それでも、この謎世界で過ごした時間は、そして記憶は、自分たちのもの。
誰もが俯き、悲壮感が漂う中。小山田小太郎だけは、大きな疑問を抱いていた。
そしてそれは、仮想モニターで繋がっている集中管理意識体も同じに違いない。自分なんかよりもずっと前に疑問を抱いていたのに、言葉にはしなかったのだろう。
だからこそ、集中管理意識体が全てに気付いていたのに沈黙を貫いたからこそ。
コタロウは、確信した。
そう、全ては計画どおりなのだろう。
ズッ友のキィが、そして、大神父のキィがバカ笑いするのも仕方のないことなのだ、と――