169話 ハーフアニバーサリー(三)
次に現れたのは、可愛らしい猫の獣人。
ミドリに劣らずの人気を誇るのか、会場の熱気は冷めることを知らず、さらなる盛り上がりを見せる。
そんな彼女への声援には『いつもありがとう!』という感謝の言葉が多く聞こえた。
――第二位、キィ。レベル九十六。
運のよさ二一六は、異世界第一位。
固有スキル『三択だニャ!』は、三つの効果から一つ、好きなものを選択出来るというもの。
自身ではなく、他者にのみ効果を付与。しかも、自身ではスキルを発動不可。
さらには、このスキルを得るため、初期行動ポイントを七十も消費していた。
これも全て、友達を増やし、召喚されるためだった。
異世界には、友達機能というものがある。
異転者の識別番号を得て友達申請すると、まずは一方的な友達――ギリ友となり、相手が承認することで、相互の友達――ズッ友となる。
行動ポイントを消費することで、一日に一回、一人に限り、友達を召喚することが出来る。
ギリ友なら、一分間その場に帯同。ズッ友なら、帯同に加え、一度だけ固有スキルを発動してくれる。それが常時発動スキルであれば、帯同時間が二分間に増える。
キィのスキルは、召喚された時にのみ発動可能。
そして、その三つの効果はいずれも異転者が真に必要とする、巧妙に考え尽くされたものだった。
キィのスキル効果、一つ目――行動ポイントを回復。
お金でも買える行動ポイントだが、上級者でも躊躇するほどの高額設定だった。
それを、キィを召喚するだけで三ポイントも回復する。召喚に必要なのが一ポイントだから、差し引きで二ポイントも回復するのだ。
二つ目――自動復活。
異世界では、たとえ死亡しても、行動ポイントを二十消費すれば復活可能。
それを、たったの一ポイントでキィを召喚するだけで、死んでも一度に限り自動復活できるのだ。
三つ目――ボーナス倍増サイコロチャレンジ。
一日に一度、初回転送時に貰えるボーナスを、一倍から六倍に倍増させるというもの。
その名のとおり、キィが大きなサイコロを振り、出た目の数だけ倍増される。
そんな、召喚特化のスキルを有するキィの友達の数は、半年間で一八〇〇万人を超えた。
総異転者数に近づく勢いで、今も増え続けている。
そして、友達召喚された回数は、十億回を超えていた。
日々増え続ける友達の数、召喚された回数を見ては、ニヤニヤが止まらないキィ。
それだけで満足なのだが、召喚されることで得られる友達ポイントも増え続けていた。
キィにとってはオマケのような付属物。せっかくだからと、知名度を上げるためだけに、全てを異世界ポイントと交換したのだった。
キィの紹介が終わると、盛り上がっていた会場が嘘のように静まり返った。
衣擦れの音すら聞こえない完全な静寂の中、最後に現れた男の「ガハハ!」という豪快な笑い声だけが響いていた。
「超絶人気の二人がつくった雰囲気をも破壊するとは……さすが、異世界最強最悪の男だね」
「ここは図書館か? ――今日だけはヒトも魔物も、アイツも敵対出来ないんだから、盛り上がってよね」
「――さて。もはや言う必要も無いでしょう。第一位はこの男――コリーです!」
「討伐ポイントだけでレベル一〇〇とか、あり得ないんですけど? 上位者には変人しかいないよね」
「本人たちを目の前に、それを言えるアオちゃんも大概だよね?」
――第一位、コリー。レベル一〇〇。
固有スキル『特定の二つの能力値が最大で二倍上昇する』。
能力値は、力と体力が四五〇、素早さが一五〇。
さらに、能力値には反映されないが、ここに種族スキル『常時、力と体力が三割上昇』『常時、素早さが三割下降』が加わる。
力と体力は断トツの異世界第一位。素早さの値も四位という、まさに肉弾戦最強のオークが完成したのだった。
「コリー最大の偉業と言えば――この会場にもトラウマを持っているヒトが多く居ることでしょう」
「偉業イコール悪行だからね」
「この世界では、どんな種族も大種別――『ヒト』と『魔物』から選ぶことが出来る。異なる種族とは一切のコミュニケーションがとれず、敵対するしかない」
「しかも、毎日の転送時に選べる仕様にしちゃったからね。これは失敗だったかな……」
「でも、普通はどっちかで落ち着くと思うよね? カインじゃないんだから、どっち付かずだと異世界内で居場所が無くなるから」
――コリー最大の偉業、そして最大の悪行。
それは、つい二週間前、緑の国の城下町で起きた事件。
その日、中央広場には、ミドリを拝もうと過去最高の三万ものヒトが集まった。
そこに、コリー(魔物)が現れたのだ。
身動きを取れない三万ものヒトたちが、自身とミドリを守ろうと一斉にとった行動。
それは、友達召喚だった。
およそ八割がキィを召喚し、自身に自動復活スキルを発動させる。数百人は、焦りからか効果選択を間違え、大きなサイコロが虚しく転がる。
そして、残る二割、およそ六千ものヒトが召喚したのは、コリーだった。
コリーにはズッ友が一人もいないが、その能力値の高さから、友達申請をする異転者は多かったのだ。
召喚されたギリ友コリーは、固有スキルも種族スキルも持たない。それでも、素の能力値だけでも異世界最強には違いなかった。
密集するヒトたちを足場にして、六千ものギリコリーが一斉に、本物コリーに襲いかかる。
一方、ズッ友キィはスキルを発動すると、空気を読み、一斉に姿を消していた。
それは、あっという間の出来事だった。
コリーは、右足で一度だけ地団駄を踏んだ。
轟音とともに地面が大きく揺れると、次の瞬間には、その場の全てを飲み込む巨大な穴が発生したのだった。
コリー自身も驚いたそれは、固有スキル『すげぇ一撃』によるもの。
つい先日、貯まりに貯まった友達ポイントの存在を知ると、全ポイントを消費して二つ目の固有スキルを獲得したのだった。
その効果は『一日に一度、四肢で放つ一撃を、通常のおよそ百倍の威力に出来る』という恐ろしいもの。
ちなみに、ミドリだけは無傷で帰還した。
ちゃっかりと『その場にちょっと浮く』という二つ目の固有スキルを購入していたおかげだった。
コリーはその日、中央広場でおよそ五万のヒト(自動復活したヒトを含む)と、六千のギリコリーを一瞬で討伐。
その後、町は大災害により、たったの一時間の後に壊滅した――
「改めて、異転者の皆さん、半年間お疲れ様でした!」
「(注)転送ボーナス勢は除く」
「会場の熱気が最高潮のうちに、『大発表』に移ります!」
「(注)一部、転送ボーナス勢は音声が聞き取りにくくなっています」
「ボーナス勢へのアタリがキツいけど何かあった? ――では早速ですが、こちらの映像をご覧ください!」
仮想モニターに映し出されたのは、紛れもなく、宇宙から臨む地球の姿。
青く美しいその星は、次第に、無機質な灰色へと染まっていった。
誰も、映像の意図など知る由もない。
ただ黙って、その様子を見つめることしか出来なかった――