16話 赤の国 2
「その、ゴーストってやつ? まだ生きてるのか?」
結局俺は、馬車の荷台に乗せてもらっていた。
チェーリの村の壺を確認したら、すぐに城下町に帰るらしい。
時間はかかるが、楽だし都合が良いのだ。
村までは二十分ほどかかるというので、荷台に乗ったもう一人の、紫の髪の男と会話をしていた。
「あぁ。死んでくれたらこんな任務も無くなるんだがな」
「不死ってやつか。そいつ、強いのか?」
「これは、全てが噂なんだが――ゴーストは、百年前に出現した。実体を持たず、大きな鎌を持った黒い靄のような見た目だという」
「実体を持たない? 触れないってことか? じゃあ、そいつも俺たちに触れないってことか?」
「でもな、やつの持った鎌は、人の魂に触れることができる。その鎌で刈られると……」
「魂が刈られちまうってことか……で、死んじまうのか?」
「それが、死にはしないんだ。魂を刈られた人は、百年間目を開けること無く、歳を取ることも無く眠り続けている」
「……で、誰かがそいつを壺に封じ込めた。それを確認しに行くってことだろ? てか、すげぇなそいつ!」
「あぁ。まさに救世主だよ。その壺から自力で出ることは叶わないらしいんだ」
「でも、チェーリの村の人は全員、魂を刈られたってのか。で? みんなそこで寝てるのか?」
「城下町の冷暗所に安置されているよ。それで、チェーリの村が始まりだと言われているんだが……実はね、ゴーストは元々、人間だったらしい」
「ん? 日本でいうところの幽霊だろ? なんか怨みでもあって化けて出たのか?」
「鋭いな。どうも、王族が関わっているらしくてな。これも噂でしか無いんだが……」
「お? 何か、面白そうだな!」
「当時、国王には三人の娘がいた。その、王女さまの一人が、当時の騎士団長と恋に落ちたらしいんだ」
「おぉ、禁断の愛ってやつか?」
つい先ほど傷心した俺。恋愛ものは基本好まないが、それが純愛であれば話は別だ。
真っ直ぐな気持ちなら成就してほしい……が、結末が読めるため、悲しい気持ちになりそうだ。
「王さまにバレたのだろう。その男は団長の立場を失い、王女と二度と会わないよう、辺境のチェーリの村に追放された」
「なるほど。でも、それだけじゃ化けて出るほどじゃないよな」
「男は、チェーリで処刑されたんだ」
「は? 何だ、妊娠でもさせちまってたか?」
「それは、わからん。でもな、もしかすると全てが誰かの陰謀だったのかもって噂だ」
「二人が恋に落ちるのも、追放も、処刑も? 王女とその男が誰かにとって邪魔な存在だったってことか? なんかドロドロしてきたな」
「一見平和なようで、城の中では今でも権力争いがあるんだ……って、これは全部噂だからな?」
「はいはい。で、続きは?」
どの世界でも、昼ドラみたいなドロドロした物語が好まれるんだろう。
ゴーストが実在している以上、国民の推理合戦が絶えないのも理解できる。
「その男も、最後に何かを知ったのかもしれないな。村人に焼き殺されて、そして、ゴーストに変異した……と言われている」
「なるほどね。まずは村人の魂を刈り尽くした。で、その後は? そこで壺に封じ込められたのか?」
「いや、ゴーストはその後、城に現れた」
「マジか! 王女に会いに行ったんだな!」
「だが、ゴーストが見たのは、心臓を貫かれた王女さまの姿だった」
「嘘だろ!?」
「王女さまにはまだ魂が残っていたんだろう。ゴーストは、最後に王女さまの魂を刈った。だから、今もその王女さまは心臓を貫かれた姿のまま、だが朽ちること無く眠り続けていると言う……」
「……たぶん、ゴーストが死んだら魂が戻るんだろ? 自分が死んだら王女の魂が戻って、王女もようやく息を引き取ることができる。死ぬときは一緒ってことか……くそっ、泣けるぜ!
……で、気になること言ったな。『最後に』王女の魂を刈った?」
「あぁ。その場に救世主が現れて、ゴーストは部屋にあった大きな壺の中に封じ込められた」
「何か、都合良すぎるよな」
「だろ? 男がゴーストになることも読んでいたんだろう。もしかすると、その誰かは未来を占うような力を持つのか。あるいは背後にそんな人物がいたのかも。って言うのがみんなの予想だ」
……何かを封じ込める力を持つやつと、未来を占うやつがいた。
そういえば俺の初恋相手、俺の衝撃波を跳ね返したよな。それも何かの力か……
とすると……願って得た力を持って、この世界に転生するってことか?
たしかあのパワースポット、五十年に一日だけ七人に解放するとか言ってたな。
百年前にも七人が転生してたとか……
「くっはは! 面白ぇじゃねえか! あのバス乗ってたやつら全員、何かの力を持ってこの世界にいるのか?」
「ど、どうした急に?」
「おっと、すまん。それで、ゴーストの発生源だし人がいないチェーリに壺を置いて、百年もの間見張ってきたってか。ふーん」
どんな相手でも俺がぶっ飛ばしてやると思ったけど、これは相性が悪いかもしれない。
実体が無いんじゃ倒せないか……とりあえず壺をチラ見して、あとは城下町ってとこに連れてってもらおう。
「変なことは考えるなよ? やつの言葉には耳を貸してはいけないんだ」
「え、喋るのか? って、元々人間だもんな」
「あぁ。理性を取り戻したのか、会話が成立するらしい。でもな、そうやって封印を解かせる罠かもしれない」
「でもさ、悪いやつとか、何もわからないやつが村に行って、解放しちまうんじゃないか?」
「それは無い。救世主さまは村にも特殊な結界を張って下さった」
「マジか! 村ごと封じ込めた、みたいなやつか。すげぇなそいつ。で、命を受けたあんたらは入れるってわけか」
「そうだ。だから、そもそも俺たち二人しか中に入れない。君は入り口で待っていてくれ」
「はいはーい」
壺には興味があったが、俺みたいなのが言葉巧みに操られて解放しそうだ。
近づかないのが一番か。
この世界のことを教えてもらっていると、馬車は減速して、右に曲がった。
どうやら道が分岐しているらしく、そこには小さな立て札が立っていた。
『この先、チェーリの村。立ち入りを禁ずる』
禁ずると言うか、入れないって書いたら良いのに。
そんなことを呟き、道の先を見ると、何やら構造物が見えた。
「ん? ……壁か?」
近づくと、それは高さ三メートルほどの壁だとわかった。
村を一周取り囲んでいるのだろう。
道の先に壁の切れ目があり、そこが出入り口のようだ。
三メートルなら、何か道具を使えば侵入出来そうだが、おそらく結界が張られているのだろう。
範囲もすごいし、百年も継続してるって、つくづくすごいな。
そう思いながら、とりあえず二人と一緒に馬車を降りる。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
軽く手を上げると、二人は切れ目から村に入った。
結界と言っても、それは透明なようで、何も見えない。
しかも二人が結界に触れても、一切何も変わらなかった。
「何か、つまんねぇな。あぁ、俺が触れてみりゃ良いのか。ただ阻まれるだけで、電気がはしるとか痛いのは勘弁だぜ?」
そんなことを呟き、恐る恐る手を伸ばす。
てっきり結界で止まると思ったそれは、村の中に通り抜けてしまった。
「やべっ!」
そのままの勢いで一歩前に出てしまい、からだも半身、中に入ってしまった。
「……何だ? セキュリティ甘いんじゃね? それか……もしかして、転生者は封じ込めることができない、とか? うん、何かそれっぽいな!」
せっかくだがら壺を一目見てやろうと、二人の背中を追った。
村の中には、ドーム型の家があった。
百年前から人が住んでいないそれは、だがちゃんと形を保っている。
「もしかして、封じ込めで時の流れも止まってるとか……だからゴーストも生き続ける? いや、さすがにそこまでの力はやばすぎか」
歩きながらチラリと覗いた家の中には、囲炉裏のようなものと、薄い布の布団のようなものが見えた。
さすがに時は流れているらしい。背丈の低い赤い草は、家の中にもしっかりと生えていた。
「う、嘘だろ!?」
それは、先にいる二人の声だった。その声の方へ走り出す。
村の中心部と思われる広場。そこで、二人が尻餅を付いていた。
「どうした?」
声をかけると、
「お前、どうやって入った? ……いや、それよりも……」
二人は一瞬俺を見て驚くも、すぐにその目線を戻した。
そこには大きな壺が置かれていた。いや、倒れていた。
近くに蓋のようなものと、大きな石も転がっている。
封印だけでも良いのだろうが、誰かが念のためと思い、厳重な蓋をしていたのだろう。
「倒れてっけど、封印は解けてないんだろ?」
「……いや、解かれている」
「ん? わかるのか?」
「俺たちは、この村に入る資格を得ている。結界が可視化されて、通ることが出来るんだ」
「じゃあ、壺の結界も視ることができて、異常が無いか確認するのが任務ってことか。で、結界が視えないって言うのか?」
「……一体何が起きた……まさかお前、結界を消したんじゃないだろうな!?」
「そうだ。どうやって入ったんだ?」
確かに、そう考えるのが普通か。
でも、
「なぁ、この村を覆っている結界は視えるのか?」
「あ? ……あぁ、視えるな。ん? じゃあ、やっぱり、どうやって入ったんだお前」
「入れちゃったのは置いとこう。で、中身はどこ行ったんだ?」
壺の結界が解けたとしても、この村からは出ることが出来ないはずだ。
「そうだな……というか、これは非常事態だぞ。一旦出直そう。早急に国に報告しなければ」
「どこにいるかわからんが、今のうちに村を出よう」
もしかすると、入り口で待ち伏せされているかもしれない。そう思ったがそれも無かった。
急ぎ村を出ると、馬車に乗り城下町へ向かった。
――二時間後。
訳のわからない状況は、城に到着し、その騒ぎを知ることでさらに深化した。
ゴーストに魂を刈られ、百年眠りに付いていた人たちが一斉に目を覚ましたと言うのだ。
そして、王女だけは――まるで死後百年が経過したかのように、白骨と化したと言う……