168話 ハーフアニバーサリー(二)
「それでは、ポイント獲得上位者、四人の発表に戻ります。今日は、なんと四人に――この場に登場してもらいます!」
「わー、すごーい(棒読み)。では、四位はこのカインです!」
「ちょ、アオちゃん……『この方です』みたいに名前言っちゃダメだよ……」
次の瞬間、草原の中心には一人の姿が現れた。
会場からは歓声とは違う、どよめきに似た声が漏れ出る。
現れたのは、小顔で手足の長い、やたらイケメンな犬。
誰もが初めて見るその容姿への感想に、会場が一瞬だけ盛り上がる。だが、すぐに興味は失われた。
この犬、初期パラメータを知力にガン振りしたおかげで、魅力が皆無だったのだ。
――第四位、カイン。レベル九十二。
知力二六九は異世界第一位。
固有スキルは『レンタルアイ』。その名のとおり、他人の視界を好きに借りることが出来る。
借りることが出来るのは、一度でも自身の視界に入れた異転者。さらには、借りた視界の視界に入った異転者さえもその対象となった。
ただし、そのスキルはトップレアを超える性能とされた。スキルを得るには、大きなデメリットを課す必要があった。
カインが考えたのは、視界を借りている間は気を失っている状態と等しく、身体機能が停止する、というもの。
さらには、自身の行動ポイントの半分、四十ポイントを犠牲にした。
異世界が運営されたその日。
異転者のほとんどが集った『異世界生誕記念祭』の会場に、敢えて一足遅れて転送したカイン。
一瞬で会場を見回し、数千人の異転者をその視界に入れると、すぐに導きの間へと戻った。
彼が異世界の地を踏んだのは、この半年間でその一瞬のみ。
カインは、導きの間でも固有スキルを発動出来ると知っていた。
現実世界と異世界の狭間でひたすらに情報を集め、そして、拡散した。
情報掲示板への投稿数、閲覧された数いずれも、桁違いの第一位。
ちなみに、情報掲示板の閲覧は、基本的には無料である。ただし、投稿者は任意で、閲覧を有料化することも可能。
自身の情報が他の何よりも有益であると自負するカインは、だが、設定上で最も安価な閲覧料に設定していた。
ほぼ無料の情報を、ほぼ全員の異転者が毎日のように閲覧した。
結果、累計閲覧数は一千億回を超えていた。
異世界では、『ヒト』『魔物』『ヒト・魔物の所有物』を除く、ほぼ全てのモノを異世界通貨で購入可能だった。
異世界運営開始から三日後に、既に大金を得始めたカインは、その使い道を二択に絞った。
より多くの情報を得るために行動ポイントを購入するか。
異世界ポイントを購入し、毎月のポイント獲得上位者に名を連ね、知名度とともに情報の信憑性を上げるか。
だが、その二択もすぐに一択へと変わる。
その日、行動ポイントがゼロになったにも関わらず、現実に戻されないことに気が付いた。
導きの間には、案内人の姿も見られない。
知のカインはすぐに察した。
そうだ――魅力がほぼゼロだから、存在感も皆無なのだ、と。
あのとき流れた涙は歓喜からか、あるいは……。
カインは無制限に異転者の視界を借り続け、情報を集め、そして拡散した。
そして、有り余る大金で毎月、敢えて第四位をキープするだけの異世界ポイントを買い続けたのだった――
カインの紹介が終わると、次に現れた姿に、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
手を振り応えるのは、黒髪の女性。
上位者七人の中で唯一の人間である彼女は、異世界で最も美しい存在と称えられていた。
その姿に、会場ではおよそ千人が気を失う程だった。
――第三位、ミドリ。レベル九十三。
魅力一四五〇は、二位に四倍以上の差をつける圧巻の第一位。
人間の初期パラメータは選択が出来ず、全てが均等に振り分けられていた。
ミドリは、行動ポイントをたったの三ポイントだけ残し、その全てを魅力に振った。
固有スキルは、『行動ポイントの残量に応じて、全てのパラメータを最大で三倍に上昇させる』という常時発動スキル。
極端な行動制限をかけたミドリにとっては、常時最大倍率で発動する最強スキルといえた。
ミドリは毎回、同じ時間に、緑の国の城下町に現れた。
限られた一時間にも満たない時間で、自身の美しさを最大限披露した。
歌や朗読、演説をすると、人々はその美声に酔いしれた。
古今東西あらゆる舞いを披露すると、人々はその所作全てに目を奪われた。
笑顔で立っているだけでも失神者が出るほどだった。
いつしか城下町の中央には広場がつくられ、ミドリを見るために一万人規模の異転者が集まった。
さらには、カインが勝手につくった『今日のミドリ様』という掲示板は、累計閲覧数がそれだけで百億回を超えていた。
ミドリは、ただ自身の美しさを追及し、他人に認められたいだけだった。
それが、意図せぬところで大金を得ることになった。
広場でミドリを見るのは無料。時には熱心なファンと握手することもあったが、お金を取ろうなど考えたことは無かった。
全てはカインの仕業だった。
カインが毎日投稿する『今日のミドリ様』は、決して高いとは言えない、絶妙な閲覧料が設定されていた。
しかも、お金を得るのはミドリ本人に設定されていたのだ。
毎日知らぬところで大金を得続けるミドリ。
都市伝説のような存在であるカインを訴えることも出来ない。
仕方なく、ミドリはそのお金の全てを異世界ポイントに換えた。
レベルを上げて、より美しさを高めよう。
全ての異転者に恩を返すため、自分に出来ることは、それしか無いのだから――