167話 ハーフアニバーサリー(一)
異世界が運営されてから、ちょうど半年が経過したその日。
異世界内では、半周年を祝うイベントが大々的に開催されていた。
イベント会場は、古代のコロッセオ、近年のスタジアムのようなドーム型。観客席が囲むのは、直径が八十メートルの草原だった。
異世界の何処かに設営されたその会場だが、そこが何処かは誰もが一目でわかっていた。
最前列の客席から五メートルの目下にあるそれは、四色の草原。そのど真ん中に、四色の交わりがあったのだ。
異世界の中心。
世界の始まりと称され、透明な壁により一切の立ち入りが阻まれた場所。
草原の交わり、その一メートル程の高さには、サッカーボール大の謎の球体が二つ静かに浮かんでいた。
一つは金色に輝き、一つは黒く淀んでいる。
初めて見る光景と謎の物体に、会場では長らく、大きなどよめきとともに推理合戦が繰り広げられた。
イベントへの参加条件は、異世界に意識体を有していること。
個人の意識が意識体に宿るため、当然ながら異世界には、一人につき一つの意識体しかつくることが出来ない。
そんな、異世界に意識体をつくり転送する利用者たちは、異転者と呼称された。
会場に設けられたのは一万席。
そのうち、ただ一席を除き、一千万を超える応募の中から選ばれた異転者が招待されていた。
異世界の意識体そのままの姿で顕現し、会場内を自由に練り歩くことも出来る。
そして、残る一席。
こちらには『顕現出来ない』『座席から離れることが出来ない』という二つの条件のもと、会場での参加を希望した異転者が座る。
四方を見えない壁で囲まれ、座席の外へは移動出来ない。また、他人からは姿が見えず声も聞こえない。
それはまさに、透明人間として参加するに等しい。
それでも、臨場感を味わいたいという、一千万人もの異転者がその一席に着座していた。
イベント開始三十分前になると、参加者の眼前には巨大な仮想スクリーンが出現した。
参加者一人一人に対して専用となるモニターで、画面の大きさや位置から、音声の細かい調整まで個人での設定が可能。
その他、このイベントは異世界への転送をしなくとも、あらゆる端末での視聴も可能とされた。
その参加者は、延べ二千万人を超えていた。
――定刻を迎えと、モニター直下、二つの球体の上に立つように二人の姿が転送された。
一人は白く煌めくタキシードを身に付けた金髪のイケメン。
もう一人は鮮やかな青のドレスを身に纏った黒髪の美少女。
まるで新郎新婦にも見える二人の司会で、イベントは始まった。
「異転者の皆さん、この半年間、いかがお過ごしだったでしょうか?」
「異転者の総数が二千万人を超えたのはスゴいとして。そのうちの約三割がログインボーナス勢以下に成り下がってるって――あんたら、なめてるわけ? ――と、とある関係者が言っていました」
「それでも、七割もの人たちがほぼ毎日転送してくれてるのは凄いことだよね」
「じゃあ、偉そうな人の話はすっ飛ばして、早速いっちゃいましょう!」
「ちょ、アオちゃん?!」
モニターには一瞬、困惑した表情の『偉そうな人』が映り、だがすぐに『発表!』と題された画面へと切り替わった。
「挨拶は……まぁ、ごめんなさいってことで。今日発表するのは、大きく分けて三つです」
「一つ。迷惑な行為をして出禁になった奴らの素顔公開。
一つ。ログインしかしてこなかった奴らのこれまでのボーナス全没収。
一つ。これから、偉い人が装備無しの丸腰で、異世界最強の敵に挑みます」
「一つも全然合ってないからね!?」
画面には、美少女が口にしたものとは全く異なる三つの事柄が表示される。
一 異世界データベースの公開
二 ポイント獲得上位者、四人の発表
三 大発表!
「さてさて。大発表とは何なのか、気になりますよね」
「転送を有料化しまーす」
「そんなことしないよ?! ――では、先ずはデータベースの公開です。これまで討伐された魔物の総数、消費された各種アイテムの総数から、異世界珍記録や変わった固有スキルなどなど、あらゆるデータを公開します」
モニターには先ず、異転者の総数が表示される。
「皆さん知ってのとおり、一つの意識につき一体の意識体しかつくれません。条件をリセットして何度もつくり直すことは出来ますが、カウントするのは意識の数。つまり、実際に転送した人数と等しいというわけです」
「二千万人を超えたのはスゴいよ。でも、ログインボーナ」
「はい、じゃあ次は――」
次々とデータが表示され、イケメンの丁寧な説明と、美少女の茶々が入れられた。
およそ三十分の後に、二つ目の発表へと移る。
「皆さんお待ちかね。ポイント獲得上位者、四名の発表です!」
「いつもの四人がどれだけの功績を上げたか。お待ちかねはそっちだろうけどね」
「うん、アオちゃんの言う通り。ポイント獲得上位者に関しては毎月――これまでに五回の発表をしてきました。結果、上位四人は順位の入れ替わりはあっても、メンバーは不変だったからね」
「レベルが上がるほどポイント獲得量が減るっていうのに――頭おかしいよね」
「頭がおかしいかは別として。いや、否定は出来ないけど。
ではここで、初心者への説明を兼ねて、改めて異世界ポイントの話をします」
――異世界ポイント。
魔物討伐時をはじめ、アイテムや素材の入手時、フレンド承認時などなど、あらゆる局面での獲得が可能。
一〇〇ポイントを獲得するごとにレベルが上がり、個人のパラメータが上昇する。
なお、レベルが上がるほど、獲得出来るポイント量は減っていく仕様となっている。
例えば、同じ魔物を十体討伐することで一〇〇ポイントを獲得出来ていたのが、その数は二十体、四十体と上がっていくのだ。
また、他にもポイントを獲得する方法があった。
それは、異世界記録を樹立あるいは更新することで得られる『記録ボーナス』だ。
どんな記録でも、申請さえあれば異世界記録がつくられる。
申請はいつでも受け付けるが、記録がつくられるのは月に一回、月末と決まっていた。
一度つくられた記録は、その後は申請がなくとも毎月の更新がされていく。
記録を樹立、あるいは更新した異転者は、一〇〇をその時点のレベルで割ったボーナスポイントが付与される。
当然だが、レベルが高いほどに得られるポイントは少ない。一方で、レベルが高いほどに、築き上げた数々の功績から、多数のボーナスを得る可能性が高まる。
『どんな記録でも』と運営が謳っているとおり、異転者はあらゆる、どんな細かい記録をも申請した。
例えば魔物の討伐数に至っては、討伐したときの種族、武器種、時間帯など、細かい条件で分けられての申請がされた。
他にも、異世界内で口を聞かなかった時間、移動距離の少なさ、人目につかなかった時間など、どうでも良い記録まで。
勿論、ポイントを獲得出来るのは申請した者ではなく、申請した記録をつくった異転者。
それでも、少しでもポイントを獲得しようと、あらゆる申請を繰り返す異転者も多く、『異世界記録申請数』の申請もされるほどだった。