166話 きっかけ
目の前で語っていたのは、果たしてどちらのミドリだったのか。
ズッ友にさえ不要なものとされたその判別は、世界の中心に居る七人には殊更、意味のないことだった。
「あなた方にお話することは……えぇ。あとは、ただ一つを残すのみとなりましたね」
最後に一際美しく輝く笑みを残したまま、ミドリは口を閉じた。
大神父たちが帰還したのは、伊君伊蔵がこの世界にやって来てから数年後のこと。
つまり、これまでにイゾウ、月舘吾朗、ドクターから聞いた情報――加えて、神父たちから聞いたそれらだけでも、今の今までの出来事が線で繋がるのだ。
ここからは――七人が知りたいのは、自分たちが今この場に居る理由。ただ、それだけ。
うち六人は、それすらも概ねの予測は出来ていた。あとは、ミドリから語られる事実との答え合わせをするだけ。
今から百年前に現世に帰ったという、墓男の話。
まさに、この世界に変化をもたらす『きっかけ』を聞くだけ――なのだが。
「俺的には、ミドリとドクターの馴れ初めも聞きたいところだけどな」
「先発調査隊のフタバ……結局、何もないまま此処で活動限界を迎えたわけ?」
「ゴロウは此処で、何を選択して、何処に行ったんだろう……?」
「これまでの、黒髪の皆さんの話も聞きたいところですが……」
「調査隊のゴロウと、黒髪のゴロウ――何か関係ありそうだよね」
「俺、コリーと闘いてぇな」
「私だけ、やっぱりアンドロイドなんだよね?」
真相が気になりつつも、思い思いの気掛かりを口にする七人。
小さく笑うと、ミドリが口を開く。
「これまでのことは――えぇ、後でいくらでも話して差し上げましょう。時間なら、いくらでもあるのですから――」
一同の表情を確認すると、ミドリの表情からは笑みが消えた。
「皆さんの予想どおり、きっかけとなる出来事は百年前――の話をする前に。そうですね、先ずは『大神父の力』について、説明をしておく必要があるでしょう」
ミドリが説明を始めたのは、皆が聞いていたとおり『不老』と『導き』、二つの力。
前者は文字どおり年老いない力。
そして、後者だが。
「私たちが帰還してから、最初に導かれたのはイゾウでした。実際に導いたのはカインなので、これはズッカインから聞いた話です」
西野茜が壁の外へと立ち入ると、壁の中では、その生き残りの分母が六人へと変わった。
そして、およそ二十年の後に、生き残りはイゾウただ一人となる。
これは内に宿る四人の推測――というのも、四人は大神父のからだを操れるも、その身に宿す力だけは使うことが出来ない。
内で大神父とのコミュニケーションを図れるも、大神父が何を考えているか、何を感じているかを知ることは出来ない。
ただし、内で見聞きをすることには一切の制限が無かった。
大神父の導きを、その目で見て、その耳で聞くことが出来たのだ。
あるとき急に、カインはイゾウのもとへと向かった。
おそらく『神の声』とやらが聞こえたのではないか。そう推察された。
おそらくそれは、先発調査隊が管制室の音声を受信するようなものではないか――と考えられた。
イゾウと対面するやいなや、カインはその肩に手を乗せ――瞬く間に、二人は世界の中心に立っていたという。
そして――大神父カインは、訳がわからずに辺りを見回すイゾウに告げる。
「伊君伊蔵さん。神は、あなたの選択を見守るでしょう」
「――」
静寂とともに、一分ほど経過したのち。
「何の?!」
当然の疑問突っ込みがイゾウからされる。
「これは失礼いたしました。イゾウさん、あなたは、何をしたいですか?」
「何、を……? それは一体、どういう……」
「そのままの意味ですよ。あなたが今――そしてこれから、したいことは何ですか? 望みはありますか?」
「……人の役に、立ちたい。現世では何もできなかったワシが……この世界では『時を戻す力』で、人の役に立つことができるんじゃ」
「――わかりました」
次の瞬間。大神父とイゾウはまた、世界の中心から元の場所へと戻ったという。
イゾウは、世界の中心での記憶を有してはいなかった。
ただ、世界の中心に立ち入ったことだけは覚えていたようだが。
導きの前後、イゾウと共に行動していたゴロウだけが知ることがあった。
導かれる直前、イゾウがその身に宿す力の数が増えていた。
時を戻す力の他に、八つもの力を有していたのだ。
それは、同時期にやって来た黒髪たち、そして、黒髪が討伐した変異種が持っていた力と同じもの。
つまりは、生き残りとなった瞬間に、全ての力が宿るということ。
そして世界の中心から戻ったイゾウは、たった一つ。元々有していた『時を戻す力』しか持っていなかった――
そんなズッカインの説明をゴロウ越しに聞いていた管制室は、大いに荒れたという。
と言っても、大暴れしていたのは、主にはレイチェル一人なのだが。
わかったこと。それは、世界の中心での『選択』とは、全てが黒髪に委ねられること。しかも、何の説明もなく。
レイチェルは物騒な棒を持つと、ゴロウ越しにズッカインを脅した。
「次は、黒髪にちゃんと説明をして、ちゃんと選択肢を与えなさい。そうでなければ、カイン――あなたに帰る場所は無い。うふふ……生き絶えたあなたの本体、燃やすからね?」
ズッカインは一字一句、一覇気を間違えることなく大神父とズッ友たちに伝えた。
その後、破壊神の指示どおりの働きをしたことは言うまでもない。
ただし、それは数十年に一度、『現世に戻るか』『全ての力を有したまま、外の世界に戻るか』、たった二つの選択肢を与えただけのこと。
世界を変えるには、きっかけが必要だった。
きっかけをずっと、ずっと、待っていた――