165話 見分け
管制室――モニター画面から四人の姿が消えると同時に、四人の視界画面も暗転した。
果たして、元の世界に戻れたのか、だが――それは、先発調査隊のゴロウとツクモの視界画面で明らかとなる。
二人の視界画面には、鮮やかな群青色の草原がいっぱいに広がっていた。
四人が消えたその瞬間に、その画面には一人の人物が映し出されたのだ。
同時に、何故だかレイチェルの高らかな舌打ちが聞こえたのだが、それには誰も反応しない。
「……犬、だよな? やたら顔が小さい……何だっけ、この犬種?」
「犬ってことは、カインで間違いなさそうだけど……なんか、無駄にイケメンだね」
「手足も長くて無駄にスタイル良いですね。しかし、何で大股開きしているのでしょう?」
「ボルゾイね……カインのくせに」
またもレイチェルの舌打ちと、旧知の仲である面々の、その見た目に対する失礼な印象が飛び交うのだった。
――ゴロウとツクモは、イゾウと共に青の国の城下町に滞在していた。
四人がそれぞれ城下町付近の草原に転送予定と聞き、さらにはレイレイからは座標値も知らされていたようだ。
悪戯好きのレイチェルは、ヤンチャ系な人格がベースのツクモに、密かにあることをお願いしていた。
レイレイの計らいもあり、ツクモの視界映像には何も映らずに、秘密裏に進めたにも関わらず――何故だか、カインは大股開きで転送し、落とし穴への落下を回避していたのだった。
カインの協力により、その場ではいくつかの検証がされた。
先ずは会話を交わすことで、管制室にいたときと代わらない会話が出来ることが判明する。
ただし、今はこの場にイゾウがいないため、意識世界のことを知らない第三者が帯同していた場合は、発する言葉に制限がかかるかもしれないが。
次に、転送のときに四人のからだに組み込んでいた機能が働くか、だが――
これは、視界画面が暗転したままのとおり、一切機能しないことがわかる。
そもそも、そのからだが大神父のものへと入れ替わっているのだから、そこに関しては予想したとおりではあった。
次の検証も、誰が指示するまでもなく、現場が動く。
それは、大神父もとい犬神父カインの内に、ズッカインの意識を宿しているか――という、非常に重要なものだった。
皆が息を飲み見守る中、カインがその口を開く。
「――えぇ。私、カインはここに居りますとも! 見てのとおり意識を自由に出せますし、なんと、からだも動かせるのです! ほら、ね?!」
万歳するように手足を動かし証明するズッカインのその姿に、一先ずは安心を――する者は一人もいなかった。
「カインにしては陽キャじゃね?」
「見た目のせいか、存在感があるよね」
「犬神父カインの演技では?」
「罵声を浴びせたときの反応をみれば、わたしは見分けがつくと思うけど」
またも失礼な言い分と、レイチェルの物騒な提案が飛び交うな中、アオイだけは答えがわかったようだった。
「見た目のせい――そうか。レイレイ、ワンちゃんの登場シーンを隣に並べて」
アオイの言うとおりに、モニター画面には現在進行形のカインと、登場時のカインの映像が並べられる。
「――ほら、わかる?」
まるで間違い探しのような、どう見ても同じ画面が並んだ。
違いといっても、わかるのは足を開いているかどうかだけ。
首を捻る皆の様子を察して、レイレイは映像の下半身をアップさせる。
明らかな相違点を発見し、「あっ!」という声を漏らすと、全員が頷いた。
「ね? ワンちゃん、元の世界に戻れたことが余程嬉しかったんでしょう。クールに装ってても、尻尾は正直なのね。
一方でズッカイン。からだを自由に動かせるとは言っても、元々持ち得なかった尻尾を動かすことは出来ないんでしょう。テンション高いくせに、その尻尾はまるで、取って付けたアクセサリーみたい」
ブンブンと振られる尻尾と、だらりと垂れ下がる尻尾。
まさか犬のからだのおかげで見分けが付くとは、誰も思いもしなかったのであった。
――十日が過ぎた。
その間に変わったことといえば、ツクモが活動限界である九十九時間を全うしたこと。
人工意識体とはいえ、その命を軽んじることは出来ないというタロウ。一方で、それならば永遠の活動限界とすべき、という有識者たち。
意見が割れる中で、結局は総責任者であるタロウの決定に従うこととなる。
ただし、最後まで反発する者が現れるような、後を引く結果ではなかった。
そもそも、人工意識体を何人送ろうが、その活動限界を何年にしようが、解決の糸口が見つかるかどうかさえ不明なのだから。
ツクモが寿命を迎え、残るは永年に活動可能なゴロウ一人を残すだけ――もちろん、世界の中心に取り残されたフタバを除いては、だが。
その日、ミドリの国の城下町キュリーには、大神父四人が集まっていた。
各国の代表神父二名ずつも帯同し、大神父の帰還並びに不在時の状況報告会が行われたのだ。
ゴロウも参加していた、その報告会。
カイン以外の大神父を見るのは、これが初めての機会だった。
終始やたらとカメラ目線なキィは、噂どおりの美少女猫。
映像越しでも、圧倒的に暴力的な威圧感を放つオークのコリーは、あのレイチェルでさえも「何も知らずにうっかり出くわしたら――わたし、おしっこ漏らすかも」と表現するほどだった。
そして、こちらは唯一人間のミドリだが――
……これは、あくまでも他者の語る第一印象ですからね? 決して私の言葉ではないことを、お断りしておきます。
――ミドリは美しかった。管制室に居た誰もが息をのみ、驚いた。
映像越しでもわかる、まるで陶器のようなきめ細かい肌には、一切の火傷の痕が見当たらない。
一同が驚いたのは、火傷を負う前の、若かりし頃のミドリと瓜二つだったのだ。
そして、その場がザワザワと議論を始める。
「カインは、尻尾で見分ける。まぁ、どっちがどっちでも何も問題ないが」
「キィは、一人称だね。猫神父は『私』で、ズッキィは『僕』だから」
「コリーは……コリーも、どっちでも良いでしょう」
「そうね。問題は、ミドリね」
「唯一の人間……いや、唯一まともで良識のある人間だもんね」
その場では、ミドリの見分けが重要だと、誰もがモニター越しに、絶世の美女を見つめていた。
「そもそも、呼び方はどうする? 他のやつらみたいにすると『ズッミドリ』になるぞ?」
「呼びにくいね。そもそも、ズッ友ズッ友言うのも、僕的にはいい加減何だか恥ずかしいんだけど?」
「植物に宿っていた大神父の方を『グリーン』と呼んではどうです?」
「良いけど、可愛くないよね。せめてグリ子とか」
「ズッ友の方を、キィが呼んでた『ミドっち』にするとか?」
まるで自己顕示欲の高い面々で、飼い犬の名前を決めるかのような不毛な議論が始まる。
だが、そんな雰囲気を壊したのは、まかさの画面先のミドリだった。
「ゴロウさん、やたらと私のことばかりを見ていますね? ――えぇ、仕方の無いことです。どうぞ、私の美しさを思う存分に転送してください」
まるで女神のような、心優しい微笑みを浮かべるカメラ目線を見て、誰もが思った。
『自覚してるか、してないか。それだけの違いみたいだし、ミドリでいいや――』