163話 物騒な見分け方
モニター画面から四人の姿が消えるのと同時に、四人の視界を映していた画面も暗転した。
転送先では、からだに組み込んだあらゆるモノが機能しない――その事実を知った一同の大きな溜め息で、管制室内の二酸化炭素濃度が異常な上昇を見せた――その、直後だった。
集中管理意識体が、とある画面を全画面表示へと変えたのだ。
映し出されたのは、群青色の、まるで絨毯のような草原。
そして、そこに佇む一人の人物。
「ザ・神父な服装で、やたら小顔な……犬、だよな? 何だっけ、この、やたら格好良い犬種……」
「ボルゾイね。へぇ――あっちのカインって、噂どおり無駄にイケメンなのね」
無類の犬好き且つイケメン好きのレイチェルがイケメンということは、イケメンなのだろう。
嫉妬を隠しきれないタロウ。イケメン犬を視界に映す、こちらもレイチェル公認のイケてる面子である先発調査隊のゴロウに指示を――せずとも、ゴロウは既に確認作業を開始していた。
ゴロウの視界画面では、カインとの会話が始まっていたのだ。
先ず確認が必要なのは、謎世界の草原に立つ二人の会話に、どの程度の制限がかけられるか。
結果は、管制室でのそれと同等の会話が出来ることが判明する。
ただし、何の事情も知らない第三者が帯同していた場合は、何らかの制限が発生する可能性があるかもしれないが。
さらに、その会話からわかったことがある。
大神父カインの人格も、管制室でのそれとほぼ同じものだった。
もしかすると、協力的だった彼らの人格が、自分達の世界に戻るために猫を被っていたとしたら――この場合は犬だが。
戻った途端に本性を現す、などという、疑い深いアオイの心配は、ただの杞憂で済んだようだった。
次に確認すべきこと――それは、大神父の内に、ズッ友であるカインの意識が宿っているかどうか。
ただし、これはほぼ確定で『宿っている』と考えられていた。
四人を転送後、ズッ友たちの意識は完全に意識世界から消えている。
さらには、現実世界の保存装置で仮死状態だった彼らの本体は、漏れずに生き絶えていたのだ。
すなわち、大神父の内ではあるが、謎世界という現実の世界で、その意識が実体化したということだろう。
皆が見守る中、カイン自らがそれを証明すべく、口を開いた。
「――私です。タロウ博士のズッ友の、無駄知識……じゃなくて、博識でお馴染みのカインです。
予想どおり大神父カイン殿の内に宿っていますが……ほら、からだも動かせますし、自由に表に出ることが出来るようです!」
皆がよく知るカインのその話し方に、一先ずは安心――する者は管制室には一人もいなかった。
「こいつ、本当にカインか? いつもより陽キャだぞ?」
「犬の見た目のせいか、どうにも判断し難いね」
「それにしても二人の人格、そっくりすぎやしませんかね」
長年の付き合いであるタロウ、シンジウェル、マサフスキーですら、本人であるか疑っている。
「脅したときの反応を見れば、わたしにはわかるけど……ん?」
物騒な棒切れに手を伸ばし、物騒な見分け方を提案するレイチェル。
だが、モニターを見て何かに気が付く。
「――レイレイ。ワンちゃんの登場シーン、映してくれる?」
レイチェルの指示どおり、モニターには大神父カインの登場シーン、そして今現在の様子の二つが並べて映し出された。
「ほら、ね?」
首を傾げる面々に、レイチェルはその綺麗な顔にうっすらと血管を浮かべる。
そんな殺伐とした雰囲気を察したのか。レイレイは、二つの映像の下半身をアップで映し出す。
そこでようやく、全員が「あっ!」と声が上げた。
大神父カインは、いかにも神父らしいゆったりとした白い衣を身に付けている。
そんなカインの登場シーンでは、お尻の辺り――そのローブから、見え隠れするモノがあったのだ。
「ワンちゃん、元の世界に戻れてよっぽど嬉しかったんでしょうね。クールを装ってるみたいだけど、きっと、本能的に振っちゃうのね――尻尾。
一方で、ズッ友の方の……ズッカインも、表に出れるしそのからだを動かすことも出来る。でも、元々付いてなかった尻尾は、意識しても動かせないんじゃない? 取って付けたアクセサリーみたいに、ピクリとも動いていない――」
まさかの、犬の様相ならではの見分け方に一同が納得すると、確認は次の作業へと移る。
こちらの確認も、かなり重要なものだった。
ただし、こちらは期待だけは大きいものの、それが叶う可能性は極めて低いと考えられた。
またも、指示が無いままに現場が的確な動きを見せる。
今度は、控えていたこちらも先発調査隊のツクモがカインと相対すると、ガッチリと固い握手を交わした。
――その行動の結果は、残念ながら現場では知ることが出来ない。
管制室での重い沈黙から察したのか。ツクモの視界画面は、小さく首を振ったようだ。
その視界に映るカインは、僅かな憂いを含んで、微笑んだのだった――
ツクモは、そのからだに組み込んだ機能により、触れたあらゆるモノを情報化して転送することが出来る。
それは、現実世界である謎世界に存在するモノを複製して、意識世界に顕現させる行為に等しい。
わかりきっていたことだが、その存在への干渉が敵わない大神父の情報化は、一切不可能だった。
さらに、そんな大神父の内に宿るズッ友の意識も同様。
先ほどまで、管制室に入り浸っていた馴染み深い意識もまた、干渉が敵わない存在へと化していまったようだ。
ただしこれも、誰もが予想した結果そのままだった。
それなら、皆は何に期待していたのか。
それは『ズッカインが表に出ている状態ならば、情報化も出来るのではないか』ということ。
それも、叶わないことはわかっていた。
だから、タロウは、四人のその覚悟を確認したのだ。
だから、最後は敢えて普段どおりに、別れを惜しんだのだ。
ごく僅かな期待だったから、カインは――皆、僅かに笑い、諦めることが出来たのだった。