161話 別れ
管制室では、タロウとその妻子、ズッ友六人、招かれざるロッキーがそれぞれソファに腰掛け、落ち着いていた。
遅れてやって来たズッ友に、これまでの経緯を伝え終えたタロウ。
次には早速とばかりに、本題へと移る。
「さて――これから、お前ら三人に質問をする。答えは目に見えているが、本心を教えてもらいたい」
タロウは、これまでずっと目の前に腰掛けていた三人に、改めて向き直る。
そして、いつになく真剣な表情をする三人へと問い掛けた。
「お前ら――大神父三人は、元の世界に戻りたいか?」
互いに顔を見合わせた三人は、大きく頷いた。
そして、またもカイン、コリー、キィの順に答える。
「当然です! 私たちの存在意義は、女神様を復活させることなのですから。もう少し、ここの超先進的な文化に囲まれていたい……そんな気持ちもありますが……」
「と、当然だぜ? あっちに置いてきたムチピチのオーク女子が恋しくなってきたところだ。……まぁ、レイチェルが寂しいって言うなら、残ってやっても良いんだぞ?」
「至極当然のことを……。あちらでしか食せないギューブーの肉が恋しくなってきたところです。特に丸焼きが……いや、串焼きの方が……ジュル。――えぇ、女神様を復活させてみせますとも」
目に見えていた答えをほぼそっくりそのままに聞いたタロウ。
続けて別の三人の気持ちを確認するため、視線はそのままに問い掛ける。
「じゃあ次は、ズッ友の三人――カイン、コリー、キィに聞く。お前らは、大神父たちの世界に行っても良いと考えているか?」
タロウのその問い掛けは当然だが意味があり、そして必要不可欠なものだった。
――大神父たちは、意識だけがこの意識世界へとやって来た。
では、あちらの世界の、元々のからだは何処にあるのか?
つい二年程前には、先発調査隊の二葉が、世界の中心に立ち入った。
二度と外には出られず、暇を持て余すことしか出来ないフタバ。直径一キロメートル程のその空間を隅々まで、何度も何度も探索した。
だが、そこには植物も生物も、勿論、骨一つとして見つかっていなかった。
大神父たちが残滓と対峙し転送したのは、おそらく遥か昔、という設定なのだろう。
意識を失ったそのからだは朽ち果て、骨すら灰となり消失したのか――
世界の中心は、意識世界。そこでは意識もからだも、ただの情報に過ぎない。
そして以前、『あらゆる壁を通り抜ける力』により世界の中心に立ち入った霧島務を現実に戻したとき、そのからだはフタバの目の前で消失した。
つまり、からだはただの情報へと化しただけなのだろうと推察される。
では次に、こちらにいる大神父を元の世界に戻すことを考えてみる。
意識だけがやって来た大神父たちを、その意識だけ元の世界に返す。
まず、それは不可能だと考えられた。
何故なら、彼らの意識には一切の干渉が出来ないのだから。
それなら、どうやってあの世界へと戻すのか。
宿主ごと転送すればいいのだ。
イゾウの複製体をこの世界へと転送したときには、そのからだ、そして謎の力も有したままだったのだから。
では、今回の場合――宿主であるコリーたちはどうなるのか。
これこそ推測だが。
おそらくあっちの世界で、大神父たちのからだが復活する。大神父たちのからだにそれぞれ、大神父たちの意識が宿り直す。
大神父がこちらに来たときと逆――ズッ友たちの意識は、大神父たちの内に宿るのだろう――
つまるところ、大神父三人が元の世界に帰るためには、ズッ友三人が犠牲となる必要がある。
ただし、それを犠牲と捉えるか否か。それは当の本人たちに寄るもの。
だが、タロウは、付き合いの長い三人の答えも目に見えていた。
そんなタロウの問い掛けに、こちらはいつもどおりに、カイン、コリー、キィの順に答える。
「えぇ、良いですとも。あの未知なる世界に行ってみたいと、強く望む程でしたので。ここではいまいち使いどころの無い……ゴホン。ようやく、私の知識が役に立つようですね!」
「おぉ、変異種だっけ? 他にも強ぇヤツがいっぱいいるって言うし、暴れてやんよ! まぁ、レイが寂しいって言うなら、残ってやっても良いんだぞ?」
「すごく当然のことを……。ギューブーってのを食べたいし、何より、あっちのキィは可愛い猫ちゃんなんでしょ? 僕、猫大好き!」
――三人と三人の意思を確認してからの展開は、それは早いものだった。
先ずは、現在のからだに念のための機能を備え付ける。
おそらく別のからだに変わってしまうため、無駄になることはわかっていた。
それでも、もしも『世界の中心に立ち入ったとき』だけでもその機能が復活しないものか。
一縷の望みをかけ、レイレイはたったの数秒をかけて四人の意識体に情報を追加した。
もしかすると、二度と戻ることが出来ないかもしれない。
でも、もしかすると、あっという間に役目を果たし、戻ることがあるかもしれない。
何一つ定かではない、そんな別れのとき。
一人を除き手ぶらな四人が横一列に並ぶと、いつもと変わらない、限られた面々からの見送りを受ける。
「カイン、頑張れよ!」
「……それだけ!? 最後かもしれないのに……いや、いつもどおりですね。思えば、私とタロウ博士の出会いは――」
「コリー、あんたの心配なんかしないからね? ていうか、逆にやりすぎないか心配だわ。くれぐれもあっちの人達に迷惑かけないように!」
「がはは! おぉ、レイ。ちょっくら厄災ってのをぶっ倒してくらぁ! でさ、戻ったらよ、一回だけで良いからあんなこととか、こんなことを――」
「キィさん……いや、お師匠さま。こんなアンドロイドに今の今まで、様々なことを教えていただきありがとうございました。何かございましたら、必ずや助けに参りますので」
「そんなの良いからさ、いつもどおり笑ってよ、ミュウたん。僕、ミュウたんの笑顔が大好きなんだ! そうだ、戻ったら、正式に僕のお嫁さんに――」
そして最後の四人目。
カインとの別れを一瞬で終えたタロウは、その両手に『観葉植物』を抱えた女性に向き合った。
彼女は、過去に遭った火災により、その半身に酷い火傷を負った。その顔も、ほぼ半分に跡が残ったままだった。
意識世界なのだから、望めばそんな跡などを消すことは容易。なのに、彼女は、その時の想いまで消したくないと、そのままを望んだのだ。
そんな彼女は、いつもどおりの笑みを浮かべていた。誰よりも優しく、温かい。誰よりも美しい、笑みを。
「ミドリ、本当に良かったのか?」
「ふふっ。何度も言わせないでください。私は、タロウ博士たちのおかげでかけがえのない日々を送ることが出来たのです。その御恩を、ここではなくていつ返すのでしょう。それに……もう、この世界にも、思い残すことはありませんから――」
四人が、所定の位置へと着いた。
それぞれの大神父が管理する各国の、城下町付近の草原へと転送がされる予定だ。
「行ってきます……」
「ちょっくら行ってくらぁ!」
「まったねー!」
「さようなら……」
四人の姿は、モニター画面から消え去った。
ほぼ揃った、四つの独り言を残して――