155話 問題
アオイの問い掛け――まず、大神父たちは何故、あの異世界からこの意識世界へとやって来たのか。
だが、この問いへの答えは誰もが予想していたとおりのもの。それは、大神父たちにもわかりようのないことだった。
全く異なる文明、しかも誰かの内に閉じ込められて、表に出ることも出来ない。
そんな中で、大神父たちが直面したのは、意識世界とやらの始まりを祝う場面。
それぞれ捉え方は異なれど、違えず驚きだけは隠すことができなかったようだ。
『さすがの私も、震えが止まりませんでした。まさか、あらゆる知識を得た筈の私が、未知の世界と出会えるなんて!
本体が在ったなら……嬉しくて失禁していたかもしれませんね』
と、カインは頬を赤らめながら、当時を振り返った。
『さすがの俺もビビったぜ。まさか、理想の巨乳美女が目の前に現れるなんてな!
本体が在ったら口説いてたとこだぜ。でも、本体が在ったらボコボコにされてただろうな。がはは!』
と、コリーが豪快に笑う。
『さすがの私も驚きました。まさか、美味しそうな匂いが漂う、見るも珍しい料理が大量に並んでいるではありませんか!
えぇ。本体が在ったなら、人目を気にせず爆食いしていたでしょうね。こう見えて私、大食いなのです』
と、キィは目の前のお菓子を上品かつ大量に食しながら答えた。
どうやら、内から出ることが出来ないくせに『視覚』『嗅覚』はしっかりと機能していたらしい――という、どうでも良いことだけはわかったのだった。
次の問い掛け。
大神父たちは、では、どのようにこの意識世界へとやって来たのか。
経緯は概ね、亀神父が伝え聞いた話のとおりだという。
――突如、青の国に現れたのは、実体のない正体不明の厄災だった。
変異種ではないそれを、カインは、大いなる厄災の残滓と呼んだ。
大神父たちは、その討伐方法を議論すべく、青の国に集った。
議論の結果、残滓を『導く』ことに決めたという。
ただし、ここで一つの問題が生じた――
残滓が人へと移り宿る条件は、大神父にもわかりようのないものだった。
そんな状況下では、大神父といえども迂闊に宿主に触れることは出来ない。
神につくられた特別な存在とはいえ、多くの感情を有するのだ。特に、多くの犠牲者を出していた残滓への憎しみは、とても隠せるものではなかった。
もしも、宿主に触れることで、残滓が大神父へと移り宿ってしまったなら――憎しみの対象も、自分自身へと移ることだろう。
千年という永き時を生きる大神父たちは、不老ではあっても、不死ではないに違いない。
自害を恐れるが故に、宿主に触れることが出来ない、という問題が生じたのだ。
――大神父たちは、触れた対象を導く力を持っている。
勿論、その対象の条件を教えてくれることはなかった。
それでは、宿主に触れずにどうやって残滓を導くというのか。
カインはそのとき、ある策を口にしたという。
『残滓を四人で囲み、強く念じるのです。さすれば、触れずとも――そう、導くことも可能となることでしょう! 間違いありません! たぶん!』
それを聞いた三人の反応は、というと。
『なんだそれ、面白そうだな! 駄目だったら責任とれよ?』
『何も起きなかったとき、その場はどんな空気になるのやら――えぇ、むしろ失敗してほしいものですね!』
『……あの、皆さま、真面目に考えませんこと? それ、失敗したら、運の悪い私が次の犠牲者になりませんこと?』
至極全うなミドリの意見は、残念ながら多数決の末に却下となった。
――結局、残滓は宿主ごと、世界の始まりへと導かれた。
引き続き、四人は残滓を囲み、さらなる導きをすべく念じたという。
次はどこへと導くのか?
タロウのその問いには、
『私たちにもわかりません。全ては神の導かれるままに――』
カインがそう答えると、管制室内には大きな舌打ちが二つ、見事にシンクロして響いた。
――導きの結果が、今に至る。
大神父の話は、あまりにも大した情報ではなかった。それはただ、レイチェルのイライラを募らせるだけのもの。
とはいえ、なんとか今後の足掛かりを見つけられないものか、タロウはずっと考えていた。
おそらく残滓とやらは、二度目の導きの際に、抵抗すべく大神父の誰かに乗り移ろうとしたのではないか。
人から人へと乗り移る力……あるいは習性か。
その最中に導きという、おそらく転送と同じ力が働いた。
その二つの移動系の動作が重なることで、転送先は本来あるべきところとは異なってしまった。
本来が何処なのかはわからないが、おそらく、意識世界につくられたどこか、と思われる。
宿主からはみ出た状態の残滓。実体のないそれは、意識情報のようなもの。
触れずに転送させようとした大神父四人も、意識だけがそれに追従した。
その結果、大神父たちはこの意識世界へとやって来た。
うち三人の意識は、タロウのズッ友の内へと宿り、一人の意識は観葉植物へ。
残滓は、と言えば、それも移動系の力の影響なのか。転送先は、四人とは異なる、過去の意識世界に暮らす少年の内だった。
――この憶測から、さらに憶測を重ねてみる。
やはり、大神父たちが居たあの異世界は『未来の意識世界』なのではないか。
そうだとしたら、何故、この時代にやって来た?
しかも、大神父と残滓がやって来ただけでは済まされない。
未来の意識世界は、その一部が現実世界に顕現したのだ。しかも、七人の意識を伴って。
一体、これだけの影響を及ぼして何を……?
全てが何らかの異常に寄るもの……?
――ふぅ。一つ息を吐くと、タロウは憶測をやめた。
考えても答えなどわかりようがないのだ。
わかるのは、そんな問題に直面しているという事実だけ。
だが、答えなどわからなくても、無視の出来ない事実が一つあった。
大神父三人は、タロウのズッ友の内に宿った。
ズッ友とは、五十年来の付き合いだ。意識世界をつくる前に、現実世界で知り合った。
無駄知識の探求者、カイン。
最強を求める男、コリー。
友達一億人出来るかな、キィ。
そして次に、その内に宿る大神父。
神につくられたというその存在の名は、やはり神に付けられたという。
知を司る犬、カイン。
武を司るオーク、コリー。
生を司る猫、キィ。
そう、この大問題に、タロウは敢えて触れることにしたのだ。
「お前ら――何で、同じ名前なんだ?」