154話 わたしたちは大神父でーす!
――大神父カインがその話を終えると、管制室内の雰囲気は見事に二分された。
三人が晴れやかな表情をする一方で、話を聞いた三人の表情は曇りきっている。
舌打ちをする娘、物騒な棒切れを手にする妻を見たタロウは、仕方なくその口を開いた。
「お前たちの話を整理してみるぞ。補足があればその都度教えてくれ」
うん、と頷く三人。
ちっ、と舌打ちをシンクロさせる母子。
「お前たち三人は、神とやらがつくった異世界で、その役割を果たしてきた。その間、実に千年以上」
うん、と誇らしげに頷く三人。
「でも、残滓とやらと対峙した際に、残滓もろともこの世界に――俺たちの意識世界へとやって来た」
うん、と苦い顔で頷く三人。
「やって来たのは五十年ちょっと前のこと。俺たちが意識世界の始まりを祝うその瞬間を、内で見ていた。だな?」
うん、と何かを思い出しながら頷く三人。
「その後、表に出ることが出来ず、カインたち本体の意識と干渉することも出来ず、ただずっと内で過ごしてきた。でも――ついさっき、ようやく表に出ることが可能となった」
うん、と感慨深そうに頷く三人。
「俺たちに最大限の協力をしたいと思っている。でも、現時点では、俺たちが見聞きしてきた情報の他に話せることは何一つ無い。――以上」
うん、と申し訳なさそうに頷こうとする三人が急に、目前の何かを見て萎縮を始めた。
「わたしたちは大神父でーす! 異世界からやって来ましたー。話せることは何もありまっせーん。以上でーっす! ――はぁ? あんたたち、なめてんの?」
三人の前には、物騒な棒を振りかざしてブースト寸前のレイチェルが佇んでいた。
カインたちの内で五十年もの時を過ごしてきた大神父は、当然だがレイチェルの恐ろしさもよく知っているのだろう。
「お、お待ちください! は、話せないというのは、私たちの世界の理のこと。あなたたちが見聞きした情報をきっかけに、私たちが知識を与え……そ、そうです。話せることは、あります!」
カインの弁明をニコニコと聞くレイチェル。だが右眉をピクリと微動させると、カインはより慌てた様子を見せ始める。
知る人ぞ知る、レイチェルの小悪魔スマイル――関係者からは本物の悪魔と恐れられるその笑顔の前では、一切の隠し事が不可能となるのだった――
「へぇ。何を話せるわけ?」
「それは……あなたたちの言うところの、憶測、とやらです」
「ふざけ――おほん。ま、いっか。ここには憶測好きが集まってるから。ただし、つまらなかったらタダじゃおかないからね?」
難を逃れたカイン。ただし、その隣ではキィとコリーが「生悪魔!」と嬉しそうに声を上げ、レイチェルに睨まれている。
知を司るとはいえ、なんて損な役回りなのだろう。
タロウは深く同情しつつ、拷問にも似た笑顔から引き出される憶測に期待をしていた。
「まず大前提として――私たちは、神につくられ役目を与えられた大神父です。神さまがおつくりになった世界で、その役目を果たすべく永き時を生きてきました。それは間違いありません。間違い無い――そう、信じています。でも、もしかすると……」
「もしかすると、そんな情報を与えられた、ただの意識体なのかもしれない。でしょ?」
これまで静聴していたアオイが、言葉に詰まるカインの代弁をする。
先ほどまでの冷や汗がすっかり乾いた筈のカインだが、神妙な面持ちのその額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「……です。この五十年間、この意識世界に生きるあなたたちを見てきた。少し前には、私たちが生きていたあの世界が突如、顕現しましたね。
私からすれば、此処こそが異世界そのもの。でも、あなた方からすれば、私たちの世界こそが異なるものだと言う」
「そりゃそうでしょ。あんなエロ亀が神父を名乗る世界なんて、あり得ないわ」
「いや、そこじゃないだろ!? 亀が二足歩行して、しかも喋る世界なんてあり得ない、だろ」
「ふっふ。私も本来は犬ですし、キィは猫、コリーはオーク。ミドリは人間ですが……そういえば、何故にミドリだけ植物に宿ったのやら……」
全員の視線が部屋の隅に置かれた観葉植物へと注がれる。
まさか自分が育てていた植物に『美を司る大神父』が宿っていようとは思いもしなかったタロウ。
――もしかすると、管制室で一人あんなことやこんなことをしている様子を見られて……いや、そもそもレイレイが監視するこの意識世界に隠れる場所など無いのだ。そうだ、この五十年、あんなことやこんなことをした覚えなど無い! ――などと思いに耽るタロウを、まるで虫を見るような目で一瞥すると、
「あなたたちが何故、どうやってこの意識世界へとやって来たのか……それは一旦置いておくとして。元の三人の意識は今、どこにあるの?」
話を進めるべく、アオイが疑問を呈する。
「ご本人の意識はそのままです。私たちが表に出るときには内に入るようですね。 ――えぇ。私は此処にいますとも」
「がはは。強そうなからだに入れてラッキーだぜ! ――がはは。おい、どっちが強ぇか勝負しようぜ?」
「えぇ。とても落ち着くからだに入れて、私も運が良かったですわ。――えぇ、そのとおりでござりやがりますわね。にゃはは!」
元々の意識との区別がほとんどつかないカインとコリー、何故か大神父に口調を合わせるキィに、アオイは質問したことを後悔する。
溜め息と共に、本題に入ることを決めたのだった。