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149話 光

 陽の光を分厚く覆っていた雲は、いつの間にか、薄手のカーテンのように優しく光を包み込んでいた。

 まるで自分の気持ちと比例しているようだ。そう思いつつ、目線を女の子へと戻す。


 先ほどまで、女の子の視線は、僕のそれと交わるも透過していた。僕を見透かして、僕の内にあるナニかを見ていた。


 どうやら、それは完了したらしい。ようやく目と目が出会い、途端に恥ずかしさが込み上げる。

 咄嗟に俯いた僕の耳に、女の子の声が聞こえてきた。

 それはさっきまでの、感情の込められた声とは異なる、何故だかひどく無機質なものに感じられた。



「消えたみたい」

「……消え、た? あ、あぁ、確かに。さっきまでの、僕の中の愚考は綺麗さっぱり消えたみたいだ」

「うん。――念のため、確認するけど。君はこれから、どうしたいの?」

「これから…………?」


 目の前の不思議な女の子は、僕を現実から遠ざけてくれていた。

 フワフワと夢見心地を感じていた僕を、でも、女の子の言葉が現実へと引き戻した。


 微かな溜め息を推進力に、現実に不時着すると、ただ一つ考えた答えを口にする。


「結局、僕に出来ることなんて……あいつらの言いなりになる他には、何も無い。それが、僕の最善なんだ……」


 我ながら、よくもまぁ最善などと言えたものだと思う。

 その場に立ち止まって、後ろを向いて――せめて、しゃがみ込むことのないように。倒れ込むことのないように我慢しよう。

 抗うことから逃げて、考えることからも逃げた。そんな僕が、唯一導き出せた答えがそれだった。



「……くくっ。もしかしたら、さっきまでの極端な愚考の方が、まだマシだったのかもしれないね。だって、君は肯定してくれた。応援してくれたんだから」

「それ、本気で言ってる? バカじゃないの?

 ――興味も無いし、聞くだけ無駄だったわ」


 それは冷たく、無表情で無感情な言葉だった。

 これまでずっと僕を肯定してきた女の子の否定に、怒りが込み上げる。


「じゃあ、何で聞いたんだよ。それなら……じゃあ、放っておいてくれよ」

「――そうだね。そうする」



 もしかすると、この女の子が僕を救ってくれるかもしれない――そんな、都合の良すぎることを考えていたのだろう。

 なんて自分勝手な期待を抱いていたのだろう。

 だからこそ、こんな、不要な感情を抱いてしまうんだ。


 よくもまぁ、独りで生きられるなどと思ったものだ。

 それなら、『寂しい』なんて感じる訳が無いじゃないか――!



「……ごめん、言い方が悪かった。興味が無いのは確か。でもそれは、第三者の君に対して言ったの」

「第三者……?」

「うん。君は、他人を観察する能力に長けている。そして、自分を客観視することも出来る。人にどう思われているか、どんな存在なのか、常に把握している。だからこそ、独りで生きる自信だって持つことが出来た」


 やっぱりこの子は、どこまで僕のことを……?


「でもね……客観視しすぎて、まるで他人事ひとごとなの。まるで、第三者のように現実を生きているように見える。

 本当の君は、独りの世界、物語の世界に居るんじゃない? 現実から逃げてるんじゃない?

 私なんかが他人の生き方に意見なんて出来ないけど……とあるクソオタクが言ってた。


『想像の世界は無限大だ。俺なら余裕で、自分の物語に一生だって引きこもることが出来る。

 でもな、現実世界はさらに無限大だ。何故なら、何億という人間それぞれが物語を紡いでいるんだ。現実で、そんな物語たちに関わって生きる方が何億倍も楽しいに決まってる!

 まぁ、俺は他人の物語を情報化して……』


 ――って、キモっ! ちょっと、変なこと思い出させないでよ!」

「いや、君が勝手に……」

「責任、とってくれるよね?」

「何の!? だから、君が勝手に……」


 無表情なまま、だが、感情だけは豊かなようだ。そんな女の子に引っ張られるように、僕の感情も、珍しく現実で揺れ動いていた。



「私、もう居なくなるから。だから、最後に君の言葉を聞かせてくれる?」

「僕の……言葉?」

「これから、さっきと同じことを質問するから。第三者じゃない、君の言葉で応えてほしい」


 別に、これまで意識して言葉を発したことはない。第三者と言われて否定は出来ないけれど、本当の僕との使い分けなどしたことがないのだ。


「でも、どうやって……」

「――目を、閉じて?」


 彼女の言葉に身を任せることを決めると、言われたとおり、目を閉じる。

 何となく、わかった気がした。


「そう。本当の君は、そこに居る。

 ――君はこれから、どうしたいの?」


 一つ、息を吐いた。

 先ほど冷静に返った気持ちが、さらに心地よいくらいに落ち着いていた。


「僕は……独りで生きたいと願っていた。でも、独りで生きる資格なんて、無かったんだ……」



 何故だろうか。

 これからのことを聞かれた僕の口から出てきたのは、これまでのことだった。

 これまで現実から逃げて、隠してきた、本当の思い。それらが、僕の口から溢れるように出てきた。


 目を閉じていてもわかる。女の子は身動きもせずに、僕の言葉を聞いてくれていた。



 ――これまでのことをひとしきり話し終えると、ようやく、これからのことを口にする。


「――我慢しようと、そう、思ってた。だって、神宮シングウ優芽ユメさんには迷惑をかけたくないから。壊れないように、耐えて、耐えて……耐えようと、ずっと、思ってた。

 でも、他人事だから、そう思えたんだよね。……怖い……怖いんだ。あいつらに何をされるんだろうって、すごく、怖いんだ。

 だから、本心は……逃げたいって、そう思ってしまっていた……。

 でも、今は違う。いや、違わないかもしれない。これは、逃げるのと同じことかもしれない。


 僕は今、君に助けてもらいたいと思っている。……僕は、独りでは生きられない、弱い人間なんだ。

 だから……だから、お願いします。

 僕を、助けて……助けてください!」



 情けない顔をしていただろう。

 気付いたら頭を下げて、涙を流して、女の子にお願い事をしていた。


 目を閉じているせいか。自分を客観視していないせいか。そんな、なりふり構わない自分でも、どこか気分だけはひどく軽くなった気がした。



「――目を、開けて?」


 応えを待ち望んでいたのに――僕のからだは一瞬、驚くように震えてしまった。

 溢れる涙は、さらに止めどなく頬を流れ落ちる。


 言われたとおり、ゆっくりと、目を開けた。



「うん。でも『助ける』はちょっと違うかな。

 ――一緒に、考えよう? 最善の方法を、ね!」



 空を覆っていた雲は、いつの間にか、そのほとんどが消え去っていた。

 陽の光が、そして――神宮優芽の優しく力強い笑顔が、僕を包み込んだ。

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