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148話 僕の中の、何か

 フェンスを掴んでいた左手を離すと、からだごと振り返る。顔だけでなく、今度は正面から彼女と相対あいたいした。


 神宮シングウ優芽ユメではないその女の子は、冷たく美しい笑みを浮かべたまま。僕の目だけを真っ直ぐに見つめていた。

 女の子から視線だけを外すと、次に屋上の出入り口付近の様子を窺う。

 そこには、居ると思っていたあいつらの姿は無かった。

 

 そう、か……。それはそうか。

 僕がここで起こしたあらゆる行動の、全ての責任を神宮優芽に押し付けるつもりなのだ。

 あいつらにとって、例え予想通りの事態が起きたとしても、それは対外的には不測の事態でなければならない。

 いつもどおり教室で、仲良く勉強をしていることだろう。その姿を、皆に向けてアピールしていることだろう。


 教室に戻った僕か、あるいは彼女の様子から、事の顛末を推測するに違いない。

 じゃあ……教室に戻らなければ良いかと思われるが、財布の入ったリュックが残されているから仕方がない。そこには電車の定期券も入っているのだから。


 

 そもそも……ここに神宮優芽がいない時点で、あいつらの企みは破綻しているのでは?

 ……いや、屋上に来たのは神宮優芽で間違いなかった。

 あいつらにとっては、神宮優芽が、僕の待つ屋上に向かったという既成事実さえあれば良いのだから。


 それでも……あいつらにとって、目の前の女の子は、不測の存在に違いないだろう。僕がこの女の子に協力を求めれば、何か環境が変わるのでは……?

 というか、そもそも、この女の子は一体……?




 ――まぁ、いい。もう、どうでも良い。何を考えたって仕方がない。もう、何もかもどうでも良い。

 今の僕には、もはや出来ることなど一つしかないのだから……。



 つい先ほどまで、僕の中では別の、唯一の最善が溢れていた。

 それが何故だか、今は綺麗さっぱりと消えて失くなっている。

 改めて考えると……やはり、明らかな愚考だったと言える。何も遂げずに自身を犠牲にするなんで、何が一番楽なものか。



 そして今――新たな最善が溢れ返り、僕を満たしていた。

 右手をポケットに突っ込みながら、目の前の女の子から再び、視線を外す。

 出入り口へと歩みを進めようと、足を動かした――そのときだった。



「うん。やっぱ、そっちの方が良いよね! それが最善だよ!」


 またも、正体不明の女の子の発する言葉が、僕の動きを止めた。

 やっぱり……? 何がやっぱりなんだ? さっきはさっきで、その行動が最善だとか言ってなかったか?


「何が……最善なんだ? 君に、何がわかるって言うんだ?」


 聞かなくともわかっていた。彼女は、僕がこれからすること、考えの全てを見透かしている。

 笑みを浮かべたその冷たい瞳が、それを物語っていた。

 

「ふふっ。君が思っているとおりだよ。私は、君のことを全て知っている。

 君はこれから教室に戻って、彼ら三人に襲いかかる。その、ポケットの中で握っている折り畳みナイフで、ね。


 彼らは、君のそんな行動だって予測している。君のあらゆる行動に完璧に対処するだろうね。きっと、かすり傷一つ負わせることもない。

 君は『クラスメートに切りかかった男子生徒』『壊れた人間』として扱われる。

 おそらく君の処遇は、停学……いや、退学でしょう。

 そして、君が壊れた責任は、君の告白を拒絶した神宮優芽が全て負わされる。

 そう、全てが彼らの思いどおりになるわけ。それも、彼らにとって比較的に楽で手っ取り早い結末だね」


 やめろ……やめてくれ!

 僕を肯定など、してくれるな……。 



「でも、それは『きっかけ』なんだよね!

 君は誰からも、壊れた人間として扱われる。そして君は、壊れた人間を演じる。もはや再起不能の、部屋に閉じ籠るだけの廃人。

 彼らはそれでも、君の復讐を想定せずにはいられない。

 だけど、彼らの想定は、壊れた君の行動に限る。壊れた振りをした君が、まさか一日中、冷静に復讐を考えるなんて思わない筈。

 うん。きっと上手くいくよ!」


 やめてくれ……僕が……乾いてしまうじゃないか……。


「あっ、何なら、私が手伝ってあげようか?

 もしかしたら傷の一つくらい負わせることが出来るかも!?

 どうせきっかけでも、未遂よりかは君の気分が晴れるでしょう。

 ねっ、誰にする? 副会長くん? 書記くん? それとも、学級委員長くん?

 キャハハっ、それか意表をついて、神宮優芽ちゃんとか?


 ――ねぇ、早く行こうよ! みんなが首を長くして君を待ってるよ。

 ねぇ、早く、やろうよ!」



 唖然とする僕の目の前で、女の子は心の底から、愉しそうにはしゃいでいた。

 彼女が早口に捲し立てたのは、全てが僕が考えたこと。僕の最低で最悪な愚考で間違いなかった。



 僕の中では、溢れていた全てが、すっかりと渇き切っていた。

 あんなに昂っていた筈の気持ちが、すっかりと落ち着いていた。


 そんな僕の様子を見ると、目の前の女の子から、笑みが消失した。

 笑みなど無かったかのように、笑い方を忘れたかのように、ただ冷たく綺麗なその瞳が僕を見つめていた。


 いや……違う?

 見ているのではなく、見透かしているのだ。

 僕ではない、僕の中の、何かを――

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