142話 亀神父
イゾウの複製体が転送されてから、およそ一時間が経過した後。
次に管制室に現れたのは、またしても一人の男……いや、一匹の雄と呼ぶに相応しい姿形だった。
それはどう見ても亀の姿で、だが二足で直立するリアルな人形の生物なのだ。
突如送られて来たその亀は、イゾウの時とは異なり、一切動じる様子を見せない。
ゆっくりと辺りを見回すと、その目線は、ある一点で止まる。そして、高くしゃがれた声で呟いた。
「巨乳美女発見ですじゃ。でへへっ!」
固まり唖然とする一同は、見ていた。
異様な空気が漂う中、巨乳美女だけは不敵な笑みを浮かべている。そして、傍らから愛用の金属棒を取り出したのだ。
「亀って、食べれるんだっけ?」
レイチェルの脅しを皮切りに、尋問にも似た聞き取りが始まったのだった。
――謎世界の住人をここに転送すれば、何かわかるんじゃない?
アオイのその一言に、先ずは転送する対象が考えられる。
とはいえ、それはあっという間に決められた。
住人を転送可能か否かはさておいて。
謎世界のことを最も詳しく知っているであろう人物――現に『童話』という、絶対的な手がかりとなる存在を保有し且つ明かしてくれるという役割を持つ人物。
それこそが、各地の神の家に仕え住む『神父』なのだが――いまいちその存在意義はよくわかっていなかった。
童話の件を除けば、ただただノリが軽く胡散臭いだけの老人なのだ。
壁の外側に、世界の中心には何があるのか。変異種の一新のことも、何も知らない様子だった。
ただしそれが、何らかの制約によるものだったとしたら。
何かをきっかけに、童話以外にも重要な手がかりを与え導くといった役割を持たされているとしたら。
それならば、制約の及ばない意識世界への転送が出来たならば、何かがわかるに違いないのだ。
検証に最も相応しいとされた神父は、青の国の城下町、ブルベの神の家に居た。
それは、自らの齢が二百を超えると言う、亀の神父。
誰もが年齢詐称疑惑が持つも、他の神父と比較すれば明らかに長命であることは一目瞭然だった。
イゾウとゴロウに童話の存在を明かし、さらには神の家の一室を提供してくれた人物でもある。
そのためもあり、イゾウを対象とした検証の場も、都合の良いことにブルベに程近い青の草原だった。
ツクモとゴロウは、イゾウを置き去りにすると一目散にブルベへと駆け出し、ものの五分で目的の地に到着する。
対峙するなり、ツクモは有無も言わさずに「おい、じじい、肩揉んでやるよ!」と、亀神父の情報化と転送を図った。
ややぶっきらぼうなツクモの物言いだが、全てが計算済みだった。
おそらくは、謎世界の神父という輩は違えず、若くて可愛い女子には滅法甘い。
ツクモはどう見ても男だが、そこには可愛い孫要素を含ませていたのだ。
それでも、何故にヤンチャ度の高い孫を演じたのか……
そんな不安を他所に、亀神父はほくほく顔でツクモにその肩を委ねた。
そして次の瞬間――直面するとやけにリアルで気持ちの悪い亀神父が、管制室へと転送されたのだった。
――尋問の結果。
やはり、神父は『役割』と『制約』を持っていた。
だが、最大の役割、そして制約は思ったとおりのもの。
『世界に害を為すか否かを見極め、神父が認めたその相手だけに、童話の存在を明かすこと』だと言う。
ゴロウを認めたように、そこには黒髪でなければいけないという制約は無い様だった。
神父が持つ役割は、童話を見せることを含めて『認めた相手の手助けをすること』のみ。
衣食住を提供してくれるし、世界地図を見せてくれるし、各国の特徴だって教えてくれる。
仕事の斡旋だってしてくれるし、何も知らない転送者にとっては、それこそ神のような有り難い存在で間違いない。
ただし、管制室には誰一人として、思ったとおりの展開などを求める者はいなかった。
未だに亀神父の眼福対象である巨乳美女はと言えば、物騒な棒を持つ右手に力を込め、無言の圧をかける。
そんな雰囲気を察したのか、亀神父は、とある昔話を始めた。
それは、制約のかからないその場に転送することで得られた『思った以上の情報』だった。
「これは三百歳のワタクシが小さい頃に聞いた、昔々の話ですじゃ……」
あんた、二百歳って言ってなかった? ……昔の電化製品って、叩けば直ったらしいよね。
レイチェルの覇気を嬉しそうに受け止めると、亀神父は続けた。
――その昔。各国には一人ずつ『大神父』という存在がおったそうな。
大神父たちは、神の願いを叶えるために『導く力』を授けられた。
ワタクシたちに出来るのは、その人となりを見極めること。一方で、大神父様はその人の持つ『力』を見極めることが出来たのだとか。
そして、見極めたその力を文字どおり、世界の始まりの地へと導くことが出来る。
さらに、その身には不老の力を宿し、容姿、身体能力など全てにおいてが至高の存在と呼べるものだったといいます。
赤の国には、『武』を司る、屈強なオーク。
青の国には、『知』を司る、イケメン犬。
黄の国には、『生』を司る、美少女猫。
緑の国には、『美』を司る、唯一人間である、絶世の美女。
あるとき――突如、世界には予想だにしない脅威が訪れました。
変異主をも凌駕するその脅威を、大神父たちはこう呼びました。
『大いなる厄災の残滓』と。
多くの住人が犠牲となり、遂には大神父様自らが対峙することに。
四人の大神父様と残滓との対決は、一瞬のうちに終わりました。
唯一、緑の国の大神父様が、言葉を残しておったそうです。
『私たち四人で、残滓を先ずは始まりの地へ。そして次に、別の世界へと導きます。
脅威はこの世から消えて無くなるでしょう。えぇ、私たちも、ね……。
ですが、私たちはいつか必ず戻ります。そのときまで、この世界のことを任せますよ?
まさか変異主の一新もされていなかったら……いつもの、視界への出禁などでは済ませませんことよ?』
それから長い長い年月が流れました。
未だ、大神父様はこの世界に戻ることはありません。
世界の一新と言えば、ついこの間に起こったことなのでしょう?
それならば……いつ戻ってきても、ワタクシたちは堂々とお迎えが出来ると言うのに……。