141話 成果
意識世界内、世界保存機関の管制室に揃うのは、いつもの面々。タロウとその妻子、半永久社蓄仲間、合わせて九名の移住体だ。
さらには画面越しに、十数名の有識者が検証を見守っていた。
それらの視線を一斉に浴びる男が一人、目だけで辺りを見回し嘆くように呟く。
「ここは……何処じゃ……? ワシは、またしても別の世界に……?」
困惑を隠せない様子で萎縮するその男は、イゾウだった。
モニター画面には、人工意識体のツクモと数度目の握手を交わすイゾウの姿が映し出されている。
管制室に現れたイゾウは、謎空間に残るイゾウ本体と何ら変わりがない、全てが情報化した時点の生き写し。
だがそれは、意識世界に顕現した情報体――要は複製体だった。
触れたモノを解析して情報化する機能により、先ずはイゾウの情報が集中管理意識体へと送られた。
当初の思惑通り、その情報には『謎の力』も含まれていた。
だが当初の期待は裏切られ、力の解析はもとより、一切の干渉すら出来ないことが判明したのだった。
それならばと、次には情報化した全てを意識世界へと向けて転送してみる。
真っ青な草原に腰掛けるイゾウは、そっくりそのまま、意識世界内の同じ座標値へと転送された。そして瞬く間に、次には管制室へと移動させられたのだった。
困惑するイゾウに状況を説明するも、四百年前の日本で四十余年を過ごした男には、理解しろと言う方が無理な話だった。
自身が一度、その生を終えたことは認識していた。それでも、今も謎空間に残る本体を画面越しに目にしても、今の自分が複製体であることなど到底受け入れることは出来ない事実なのであった。
そんなイゾウは、だが誰もが予想しなかったことを口にする。
とはいえそれは、誰もが思ってはいたもの。口にすることが躊躇われたものだった。
「ワシを、あの世界に戻してくれないか……?」
複製体のイゾウも、本体と同様に『時を戻す力』を有していた。
だが、やはり力の情報だけは『ただそこに存在する』以上のことはわかりようが無かった。
検証の結果――ただの一回のみ、力の複製が可能だということがわかる。
先ず、謎空間からもう一人分の情報を転送し、意識世界に顕現させることは出来なかった。
本来の機能ならば、その時点の意識を含めた情報化及びその転送に回数制限など無い。
だからそれは、謎空間の管理者が定めた制限であると考えられた。
次に、意識世界にてイゾウの複製体の複製をすることも試みる。
だがしかし、情報の時点で力の複製だけは出来ないことがわかり、複製体を顕現させる以前にそれは断念されたのだった。
それならばと、タロウたちは次の検証を考える。
その場の誰もが同じことを考え、自身が映る画面を依然見つめたままのイゾウを見つめる。
それは『今、目の前にいるイゾウを謎空間に転送したらどうなるのか……?』
『果たして、イゾウがもう一人、実体化されるのだろうか……?』というもの。
ただし、イゾウを謎空間に転送するということは、再びその世界で生き続けることを強いるのと同じこと。
謎の、強大な力を宿しているとはいえ、危険の伴う世界での生など誰が望むだろうか。
だから、まさか自らその言葉を口にするとは、誰も思わなかったのだ。
イゾウの意思に反対する者など、いる筈もなかった。
ただし、転送に係る不測の事態は、総動員で洗い出す必要があった。
正解のわからない中で考えられる可能性をいくら耳にしても、それでもイゾウの意思は変わらなかったのだが――
そもそも、転送自体が出来ない可能性の方が高かった。
何故なら、現実世界には同じ意識を持つ本体が二人存在することが出来ないから。それは、謎空間に実体化した七人の、保存装置内の本体が息絶えたことからも言えることだった。
可能性が薄いとして、転送が出来たなら。
それでも、やはり同じ世界にイゾウが二人存在するとは考えられない。だから、結果は成り代わりか、あるいは意識の上書きがされると想定された。
いずれにしても、現イゾウも新イゾウもイゾウで間違いないから、それは大した問題とは言えないだろう。
むしろ自身の置かれた境遇を知った新イゾウの方が、謎空間からの本当の帰還を果たすべく、力になってくれるのだ。
それでは次に、想定し得る最も恐ろしい事態。それは、現も新も、いずれのイゾウも消えて無くなってしまうこと。
それこそあり得ない話なのだが、あり得ない世界を目の当たりにしているのだ。それがあり得ないとは誰にも言えなかった。
結局のところ、イゾウはどんな恐ろしい想定にも、その決意を揺るがすことはなかった。
先の人工意識体と同じ機能を組み込むと、先ほど転送されたのと同じ位置に移動させる。
果たして、その転送の結果は如何に――
……え? 出会ったイゾウは何も知らないただのヨボヨボだったから、失敗に終わったんだろうって?
うふふ。えぇ、転送は……イゾウの望みは叶いませんでした。
結局のところ、その検証からは大した成果を得ることは出来なかった――と、誰もが思った、そのときでした。
アオイさんの発した一言により、状況は大きく変わり始めたのです。