140話 力の情報化
新たに、一人の人工意識体が謎空間へと転送された。
非常時とはいえ、調査目的に人工意識体を犠牲にすることを許容出来ないタロウは、これが最後の一人だという思いを込めて『九十九』と名付けた。
ツクモには先発隊八人と同様の機能が組み込まれていたが、『触れたモノを解析する機能』は『触れたモノを解析し情報化する機能』へと改良されていた。ここでいうモノには人の意識も含まれる。
解析した情報は自動的に集中管理意識体に送られるのだが、それとは別に、意識世界への転送機能も含まれていた。
これは、表面的、内面的情報、そして意識情報の転送を可能とするもの。
これにより、情報化したその時点のそのモノを、そっくりそのまま意識世界に転送し顕現させることが出来るのだ。
とは言え、この新たな機能は、謎空間に取り残された五人の帰還には一切寄与しないと考えられた。
何故なら、人の生命だけは情報化が敵わないのだ。
それは、その時点におけるその人を、ただただ情報化した意識体だから。本体の生とは切り離された、その時点のただの複製体なのだから。
ただし、何の目的も期待も無く、むざむざと人工意識体を転送するなどあり得ない。
その機能に期待するのは、謎の力を情報化すること。
四百年前の意識世界から転送させられた七人は、その身に謎の力を宿していた。
その力こそが残る五人の帰還を果たし、さらには謎空間を解明する鍵になると考えられたのだ。
その時点で、七人全ての力を把握出来てはいなかった。
謎空間内での行動に大きな制約のある人工意識体には、七人の生存確認は出来ても、それ以上の接触を図ることは困難だったのだ。
それは、制約以外にも原因があった。どうやら謎空間では、七人以外の黒髪の存在が認められないようなのだ。
先発隊の人工意識体は八人とも、タロウ自身を含む身近な人間の情報が使われていた。それでも、髪色だけは黒で統一していたのだ。
それが、謎空間に実体化したときには、それぞれが四色の草原のような鮮やかな色へと変わっていたのだった――
鮮やかな髪色を持つ人間と、獣人をはじめとする現実ではあり得ない生き物が普通に共生する世界。
突如そんな世界に送られた七人は、激しい戸惑いを覚えたことだろう。
それでも、七人はそれぞれの居場所をつくり、見つけ、過ごしていた。
干渉に制約のある人工意識体は、ただの住人……いや、少し挙動の怪しい人物に見えたに違いない。
それでも、七人の内の四人とは握手程度の接触は図れていた。
その内の一人が『あらゆる壁を通り抜ける力』を宿していたのだが――致し方のないことに、その力を宿した霧島務の意識は既に、保存されていた現世の本体に帰還している。
どうやらその力は謎空間に顕現するからだにのみ宿るらしく、今のツトムはそれを有していない。
ちなみに、謎空間にあったツトムのからだはどうなったかというと、意識の帰還と同時に消失していた。
――と、いうことで。唯一の、世界の中心に立ち入る手段である『壁を通り抜ける力』は今現在、何処にも存在しないのだ。
残る三人のうちの一人、西野茜は壁の外に旅立ってしまい、接触は敵わない。
必然と、残る二人が検証の対象となったのだが……情報化したい力は既に決まっていた。
伊君伊蔵が宿すのは『触れた対象の時を最大で一年戻す』という、やはり現実ではあり得ない、ものすごい力だった。
はじめのうちは、この力こそが童話に書かれた『選ばれし力』ではないかと考えられたのだが――一度時を戻した対象は、半年の期間を置かなければ再度戻すことは出来ないという制約があったのだ。
おそらく、女神がその生を宿していたのは、遙か昔という設定だろう。
とすると、その力で復活をさせるのは不可能に近いと、考えは改められた。
それに、童話には『選ばれし力を始まりの地へ導く』とも書かれている。
どのように導くのかは不明だとしても、イゾウが未だに他の転送者と変わりのない生活を送っている以上、それは選ばれし力ではないのだろう。
とは言え、その力の効果が絶大であることに変わりはない。
半年もの間隔を開ける必要があろうが、何度も時を戻し続ければ、不老を保てる上に若返りさえ可能とするのだから。
しかも、変異種の一新により、その力は自身にも及ぶように変わっていたのだ。
先ずは、そんなイゾウの力を情報化して解析を図る。
最も望ましいのは、戻せる時を長くするような改良が出来ること。
世界の中心に立ち入る方法が見つからないものの、女神を復活させる可能性を持たせれば、おそらく神とやらに導かれる筈なのだから。
次に望ましいのは、改良出来なくとも、全く同じ力を宿せること。
例え一年しか戻すことが出来なくとも、力を持つ者が百人いれば一度に百年。一万人いれば一度に一万年もの時を戻せるのだ。
ただし、そんな合わせ技が認められて、果たして一万人もの多勢が導かれるのだろうか……。
やはり、世界の中心に立ち入る方法を見つける必要もあるのだろう。
他の黒髪の力も解析していけば、もしかすると新たな力をつくる術すら見つかるかもしれない。
……とは言え、ここまでの望みやら期待は全て、力の情報化が可能であることが大前提となる。
先発隊である吾朗の立ち会いのもと、イゾウを対象とした検証がなされた。
一見するとただの握手に過ぎないその検証。
果たして、結果は如何に――
……え? 未だにこの世界があるんだから、失敗に終わったんだろうって?
うふふ。回想はもう少し続きます。
何より……えぇ。まだ、私も登場していないのですから。