13話 緑の国 2
荷車は、キュリーの町に到着した。
レンガ造り、あるいは石造りの建物に、石畳の道。
まるで中世ヨーロッパ風の、観光地のような光景が広がっていた。
すっかり意気投合した猪男だが、こんな見た目に町の誰もが驚くのでは? そんな心配があった。
だが、どうやら杞憂だったらしい。
というか、猪男の言うとおり、黒髪のわたしの方がよっぽど浮いた存在のようだ。
誰もがまるで珍しいものを見るように、わたしのことを最低二度見して通り過ぎていく。
通りを歩く人は多く、その半分が人間のように見えた。
いずれもが一枚布で作られた簡素な服装をしている。
わたしからするとその人たちの方が珍しいのだが、いずれも赤や青、黄色、緑、水色といった鮮やかな髪の色をしているのだ。
さらには、ワンちゃんやニャンちゃん、虎や羊に似た見た目の『獣人』という種別が二足歩行をしていた。
「なっ! 言ったとおりだろ? 俺は嘘なんてつかねぇっての!」
猪男のコリーは大きな声で笑った。
――外の世界を見るために閉鎖的環境から逃げ出してきた。
そんなキャラ付けをしたわたしだったが、この猪男はそれを信じてくれた。
「そうか……やっぱり、お前はすげぇやつに違ぇねぇ! じゃあ、しばらくは俺が守ってやるよ。俺はコリーってんだ。お前は、名前はあるのか?」
ここで『澪川零』などとフルネームで名乗る必要は無さそうだ。
それなら、
「わたしは、レイ」
ミオも可愛いと思ったが、わたしは下の名前で呼ばれるのが好きだった。
「レイか、良い名前だな! よし、キュリーに付いたらちょっくら仕事するけど、その後で良ければいろいろ教えてやるぞ?」
わたしは、コリーの優しい笑顔に自然と微笑んで、頷いた。
コリーは行商人らしく、各地で調達したものをキュリーのお店に卸しているらしい。
「おいおい、コリー。可愛い人間を連れちゃって、どうしたんだい?」
「取って食うんじゃないだろうね!」
「ついに嫁を見つけたのか?」
「黒髪って、まさか……」
訪れる店の皆に声をかけられるコリーは、
「がはは! 俺には勿体無いわ! でもこいつ、俺見てションベンちびっ……」
お漏らしのことをその口から漏らそうとするので、その度に咳払いと足蹴りで止めていた。
これまで、わたしの周りには下心を持った男連中しか寄って来なかった。
適当にあしらいたいものの、そこには権力やらお金を持った人間も多かったのだ。
後腐れが無いように上手い付き合い方をしてきたのだが、そこには『面倒くさい』以外の一切の感情を抱かなかった。
目の前で『がはは!』と笑う豪快な男は、一緒にいて会話をするだけで楽しい。
オークという種族らしいのだが、コリーはわたしに、
『お前、最強最悪と謳われるオークの雌以上に肝っ玉が強ぇな!』
と言っていた。
誰もが長話を望み、コリーは大笑いでそれに応えた。
最後のお店を出た頃には、外は真っ暗になっていた。
「悪ぃ、すっかり遅くなっちまった。どれ、宿屋にでも行くとすっか」
コリーはがははと笑うと、荷車をゆっくり走らせた。
レンガ造りの大きな建物の前に止まると、
「ちょっと待ってろ」
コリーは中に入った。
現実で言うホテルのようなところだろう。
電波が飛んでいなそうだから、予約などというシステムは無さそうだ。
入ってみて空いているか空いていないかを確認する。
一部屋しか無ければ、まさかコリーと同じ部屋に……などという心配はしていなかった。
なぜなら予知した結果では、一人部屋と思われる部屋のシングルサイズのベッドに、わたし一人で寝ていたのだから。
しばし待つとコリーが戻り、狼の頭をした馬、通称『ウッホ』を馬小屋ならぬウッホ小屋に連れて行った。
おそらく『ウルフ』と『ホース』をそれっぽく混ぜただけの名前なのだろう。
この町に来るまでの間、この世界にある四つの国、そしてここ緑の国にある主要な町の名前だけは教えてもらっていた。
まず思ったのは、「何そのネーミングセンス!?」だった。
ここ緑の国の城下町は『キュリー』。その他、『ズッキニー』『ピマーン』『マッチャー』『カッパ』などなど。
誰が名付けたのかわからないが、緑色と言って思い浮かんだ名前に違いない。
でも、カッパって! たしかによく緑色で描かれるけど!
「残念だが、部屋が二部屋空いてたんだわ。だから、別々な! がはは!」
何が残念なのかはさておき、
「わたし、お金も持ってないのに……」
得体の知れないこんなわたしを人のいるところまで運び、さらにはホテルの部屋まで取ってくれた。
『守る』と言ってくれたが、今さらだがお金が無いことを伝える。
「がはは! オークの見る目をみくびるなよ? 特に俺は鼻も利くんだ。お前はきっと、何かすげぇことをするに違いない。恩を売っといて損はねえはずだぜ!」
「何かを、成す?」
何を言っているのかわからない。
とりあえず出世払いと言うことで……疑っていたわけではないが、特にからだでの支払いを求められなくて済み、安心した。
一緒に夜道を出歩くと、屋台で謎の緑色の食べ物を大量に購入し、コリーの部屋で食す。
謎の食感のそれは、味は焼きそばのようで、目を閉じて食べると美味しかった。
食べ終わると、コリーはまず自分のことを話してくれた。
もともとは、赤の国に住んでいたらしい。
そもそもオークというのは本来、どの種族よりも好戦的で、赤の国でも筆頭の戦力とされていた。
だが、いつからか国間の争いが無くなったこの世界で、戦力はただその威厳を保つだけの存在となった。
一方で、どの国でも国内部での紛争は絶えないらしく、赤の国は、その戦力を他国との交易手段として使うようになった。
オークの多くは傭兵や用心棒として他国に派遣され、物資を運ぶ行商人を危険生物や盗賊から守る役目を担う者も多かった。
そしていつからか、自身が行商人になるというオークが増えたらしい。
「盗賊って言っても、人間を襲うような弱っちいやつらばっかだ。たまにでかい生き物もいるけどな、オークに襲いかかるようなやつはほとんどいない。
でもな、中には危険な生き物もいるんだ。そいつらは変異種って呼ばれているんだが、今は各国に一種類ずつ存在している」
「今は、ってことは、現れたり消えたりするってこと?」
「あぁ、あいつらは人を襲うからな。懸賞金がかけられて、腕自慢たちが討伐に出るか、それでもダメならその国が責任を持って討伐するんだ」
「討伐を生業にする人も多そうだね。コリーもそっちの方が稼げるんじゃない?」
「俺は、仕事で命をかけたくないからな」
「オークでも危険な生き物がいるってこと?」
「今、存在している変異種は……どれも百年以上生きているやつらだ」
「百年!? それ、犠牲者がいっぱいいるんじゃない?」
「幸い、生息する場所が限られているんだ。下手に踏み入らなければ何の問題も無い。問題なのは……その存在自体が貴重というか、それぞれが手を付けたくなる理由を持っているんだ」
「特殊な素材が得られるとか、美味しいとか、そんな感じ?」
つまり、強い敵ほどレアなアイテム、素材を落とすということだろう。
討伐すると、名誉とお金だけでなく、それ以上の何かが手に入るということか。
「あぁ。この国の変異種だけど、それは南端の森に生息する『インプ』って種族だ。
小さくて紫色で、一つ目で、いつも三匹で行動してるらしい。弱っちくて可愛い見た目して、でも気を抜くと石斧で頭を吹き飛ばされるらしい。
……そういや、レイを拾った場所から近いところだな。森から出てくることもあるらしいから、うっかり殺されなくて良かったな!」
殺されましたけど? 結果予知で、だけど。
あの紫色の生き物がインプか……とても可愛いとは思えませんが。
「あいつらは、不死身なんだ」
「……え?」
「施設の人間が、生息している森からそいつらを連れ去って、これまで百年近く殺し続けている。でも、殺してもまた三匹、森で復活するらしいんだ」
「何それ……」
「この国は研究国家と呼ばれている。研究成果から、薬とかいろんなものをつくって他国に売っているんだが。その実、国王は代々、インプを使って不老不死の薬をつくる研究に尽力しているらしい」
なるほど。
こちらも、あの結果予知で見た光景に違いない。
研究所のような部屋で、ホルマリン漬けにされていた。
……え? わたし、人間に殺されてたかもしれないの?
「その他の国は、まぁ、追々ってことで」
「うん。聞いても仕方無いしね。ところで、研究施設ってどこにあるの? お城の中?」
「お、興味あるか? がはは!」
笑いが出ると言うことは、何かをごまかすか、知らない可能性が高そうだ。
短い付き合いだが、何となくその性格がわかってきた。
「城には一族しか入れない。研究施設なら、この町の一角にあるぞ? でもな、実は不老不死の他にも怪しい研究をしているって噂があって……そんな施設が地下にあるらしいんだが。入り口がどこにあるのか、本当にあるのかさえ、全然わからん。がはは!」
「……わたしをホルマリン漬けにして、何を研究するって言うの……」
「ん? 研究施設に行きたいのか? ……お前は近付かない方が良い」
「ううん。ただ、研究施設なら人間が多そうだなって、勝手に思っただけ……って、何で近付いちゃいけないわけ?」
そう言えば、コリーはわたしに『俺が守ってやるよ』と言ってくれた。
何も知らないわたしが路頭に迷わないように、見守ってくれるものだと思ったのだが。
もしかすると、明確な敵でもいるのだろうか……
「これも眉唾な噂だけどな。施設に黒髪の人間を連れて行くと、大金がもらえるらしいぞ!」
それじゃーん!
え? 何なの、この世界!?