138話 人工意識体
人工的につくり出された意識と言っても、そう易々と扱うことは許されない。
新たな法令で定められているし、現在の人工意識の礎をつくったタロウには、その思いが誰よりも強いという自負もあった。
非常事態における人工意識の自由使用権限を有するタロウは、八人の人工意識体を調査目的に使用することを決定した。
心を鬼にして、八人に無情な選択を迫る。
それは、活動限界期間だった。
その期間は、『一時間』『一日』『一週間』『一か月』『半年』『一年』『十年』そして『永年』の八種類。
現世で実体化したのなら、それは即ち寿命を意味することになるだろう。
意識世界の管制室では、顕界した八人による話し合いが始まった。
「私、十年ね」
「わたしは半年が良いかな」
「俺、一日でいいや」
「ワタシは一か月ですかね」
「じゃあ俺は一週間!」
「一年……えぇ、良いでしょう」
調査目的につくられた八人の人格は、身近な人間のそれを基にしていた。
時間が無かったので、見た目も本体のそれにかなり寄せている。
時間を要するかと思いきや、性格の全く異なる八人は次々と自身の寿命を決めていった。
結局、一分足らずで残るは一と吾朗の二人、そして一時間と永年の二択に。
実のところ、選択に苦しむと予想されたのが一時間と永年だった。人工意識とは言え、永遠に謎空間で生きたいとは思わないだろう。逆に、たったの一時間だけで何が出来るのだと理解に苦しむのが一時間。
だがここで、容姿も性格もイケメンなゴロウが口を開く。
「正直、怖いけど……僕が永年を選ぶよ。皆、それで良いね?」
管制室に幾つかの黄色い悲鳴が響く中、人工意識体の六人は同時に頷いた。
釈然としないのはハジメと、その様子を傍観していたタロウ。
いつのときも選択権を与えられないタロウの人格は、ここでも有無を言わせずに、誰にも何も言われずに残り物を掴まされるのだった。
溜め息と共に、タロウは八人を男女一人ずつの四組に分けると、意識世界内の所定の位置へと移動させた。
そして、謎空間内の、各色の草原のど真ん中へと転送する――
八分割された視界映像用モニターは、それぞれのパートナーと雄大な自然を映していた。
転送と同時に、それらの画面は一瞬真っ暗になると、すぐにまた光を取り戻す。
モニターには、先ほどまでと同じ顔が辺りを見回す様子が映し出された。だが、その背景にはそれまでと全く異なる、赤、青、黄、緑色の草原があった。
また、別のモニターには、八人が肌で感知した情報が数値として表示されている。
気温は一定して二十度ちょうど。酸素濃度や大気の成分は地球の現世のそれと同じ。どうやら、目と肌に組み込んだ機能は保持されたままの様だった。
他の機能を確認すべく、タロウは八人に問い掛ける。
「こちらの声が聞こえたら、声を出すか頷くか、手を挙げるなりしてくれ」
しかし、誰からの何の応答もなかった。
それは、タロウを一斉に無視して楽しもうという意図的なアレではない。何故ならどの女子も真面目な表情のままだったし、何よりもタロウの腹心的存在である筈のハジメからの反応もなかったのだ。
だがすぐに、全員の思ったことが一斉に、音声情報として聞こえる。
「「なんか、返事できないんだけど!?」」
転送後すぐに判明したのは、八人に組み込んだ活動限界以外の全機能が保持されているということ。
ただし、その代わりに八人は大きな制約を持たされたようだった。
それは、こちらからの問い掛けに一切の反応をすることが出来ないというもの。
言葉を発することも、微動することも出来ない。
ペアで会話をしてもらうと、その素性、意識世界のこと、現世のことは一切口外出来ないことがわかった。
ただし、その世界に干渉しないような会話は出来るようだ。
現に、一組の男女が痴話喧嘩を始めていたのだ。
「あんた、余生が最短なんだから城の方に走りなさいよ。全力で」
「俺の役目は真っ先に生を終えること。息を切らしたまま逝くのは嫌だぞ?」
「どうせ終わるなら、今すぐ私が息の根を止めてやろうか?」
「お前、向こう十年も殺人鬼として生きることになるぞ?」
「大丈夫、誰も見てないから」
「――!」
最後は、『あっちでみんなが見てるだろうが!』という心の声だけが聞こえた。
一時間後――あっという間に、ハジメは転生先での役目を終える。
十秒前からニヤニヤ顔でカウントをしていたフタバが、その最後を看取る。
気丈にも最後まで傲慢な顔を貫こうとしていた様だが、ハジメの視界が捉えた最後のその顔は唇を噛み、涙を浮かべていたのだった。
前のめりに倒れるところをフタバが受け止める。
それは活動限界機能が発動した瞬間であり、身体機能、組み込んだ全機能が停止した瞬間でもあった。
真っ暗に変わったハジメの画面。管制室の面々は、合掌、黙祷などそれぞれの方法でハジメを弔ったのだった。
「――一年が経過し、残るのは活動限界が十年のフタバと、永年のゴロウの二人。その後、人工意識体を追加で転送することはありませんでした。何故なら、人員増が謎世界の解明に繋がらないことがわかったから。
一年間でわかったことは、あなた方がこの一か月のうちにその目で見て、耳で聞いて、その肌で感じたものとほとんど同じだと思って下さい。
あぁ……見えない壁を通ることだけは、そのときには未だ出来ていませんでした。ですが、変異種の一新はされたのです。
当時の変異種が比較的に力の弱いものだった……というのもあるのでしょうが、大きかったのは当時、攻撃特化型の黒髪がいたことでしょうか。
――そんな力を把握し有効に使えたのも、実は、その当時にも黒髪の力を知る力が存在していたのです。それはまさかの、人工意識体でした。
肌で触れたモノを解析する機能が、まさか力を解析出来るなど、誰が予想したでしょうか。そもそも、そんな力があることすら驚愕の事実だったのですから。
たまたま、相性の都合で各国の変異種を一体ずつ討伐したのですが……まさかまさかに引き続き、まさか黒髪の力が強化されることになるとは……。
結果、その当時のとある力の強化が、世界の環境を大きく変えました。
それは――あらゆる壁を通り抜ける力。それまで自身のみに効果のあったそれは、強化により、触れている他者にも及ぶことになったのです。
この力を利用し、黒髪の一人、西野茜は世界の外側へと旅立った。そして――フタバが、世界の中心に立ち入ったのです」