137話 立証
現世に突如現れた謎空間は、その表面的な情報がスキャン転送され、意識世界にも顕現していた。
管理下にあるその中への出入りは可能だが、側のみのその中身は空っぽ。そこには通常と変わらない雄大な自然が残ったままだった。
タロウは先ず、その中の本部直上空、上部の壁スレスレに第一試験体を待機させる。
それは、高度に応じた範囲の地表面を平面的に図化可能とする飛行型カメラ。
意識世界なのだから、どんな高機能を有するモノもつくりだすことは可能だった。
だが、説が立証されたとして、果たしてあらゆるものが実体化されるかわからない。
一先ずは、現存する中で最も小型で高機能なものを選択していた。
カメラを所定の位置に浮遊させると、
「――転送、開始!」
いつになくよそ行きの、神妙な面持ちのタロウが集中管理意識体へと指示をする。
だが実際のところ、タロウが口を開く直前にカメラは転送済みで、意識世界からその姿を消していた。
苦い顔をする本人の横で、妻子だけはニヤニヤと楽しそうだった。
――二秒後、カメラから送信された画像データが、管制室の大型モニターいっぱいに映し出される。
その画像がもたらしたのは、とてつもなく重大な二つの事実だった。
一つ目――意識世界でスキャンした情報は、現実世界への転送、実体化が可能だということ。
二つ目――謎空間の中身が、四色の草原が織りなす幻想的な世界であること。
説の立証を素直に喜び、謎空間の中身に目を輝かせるタロウ。
だがすぐに意識を切り替えると、有識者の目前での検証を続けた。
判明したのは、意識世界であれば、どの時代からでも転送が可能だということ。
転送元と転送先の座標値が一致すること。だが転送が可能な範囲は限られており、現世の謎空間内部への転送だけが可能ということ。
また、その謎空間の内部にも、転送出来ない範囲が存在することがわかった。
それは、謎空間の中心部。平面的には直径約一キロメートルの円形を成す範囲だ。
その約九百メートル上空への転送は可能だったから、おそらく高さ方向のその範囲は半径の五百メートルであると考えられた。
そこに何かが隠されていることは、画像データからも明らかだった。
その部分だけ、現世に顕現している謎のナニかのように、真っ黒く塗りつぶしたかのように表示されているのだ。
おそらく、謎空間の発生源、あるいは謎を解き明かす何かがそこにはあるのだろう。
また、転送可能なモノにも制限があった。
平面を図化する飛行型カメラ以外の、その世界を調査するためのあらゆる機器の転送が出来なかったのだ。
そもそも、平面図化カメラも、姿を消すと同時に管理下から外れている。
幸いにも図化及びデータ送信機能が自動で働いたが、戻った気配はないし、戻すことも当然出来ない。
ただし、転送後のあらゆる事態を想定し、調査目的以外の機能も備え付けていた。
それは、転送後十秒の経過とともに内部で小さな爆発を起こし、その存在を自ら抹消するというもの。
現に、転送が出来なかった機器は、その場で次々と自爆をする光景がモニターに映し出されていたのだった。
――これまでに判明した幾つかの事実から、タロウたちと有識者との間で推察がなされた。
平面画像を見るに、その世界には綺麗に四分割された四色のエリアが存在し、そこには集落が散見していた。
さらには、城のような大きな建物が各エリアに一つずつ存在している。
真上から見るそれら建造物から、文明レベルは中世前期頃のヨーロッパのそれに近いと考えられた。
おそらくだが、謎世界の現時点での文明レベルを超える様なモノは、顕現させることが出来ないのではないか。
――では、何故に飛行型カメラだけは転送出来たのか。
おそらくだが、そのカメラは超小型で、しかも上空九百メートルというまず人目には付かない場所に転送させたから。
その空間をつくりあげた誰かの判定をすり抜けたのか、あるいは許容されたのかもしれない。
加えると、自爆機能を持たせたことも有利に働いた可能性があった。
その推察を踏まえ、タロウは次に、いよいよ人工意識体の転送を試みることにする。
人工意識体とは言え、意識世界でのそれは人間そのものと遜色が無い。
おそらく何も持たせずに生身だけにして、その服装の材質にさえ留意すれば、謎空間への転送は可能であると考えられた。
ただし、ただ顕現させてもそれは意味を成さない。
その空間を調査して、意識が行方不明となった七人を捜索して、且つその成果を空間の外に持ち出す必要があるのだ。
最低でも、その視界情報だけは管理下に置きたいところ。
そこで、見た目は人間そのままに、実はその身体には、調査を目的とする機能を持たせることに決めていた。
視界映像を自動で現世の管制室に送信し続ける機能を、その目に。同じく音声情報を送信する機能を、その耳に。この二つの機能は、管制室からの情報を受信することも可能とする。
また、言葉を発さなくても、思ったことを音声情報として送信する機能を、その脳に。
気温や大気の状態を感知する機能を、その肌に。
触れたモノの材質を解析する機能を、その手に。
最後に、所定の期間が経過するとその生を終える機能を、その心臓に――
出来るのなら、生を終えたその意識を管制室に戻す機能を付けたかった。
だが、現世に顕現した時点で、その意識は情報から実物へと変わる。
さすがに、意識を情報化して転送までを行う、集中管理意識体が担うその機能を、その身に組み込むことだけは不可能だったのだ。
そもそも、そんな多機能人間は転送自体が出来ないかもしれない。
転送出来たとしても、機能だけは取り除かれてしまうかもしれない。
それでも、せめて視界情報だけは……。
切なる願いと共に、種々の思いをその胸に――タロウは、意識世界につくり出した八人の人工意識体を、謎空間に向けて転送したのだった。
「――その八人は、タロウ博士が自ら、一からつくりあげた調査特化型の人工意識体です。男性四人、女性四人の全員に、博士は名前を付けました。
どんな世界でも馴染むであろう、悩みに悩んだその名前は――ワン太郎、ツー子、スリ男……」
「ちょっと待ったぁ!」
「何その、超絶クソださい名前!?」
「わたしは嫌いじゃないけど、スリ男はあり得ない!」
ミドリの回想を大人しく、だが既に何かを察した様子で聞いていた三狂女子が、瞬時に激しいツッコミで制止する。
「えぇ。博士のセンスがクソダサいのは仕方の無いこと。ですが、実はそれが博士の策略だったのです。
結局、妥協案として出された次の名前に決定しました。
一、二葉、三四郎、四季、吾朗、六花、弥七、八重」
「まぁ、最初のと比べると妥協しちゃうかもだけど……」
「なんか一人、三と四を兼ねてる男がいるんだけど、意味あるの?」
「吾朗……? いや、まさかね……」
三人が思い思いに、しぶしぶと受け入れるのを見届けたミドリ。
また目を閉じると、続く回想を口するのだった。