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135話 意識世界その5

 仮死状態で保存中の本体が息絶えるなど、それもあり得ることではなかった。

 装置の電源が落ちたとしても、非常用の電源が間違いなく稼働する。万が一に機能が停止したとしても、それは仮死状態が解除されるだけ。本体は、意識と共に目が覚めるだけなのだ。

 外的要因を疑うにも、先述のとおりあり得ない。


 結局のところ、七人の意識が何処に行ったのか、何故に本体が息絶えたのか――それをこの事象だけで捉えると、『何もわからない』としか言い様がなかった。

 ただし、結果だけを見るのならば、それは至極簡単な事象とも言える。

 息絶えたから意識が消えた。ただ、それだけのことなのだから――



 タロウの詳細報告は、次の事象へと移る。

 意識世界に出現した正体不明の世界――わかるのは、計画でつくりあげた意識世界とは別の時間軸にあること。

 既存の意識世界とは一切の相互干渉が無く、今のところ何の影響も及ぼし合うことがないこと。

 一切の干渉が出来ないため、存在していること以外、他は何一つとしてわからないこと。

 ――以上。



 わからない、わからない、に続くのは、これこそ全くもって訳のわからない事象――現実世界に謎の空間が顕現したこと。


 『空間』と呼ぶのは、意識体がそう報告したのに倣っているだけ。

 実際にそれを目にすると、どう形容して良いかわからないそれは、黒い直方体のナニか。

 黒いというのも不相応で、それは見ていると吸い込まれそうな暗闇とも形容出来るものだった。

 人工衛星が真上から捉えたそれは、平面的には長辺が約三百キロメートル、短辺が約二百五十キロメートルの長方形を成している。


 そのナニかが顕現したのは、世界保存機関本部と日本支部とを兼ねる地下施設のちょうど真上。

 幸いにして、およそ二十五万平方キロメートルという広大な面積を占める機関の敷地内に、それは収まっていた。


 そのナニかの、高さ方向の長さは約一キロメートル。

 水準地表面より約九百メートルがそびえ立ち、地下には約百メートルが埋まっている。

 これまた幸いにも、地下百二十メートル以深に機能を有する施設本体には一切の影響が及ばなかった。


 被害としては、敷地内の雄大な自然が飲み込まれたことぐらい。敷地を覆う感知壁が、この空間の顕現後に一切の反応を示していないことから、周囲に及ぼす影響も今のところ無いと考えられた。

 結局のところ、人的及び物的な被害は一切確認されていないのだった。


 ただし、機関にとっての大きな問題は発生していた。

 地下から地上に出る唯一の手段であるエレベーターのおよそ半分が、謎空間に飲まれてしまったのだ。

 施設内の電気系統は生きているため、地下専用の、本部と支部の各層を行き来するエレベーターは使用可能だった。

 だが、地上行きのそれは、機能が停止していた。


 地上との繋がりを新たに設けようにも、それは横方向に約二百五十キロメートルもの地下トンネルを建設することを意味する。

 その地層はかなり硬質な岩盤で、それを目的の延長だけ掘り進めるのは、当時の技術でも百年は要するものと推察された。



 ――つまりは、関係者が施設内に閉じ込められたというわけだ。

 ただし、大きな問題ではあるが、日々の生活に支障があるかというとそうでもない。

 そもそも、外部とのほとんどの接触を絶つ必要があるため、地下施設だけであらゆる物事が成り立つようにつくられている。


 アンドロイドに、あらゆる分野の技術力を組み込んだ人工意識を宿す――それにより、衣食住に係るあらゆるものを施設内で製造可能だし、あらゆるニーズに応えることが出来た。

 たまには外出したいという者がいたとしても、それは休暇を取って意識世界へと旅立てば良いだけの話。

 関係者の特権で、意識世界では好きな時代、場所に行くことが可能なのだ。

 趣味や娯楽も、それは意識世界で思いどおり、やりたいことが出来る。


 ――ということで。施設に閉じ込められたとはいえ、生活する上での問題はほとんど無いと言えた。

 ただし、それは生活上の支障であって、大きな問題であることには変わりない。

 もしもこの状況が長引いた場合、内部の人間は施設内でその生を終えることになる。

 人の出入りが無いから、代わりの人間を補充することも出来ない。


 つまり、現世の本部で管理運営に当たる生身の人間が、一人も居なくなる可能性があるのだ。

 日本支部に本体が安置されている関係者を現世に戻すか、あるいは一千万人弱の一般移住民からその役を募るか。

 それは最後の手段として、一先ずは、関係者の意識を宿したアンドロイドでの代替案が採用されることになった。


 現存する関係者には、移住を希望しなくとも意識情報の保存に反対する者はいない。

 自身が生を終えた後に、ただの情報と化したその意識情報をアンドロイドに宿らせることも、誰も拒む者はいなかったのだった。




 話は謎の空間へと戻る。

 オンライン会議中にも、そのナニかの調査は鋭意進められていた。

 採寸が完了すると、次はそのナニかの解析作業へと移る。試験体の採取や構造の把握等を目的とした、物理的な干渉も同時に行われた。


 だが、その結果は『何もわからない』に終わる。

 そのナニかは、そこに在るようでまるで存在しないかのように、あらゆる干渉が敵わなかった。

 そもそも接触すら出来ていないのか、手で触れても、道具やら凶器、兵器を使っても、何の手応えすら得ることが出来なかったのだ。

 もはやお手上げで、ただの巨大な謎空間がそこに存在する、という事実を受け入れるしか出来なかった。



 ――結局のところ、タロウは詳細の報告をこう結んだ。

『全ての事象について、現時点では何もわからないことがわかった』



 だがタロウは、有識者の集うその場で、それだけを言うつもりなど毛頭無かった。

 会議開始までの短い時間の中で、タロウは半永久社畜仲間ズッとも、妻のレイチェル、娘のアオイと話し合い、とある憶測を立てていた。

 一切の根拠が無いそれは、だが『すごくそれっぽい。いや、もうこれが正解で良くね?』と万人を納得させるほどの精度に仕上がっていたのだ。


 行き場の無い不安や焦り、憤りに荒れるその場。

 憶測を話すべく口を開いたのは、アオイだった。

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