134話 意識世界その4
緊急警報は十秒ほど続くと鳴り止み、すぐに集中管理意識体からの報告が入る。
それは、タロウの意識を基に大幅な改良を施した人工意識体で、意識容量、演算能力共に人のそれを優に数百万倍上回る。
「最悪な報告が三つもあるけど、順番は私が決めて良いよね?」
基はタロウ自身でも、その人格には、とある女性の意識情報が使用されていた。
その選定理由を『頭の回転が、人類史上最狂最速だから!』と明らかにしてしまったタロウは、レイチェ……とある女性に、心身共にボコボコにされたという。
一通りの報告を聞くなり失神且つ失脚しそうになるところを抑えると、タロウは直ちに世界中の有識者を参集した。
二十分後には、総勢百名を超える参集者とのオンライン会議が開始されたのだった。
――タロウから、先ずは三つの事象が端的且つ無感情に報告された。
一つ――過去の意識世界で、同時に生を終えた七つの意識が、その消息を絶った。
一つ――別の時間軸の、正体不明の意識世界が出現した。
一つ――現実世界の、世界保存機関本部の地上部分に、正体不明の空間が顕現した。
これらは、まるで図ったかのように、計画開始から五十年が経過したその瞬間――しかも、同時に発生した事象だった。
有識者が映る大型モニターの音量を、敢えて消していたタロウ。慌てふためく大勢の姿を一瞥だけすると、すぐに詳細の報告を始める。
先ず一つ目、消息を絶った七つの意識のこと。
他の二つと比較すると最も理解のしやすい、そして唯一人的な被害があった事象でもある。
七つの意識が移住していたのは過去の日本で、計画当時の時代区分で言うところの、四百年前の意識世界だった。
ちなみにだが、開始から五十年が経過した瞬間に、これらの時代区分にはそれぞれ五十年が足された。四百年前で言えば四百五十年前へと変わったのだ。
そして、計画開始時点の五十年前の時代が、新たな『五十年前』として追加されたのだった。
七人は全く同じタイミングで、だがそれぞれ別の死因で、その時代の生を終えた。
通常であれば、その意識は選択の場へと導かれるのだが、今回は管理下から完全に消息を絶ったのだ。
タロウはすぐに、七人が移住登録をした各国の機関支部に対し、本体確認をするよう指示をした。
計画開始から五十年、意識の行方を見失うなど一度たりとも起きていないし、起きてはならないことだった。
唯一考えられたのは、保存装置がその機能を停止した可能性。
ただし、予備電源を備える保存装置が停止することなど、まずあり得ない。
人為的に停止された可能性もゼロではないが、これこそあり得ないことだった。
移住民の本体が格納された保存装置は、各々が移住登録をした国の、機関支部の一室に安置されている。
誰の立ち入りも許さないその部屋は、いずれの支部でも違えず、地下二百メートルにつくられていた。
地上及び地下の出入り口に設けられた厳重なセキュリティの解除には、現実世界と意識世界での同時操作が必要とされる。
そもそも、その地上部の出入り口に辿り着くことすら不可能と考えられていた。
機関が取り扱うのは、一億を超える命と、百億を超える意識情報という正真正銘の個人財産だ。
機関は、各国で元来人の居住が出来ないような極地とも呼べる場所を買収すると、そのど真ん中の地下に支部を構えた。
二十五万平方キロメートルにも及ぶ広大な敷地は全周、さらには地下三百メートルから上空十一キロメートルまで、タロウが考案したあらゆるモノの立ち入りを感知する透明な壁により覆われている。
その壁の解除にも、現実と意識世界での同時操作が必要とされるのだ。
この五十年間、侵入を試みたテロリストは数知れず、だがその全てを未然に防いだし、今回は何者の侵入も一切検知されていない。
そうなると機関内部の、関係者の犯行を疑うことになるのだが、それこそあり得ない。
これは人情的に、関係者を信用しているというのも勿論あるが、そもそもあり得ないのだ。
関係者に至ってはその動向が二十四時間、三百六十五日、半永久的に監視され、しかも全てが情報として残るのだから。
――意識世界には、現実世界でスキャンした情報がそっくりそのまま顕現している。
まるで時の経過までも転送しているかのように、現世とほぼ同じ時間が流れている。もちろんそんなことはないし、スキャンする情報にも制限を設けている。
そもそも、人の意識も含めた全てをスキャンして転送するのは移住とほとんど同じことだし、スキャンするだけでも意識の保存となんら変わらない。
それは許可も無く全人類の意識を管理下に置くのと同じことになってしまうのだ。
よって、スキャン及び転送をするのは、人を含む全てのモノの表面的な情報のみだった。
それ故に、現世と意識世界に存在する情報は、見た目は同じでもそこにはどうしても乖離が生じる。
さらに、その他にも当然の、そして絶対的な条件の違いがあった。
意識世界に居るのは移住民と情報化された現住民なのだが、現実世界には移住民が存在しないのだ。
意識世界で移住民がつくりあげたものは、現世に顕現することはない。
現実世界でスキャンした表面的な情報に、意識世界で生まれた情報が付加されていき、五十年経過した現在では双方の文化レベルには差が生じていた。
とは言え、技術等の文化は情報として現世に顕現できるため、その差は一目ではわからないほどの微々たるものであるのだが。
関係者の話に戻るが、世界保存機関は現世と意識世界の双方で同様の管理運営をする必要がある。
二つの世界では一切の乖離もあってはならないのだ。
そのために、どちらの世界にも、どちらの人間も存在する必要があった。
意識世界に存在するのは、関係者であることを除けば移住民と情報民であることに変わりはない。
一方で、現世に存在するのは現住民、そして――移住民と同様の意識を宿したアンドロイドだった。
機関が開発した『MIU』と呼称されるそのアンドロイドは、さすがに本体そのものを完全再現とまではいかない。
それでも、意識がその人そのものであるため、ほとんど違和感を持たせないほどには精巧につくられていた。
つまり、ここで言いたいのは、どちらの世界にも、どちらの関係者も存在しているということ。
そしてどちらの関係者も、その意識を含めた全ての情報が管理下に置かれているということ。
何をするにも、その動向は最狂の管理者であるレイチェ……集中管理意識体の管理下にあるのだ。
――結局、七人の意識が忽然と何処かに消えたのは、全くを持って訳のわからない事象だった。
そしてその事象は、ただ行方がわからないに止まるものではなかった。
それは、本体の確認をした各支部の管制室からの報告。
七人はいずれも、正常に機能する保存装置の中で息絶えていたというのだ。