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131話 意識世界その1

 二十一世紀のとある時代、一人の科学者がとある理論を提唱した。

 環境破壊やエネルギーの枯渇など、先人たちが蓄積した負の遺産の後始末を、後世に託してはいけない。

 そんな考えのもと、異世界ものをこよなく愛する科学者『ヤマダタロウ』はこう唱えた。

「世界人口の約二割を、意識世界に移住させれば良いんじゃね?」と。


 ……それ、俺じゃね?

 いえいえ、あなたは箱入りニートのオヤマダコタロウさんでしょう?

 それよりも、わたくしの回想に入ってこないでください。

 ……ゴホン、続けます。



 ――タロウは十余年という歳月で、その理論を叶えるいしずえとなる技術を確立した。

 それは、人間の意識をそのまま仮想世界へと転送するもの。

 先ずは自身と数名の技術者を被検体とし、仮想世界で研究開発を継続することにした。


 その時点で、タロウは一つの大きな問題に直面していた。

 それは、理論を提唱したそのときから、どんなに思考を巡らせても解決が出来ない問題だった。

 そう、それは――意識世界の正式な名称付け。


 便宜上、意識世界と呼称していたものの、いずれは英語かカタカナの格好良い名称にしようと目論んでいた。

 候補としては『KAMI』『STWスペシャルタロウワールド』あとは、イマジナリーなんたらとか……えぇ。異世界の知識だけが豊富な、くそダサいセンスの持ち主故に、未だそれは決まっていないのです。



 ――現実と意識世界の切り替えは、管理端末でのオンオフだけで可能となる。

 意識世界へは実物の転送だけは出来ないものの、情報の転送は自由自在。

 現実と意識世界は情報網で繋がっているため、意識世界でも現実と同じ情報の操作が可能となる。


 タロウたち科学者にとって最も都合が良かったのは、研究開発に必要となる資材や労力に一切のコストが不要なこと。

 あらゆるモノを情報として、意識世界に顕現させることが可能なのだ。

 もちろん、意識世界で開発した実物ものを現実に送ることは出来ない。ただし、その技術は情報として現実化させることが可能なのだ。


 タロウは、トイレ、食事、睡眠を除く全ての時間を意識世界で過ごした。

 実質ゼロの莫大な予算と労力を一心に注ぐと、たったの数年で、移住に必要な技術の開発を終えた。


 一つは『現実世界でスキャンした全てのものを、情報として意識世界に転送する』というもの。

 タロウ棒という、くそダサすぎて改名が必須の柱に囲まれた空間をスキャンし、そっくりそのままを情報として転送するというもの。

 これにより、意識世界には現実世界がそっくりそのまま顕現し、時の経過も存在し続けるのだ。

 いずれ世界中に柱を設置すれば、地球まるごとを意識世界に転送することが可能となる。


 まずは、タロウの居住スペース兼研究所をスキャンさせ試してみた。

 そこにはタロウの妻であるレイチェルもしっかりと顕界し、

「ねぇ、ここで死んでも死なないんでしょ? 試して良いよね?」

 と包丁を振りかぶる姿を見て、すぐに大成功を確信したのだった。


 ……それ、私じゃない?

 いえいえ、あなたはレイさんですし、それともあなたはコタロウさんの奥様とでも言う……えぇ、違いますよね。

 続けます。



 ――もう一つの技術。

 それは、意識が転送し、仮眠状態となった本体を仮死状態へと変えて、半永久的に保存するもの。

 タロウは当初、人類を生き存えさせることは考えていなかった。

 ただし、研究を進めるにつれて、ただ意識を移住させるだけではあらゆる問題の解決に繋がらないとわかった。


 意識世界で過ごしている間、その人は意識を失い、ただの仮眠状態となる。

 意識以外の身体機能は停止しないため、例え世界人口の二割を意識世界に移住させたところで、その人たちはエネルギーを有し、呼吸をするし食事も排便も必要とする。


 本体を仮死状態とし、完全たる意識世界の住人とする必要があったのだ。

 タロウ自身も、

「この世には面白い漫画やら小説が溢れすぎている。それを半永久的に楽しめるなら最高だ。それに、お気に入りが未完のまま死にたくないしな!」

 と自ら意欲的に取り組むと、意識世界でその技術をあっという間に開発したのだった。


 こうして、意識世界移住計画の技術的な部分は確立された。

 次には体制を確立する段階へと突入する。

 理論を提唱した当時は、誰もがタロウの考えを鼻で笑っていた。

 レイチェルでさえも、タロウに巨額の保険金をかけて将来に備えるほどだった。


 ……だから、レイさん。

 あなたはコタロウさんの妻じゃないでしょう?



 ――ただ、そんな世間の反応も、タロウが人体を半永久的に保存する装置を開発したことで覆った。

 世界中の約一億人を対象にアンケートをとったところ、その二割が意識世界への移住を希望したほどだった。

 世界保存機関なるものが設立されると、計画は現実化へ向かい着実に前進した。


 当初の目論見どおり、世界人口の約二割を意識世界へと移住させ、現実での生命活動を停止させる。

 あらゆるメリットがある反面、そこには考えるべき事柄で溢れていた。


 第一に、いつまで移住させるのかという問題。

 そもそも、意識世界にも時間の概念が存在するから、移住民も情報民も年を重ねる。

 寿命もあるから、死を迎えることもある。

 ただし、それは意識世界での死であり、意識が途絶えると現実の仮死状態の本体へと還るだけ。


 何十年も移住した後に現実へと還る。

 それは浦島太郎と同じで、その時点の現世には見知った人間はほとんど生きていないだろう。

 現世での新たな人生を過ごすことは困難を極める。


 ただしそこは、移住の前にあらゆる取り決めをすることで解決させる。

 個人の財産を全て放棄あるいは国に納め、今後は意識世界でのみ生きるという契約を結ぶのだ。

 その財産には家族や愛する者も含まれる。

 そんな人たちも同時に移住していれば、意識世界では一緒に過ごすことが出来るが、現実で一緒に生きることは二度と叶わないのだ。


 それは即ち、現実世界との決別を意味する。

 意識世界で半永久的に生きるか、現実世界で限られた生を謳歌するか。

 移住の入り口で、人生最大とも言える選択が待ち受けているのだ。

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