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130話 先生

 中心ここから見えない壁までの距離は、およそ五百メートル。

 確認に向かった六人の中には老人もいるから、小走りでも片道で五分程度は要するだろうか。


 それにしても……壁の前では、改めて力が使えないことを悟るだけに違いない。

 すぐに諦めて踵を返す筈なのに――既に体感で十分以上は経過しているというのに、遠目に見えるゴマ粒ほどの姿は、動く気配が一切見られないのだ。

 この環境下でも使用可能な力が本当に皆無なのか、一つ一つ検証しているのかもしれないが……。


 すると、仰向けのまますっかり大人しくなっていたキィが、不意にコタロウに声を掛ける。


「――タコさん? 何で、皆と一緒に行かなかったの?」

「それは……考え事してたし、お前を見張る役も必要だと思って……」

「にゃはっ。それにしては、考えが足りなかったんじゃない? 大丈夫かなぁ……最悪の未来が訪れるかもよ? ――タコさんがぁ、この地にたった一人だけ残るぅ、最悪の未来が……」


 もの凄いことを口走るキィだが、その仰向けに目を瞑ったままの姿は、まるで昼寝でもしているかのように見える。

 コタロウはすぐに意識を六人へと向け直し、考えを口にした。


「まさか……力が無効化された黒髪が壁に触れると、何かが起こるとでも言うのか!?」

「いやいや、そんなつまらないことじゃないよ!」

「つまらない……だと?」

「うんうん。よぉく考えてみて? もしもあの六人が壁を通り抜けたとする――」

「まさか……お前に許可無く外に出たら、何かしらの罰則があるとでも言うのか!?」

「もうっ、違うよぉ! いい? あの六人は、壁を通り抜けることが可能だと知る。タコさんは一人何故か、ここに残っている。女性陣三人は何を考えると思う?」

「……しめしめと、俺を放置して出て行く?」


「ピンポーン! 見えない壁の中に一人取り残されたタコさん。きっと女子三人は、外からその様子を観察して楽しむんだろうね! あ、ボクも空気を読んでぇ、すぐに出て行くからね!」

「動物園の檻の中さながらだな……それは大いにあり得るけど、おい! お前、どこまで本気なんだ? これから、俺たちはどうなるんだ?」

「まったく……。ボク、隠し事しないって言ったよね? 何でも聞いてくれれば答えるのに、勝手に考え事やら検証やら進めちゃうんだもん」

「わかった。じゃあ、改めて聞くけど。俺たちはこれから、どうなるんだ?」

「やだぁ、それ、聞いちゃう?」


 本当に、この猫はどこまで本気で言っているのか。どこまで本気で答えてくれるのか。

 それがわからなかったし、これまで必要なことを何も教えてくれなかったから、敢えて聞くことをしていなかったというのに。


「タコさんたちは、これから――って、皆が戻ったら教えてあげるね!」


 一瞬だけ真面目な表情をしたかと思えば、キィはすぐにまた無邪気に笑って見せた。

 目線をまた外側に向けると、六人がこちらに歩き向かう姿が見える。

 その足取りは往路とは異なり、ゆっくりと重いものに見えるから、結果は予想を裏切ってくれなかったのだろう。




「はぁ。やっぱりダメだったわ……って、タコロス、なんかちょっと安心してない? あんた、ふざけてるの?」


 しかめ面で戻るなり、レイは憂さ晴らしと言わんばかりにコタロウに噛み付く。

 コタロウと言えば、一人取り残される未来は回避できたと、たしかに幾ばくの安堵を抱いていたのだった。


「ふ、ふざけるわけないだろうが! キィが変なこと言うから、お前らの身に何も起きなくて安心してたんだよ」

「変なこと……? ま、いいけど。ところで、何か成果はあったわけ?」

「あぁ。キィがこれから、本当のことを話してくれるってさ」


 やはりキィを疑っているのか、レイたちは眉をひそめてキィを睨むように見つめた。


「やだ、こわい! ……うん。じゃあ、さっさと済ませよっか。先生、お願いします!」

「せ、先生だと!?」


 六人はすぐさま、キィがその顔を向け、声を発した方向に振り向く。

 そこにはいつの間にか、一人の人物が立っていた。


「まったく……何が先生ですか。状況を楽しむだけ楽しんだら、後の説明はわたくし任せだなんて……。私、未だに心の傷が癒えていないのですよ?」



 それは、ミドリだった。

 未だに傷心中というのは本当のようで、まるでついさっきまで泣いていたかのように、その目を真っ赤に腫らしていた。

 全くもって状況の掴めないコタロウだったが、大神父が一人増えただけで状況は変わらないことを悟る。


「皆様、よくぞここまで辿り着きました。これほどまで予定どおりに行動してくれるとは、それはキィの腹筋も崩壊するわけですね。私も傷心していなければ笑い転げているところです」


 キィとは異なり、ミドリの丁寧な口調と雰囲気は相変わらずだった。

 当然ながら絶世の美女とも呼べるその見た目もそのままであるため、その姿で笑い転げるというのなら、それはそれで見てみたい。

 コタロウは密かにそう思っていたが、同時に更なる不安に襲われることになる。


 やはり、自分たちの行動は予定どおりだったらしい。

 それは、誰が立てた予定のことを言っているのか。全てをミドリが説明をしてくれるというのか。

 警戒を解かずに、誰もが固唾を飲みミドリを見つめることに専念していた。


「どんなに説明をしても、あなた方にはわかりようがないでしょうが。とにかく言えるのは『予定どおり』なのです」


 だから、何がどう予定どおりだというのか。

 しかも……説明を聞いても、俺たちにはわかりようがないだと?

 それはつまり、これから起こるのが厄災の解放ということを意味しているのだろうか……。



「……なんだか、雰囲気が悪くありませんこと?」


 それはそうだろうと、七人が睨むように見つめ、目で訴える。


「キィ? あなた、触りの部分は説明してくれたのでしょうね?」

「うん? いやいや、まだなんにも話してないよ? 可笑しくて笑い転げてたら今に至る。以上!」

「まったく、あなたという人は……」


 ミドリは大きくため息を吐くと、だがすぐに七人に向き合い、赤い目のまま微笑んだ。

 ここで七人は、全く予想もしていなかった言葉を聞くことになる。



「それなら、兎にも角にも、先ずは――おかえりなさい! マサフスキーさん、シンジウェルさん、ロッキーさん、レイチェルさん、アオイさん、MIU拾弐型WBSP0001号さん。そして――タロウ博士。今日、この瞬間をどんなに待ち侘びたことでしょう!」

「「……はい?」」

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