126話 帰りは不要なの?
「この世界の各国に一人ずつ居る、大神父と呼ばれる存在――赤の国にはオーク、青の国に犬、黄の国に猫、緑の国には人間。与えられた役割は、資格を有する黒髪を世界の中心に導くこと。やっぱり……大神父も、KDBなのかな?」
「KDBは俺のことだろ!? いや、誰がキモいデブだ! ……大神父はNPCじゃないと思うぞ? もしかすると最重要のNPCみたいな位置付けって可能性もあるけど……たぶん、管理者みたいな立場じゃないか?」
「管理者……?」
「あぁ。導く役割もあることだし、案内人も兼ねてるのかもな。意識世界とは言え、一応、規則とか秩序は守ってもらう必要があるんだろう。運営側が意識世界の外……現実世界から監視しているだろうけど、意識の中でも管理する必要がある。その役割を与えられたのが大神父なんじゃないか?」
「なるほど……KDBのくせに、それっぽいこと言うんだね。って……大神父って何?」
唯一、この世界の住人にはただの一人にも遭遇しないまま、初日に命を落としたアオイ。
復活後のここまでの道中で、レイたちからある程度の情報は与えられていた。
それでも、大神父の件は初耳だったらしい。
「はーい、私がその一人でーっす! ――えぇ。大神父が一人、美少女猫とは私のことです」
アオイの視界にバッチリ立ち入り、その存在を惜しげ無くアピールするキィ。
しかめ面のアオイに、レイたちからはごくごく簡単な説明が飛び交う。
『猪、犬、猫、人間』『大事な情報を事後報告』『マスコット的存在』『ノリはチナマッグ寄り』
それだけで片付けられたのだった。
「じゃあ、次……私たちより以前にやって来た黒髪は? ゴロウとドクターは二百二十五年前、イゾウとアカネは三百二十五年前にやって来たっぽいけど」
ここは事前に聞いていたのか、レイのその問いに対してアオイは眉を大きくひそめて、思ったことを口にする。
「まさか、そんなに以前から意識世界を実現出来るとは考えられない……。関係者以外を被験者にするにも、わたしたちが第一号じゃないかと思うんだけど?」
「……こっちも、大神父と同じような存在かもな。その四人の黒髪と出会うことで、結局はこの世界の理解が深化したんだ。何らかの力も有している意味は……例えば、イゾウなんかは『なおす力』で回復役を担ってくれるのかもしれないよな」
「わたし、あっさり死んだけど?」
コタロウの説明では腑に落ちないのか、アオイは眉をひそめたまま口を尖らせている。
記念すべき異世界第一歩目で絶命したコタロウも、そこは自分でも言っておいて説明が付かないと感じていた。
「それで言うと、ゴロウとドクターなんかは変異種の一新に一役買った的な感じ? その割には、やたらと深くて重いストーリー付けがされてたような……。
あと、百年前に内側に立ち入ったっていう墓男もいるけど……それも、私たちが望んだ力を宿したことを裏付けるための、ただのエピソード……? 意識世界説もそれっぽいけど、私は異世界説の方がしっくりくる気がするな」
「……なぁ、キィ。どっちの説が近いかだけでも教えてくれないか?」
ダメ元で聞いてみるコタロウだったが、キィの「にゃはは! ――えぇ、どちらも面白い憶測ですよ」という可愛く不敵な笑顔を引き出すだけで、その問いは敢え無く行方をくらましてしまう。
「ねぇ、あと……童話は?」
「童話は……この世界を攻略する方法を暗に示すだけのものじゃないか? 女神を復活させて、ちゃんとこの世界を終わらせるか。厄災の封印を解いて強引に終わらせるか。あるいは、その他か――」
ここが意識世界であるとしても、結局は何事も憶測の域を出ないということで結論が付けられた。
アオイの力で世界の中心に立ち入るか否か。
異世界であろうが意識世界であろうが、其処に何が待ち受けているかは全くもってわかりようがない。
レイが結果予知を試みるも――見えたのは、黄色い草原で何かを譲り合う、キィを含めた八人の姿。
その直後、女子の誰かに殿部を足蹴されたコタロウは、黄色い草原に正面からダイブしていた。
その結果がもたらしたのは、コタロウの憤りとレイの高笑い――ではなくて。
おそらくそれは、壁を切り取ったその内側に立ち入らんとする光景だということ。
見えない壁の内で起こる結果を予知することは出来ないということ。
そして最も重要なのは、アオイの力は、内側の壁をも切り取ることが可能であるということ。
想定し得る範囲で、壁の内で起こる最悪の事象は二つあった。
中でも最悪なのが、何らかの要因による全滅。
実は壁の内では厄災が元気よく跋扈しているとか、世界の外側と同様に変異種がウヨウヨ存在しているとか、あるいは資格を有しない者はその力共々、壁に吸収されてしまうとか。
もう一つは、何も出来ず外にも戻れないこと。
もしも、立ち入った者が有する力により選択肢が変わる場合、『何も選択出来ない』という場合もあり得るのだ。
さらには壁への立ち入りは一方通行で、戻る手段が無い可能性だってある。
その場合、壁の内で寿命を迎える外ない。
シンジは不死だとして、もしもキィが付き合ってくれるのなら、コタロウがキィの生命力を奪い他者に与え続けることも、もしかしたら可能かもしれないが。
そんな最悪な想定がされる限り、壁の内になど入るべきではない。
そんな意見を呈する人間は、その場には一人も居なかった。
訳のわからない世界に居るという今の状況。良くも悪くも打開するには、内側に入ってみるのが一番手っ取り早いのだ――と言うよりも、最狂女子三人が、何故か中に入る気満々だった。
さらには、
「取り敢えずタコロスを犠牲にしてみようか」
と、女子三人の意見が一致したが、
「俺の犠牲の結果、誰にも知らせようが無くね?」
というコタロウの全力否定により、かろうじて取り下げられた。
「えぇ。入ればわかりますよ!」
というキィは、七人がどんなに最悪の結果に陥っても、ニコニコとただ傍観していそうで怖い。
結局のところ、男性陣が女子たちに反論するのは、相性の悪い変異種と相対するのと何ら変わりが無い。
そんな暗黙の了解のもと、翌日には立入りを決行することが決まったのだった。
――翌朝。
七人とキィは、神の家の外に待機していた二台のウッホ車へと乗り込んだ。
キィは、昨日のうちに世界の中心に向かう手筈を整えてくれていた。
ウッホ車で中心の壁まで送り届けてもらえるよう、黄の国の騎士団に依頼していたのだ。
まさかの出来事に頬をつねる面々に、キィは、
「なんて失礼にゃ! ――やるときはやるのですよ。えぇ、やらないときは見事なまでにやりませんが。帰りの移動手段は不要でしょうから、往路だけ依頼しました!」
と、胸を張る。
これは夢かと疑った面々だが――次の瞬間には、とある不安がほぼ確信へと変わり、口を揃えていた。
「帰りは不要なの?」