122話 復活劇
コタロウをちゃんと置き去りにするミュウの視界を見届けたレイ。
騎士団が保有するウッホ車へと乗り込むと、目的地へと出発した。
ウッホの操縦をするのはシンジで、荷車にはレイとアカネが乗っている。
およそ三百年振り――今のからだでは生まれて初めての外出に、アカネは目一杯の日差しと風を気持ち良さそうに受けながら、はしゃいでいた。
当初は、アカネではなくロキを連れて向かう筈だったのだが……。
――昨夜の、マツリの第一犠牲者である未成年のロキは未だ、初めての酒酔いにうなされていた。
そのロキの横では、最もマツリを苦しめたビエニカが、こちらも起き上がることなく倒れたままだった。
さらには、犠牲者二人と川の字で並んで寝転ぶのは、加害者であり元凶のマツリだった。
ロキを皮切りに全ての男住人を潰し、ビエニカとの熱戦を繰り広げた結果――レイと飲み比べをするときには、既に倒れる寸前だった。
結果予知の力で最後まで素面で生き残っていたレイが、トドメを刺したのだった。
とは言え、最後の最後までしぶといマツリに、レイも許容限界近くまで飲酒する羽目になったのだが。
足蹴をしても、「うぅ……」としか反応しないロキに、レイは未だ僅かにアルコールの残る深い溜め息を吐いていた。
反発少女を復活させるためには、少女の復活を心から願うロキが不可欠なのだ。
最悪、現地まで同行しなくとも、うなされながらでも願いさえしてくれれば良いのだが……そんな余裕すら望めなそうだった。
そんな折に、声を掛けてきたのがアカネだった。
「女子の復活に向かうんじゃな?」
「うん。本当はこいつも連れて行きたいんだけど無理そう。アカネちゃま、こいつが少しでも回復したら、願いを口にするよう言っておいてもらえる?」
その時点で、取り敢えずシンジと現地に向かい、あとはロキの回復を待つ計画へと変更していた。
ロキの動向は、コタロウがその視界画面で確認出来るから支障は無い。
「ほっほっ。チナマッグ少年が使い物にならぬのは、全てがマツリのせいじゃ。少なからず、ワシにも責任があるじゃろう。
――それに、復活させるという女子は、時代は違えどワシと同郷の黒髪なのじゃろう? ならば、代わりにワシが願ってやろうじゃないか。
こんな世界に飛ばされて、初日に命を落とすとは可哀想に……。いくらでも、心から復活を願ってやるわい!」
「でも……アカネちゃま、他に願い事は無いの?」
「ふむ。ワシの願いは全て叶ったと言って良いじゃろう。強いて上げるなら……このお胸がもう少し大きく……いや、何でも無い」
アカネは、レイの胸部をじっと見つめながらボソボソと呟き、だがすぐに微笑み訂正する。
「それに――あのチナマッグ少年には別の願いを持ってもらうべきじゃろう? ワシらのような生存特化ではなく、変異種討伐に大いに役立つ攻撃特化の力なのじゃからの」
腕を組み意図的に胸部を隠しながら、レイはその提案を受け入れることにした。
別に、現地に同行までする必要は無かったのだが、「外に出たい!」と目を輝かせるアカネを置いていくことが出来なかったのであった。
――斜め通りをしばらく南西へと走ると、以前の北東端に到着した。
端を示す看板は移設されたが、あのビエニカは看板を抜いた後の地面を埋めずにそのままにしていたのだ。
直径十センチメートルほどの深い穴が残ったままのその地点から三百メートルほど戻ると、三人はウッホ車を降りる。
手分けして、その足で周囲の調査を開始してすぐに、シンジが道から少し外れたところで目的物を発見した。
それは、少女の白骨死体。
その白骨は、レイが予想したとおり何の衣服も身に着けていなかった。
おそらく、少女の肉体と同時に朽ちて無くなったのだろう。
そのままだと丸裸で復活してしまうと思い、レイは村で大きな一枚布を調達し、持参していた。
白骨の首から足元まで布を掛け終えると、アカネとシンジを交互に見て声を掛ける。
「じゃあ、アカネちゃま、よろしく! あと、タコロス――ふて寝してないで、おじいさんに知らせてよね?」
今時点で、シンジはコタロウの視界画面を、レイはミュウの、そしてミュウはレイのそれを借りていた。
二班に別れた面々の視界画面は、残るところシンジのそれだけ。それを待機班に貸してしまうとコタロウの手元に一つも残らなくなってしまうだが――
「まさか、視界画面を片眼ずつ貸し出せるなんてね」
「でもそのおかげで、おじいさんにも画面を貸せたからね。コタロウの力、やっぱり便利だよ」
レイは愛想笑いだけで、頷くことはしなかった。
それでも、心の中では大きく頷くほどに、コタロウの力を認めていた。
借りている片眼の視界画面は、全くと言って良いほど何の違和感も持たないのだ。
それ故に、コタロウが他者に貸しているのは全て片眼の視界画面だった。
コタロウ自身には不要な視界を片眼ずつ貸すことで、待機班を含む全員に必要な視界が行き届いていたのだ。
白骨の前に膝を付いたアカネは、目を閉じ合掌して、願いを口にした。
「どうか、この女子にもう一度生を与えて下さい。神様……いや、じじい様? ――どうか、お願いします!」
「……真田さん?」
「うん。コタロウからおじいさんに『じいさん、頼んだ!』って、伝え終わったよ」
あとは、願いが叶うそのときを待つだけ。
レイもアカネの横に並ぶと、目は閉じずに手を合わせた。
優しい風が、草原の草を払う音だけが聞こえる。
『ビューッ』
突如、大きな風に思わず目を閉じるレイ。
次に目を開けると――目の前の白骨が、その肉体を取り戻していた。
完全に復活した頭部に生える真っ黒い髪が、風で小さく揺れている。
「おぉ……なんという力、なのじゃ……」
素直に驚くアカネだが、初めて復活劇を目の当たりにするレイとシンジも、その目を見開き驚いていた。
シンジは驚き終わるとすぐに、少女の視界に入らない位置まで距離を取る。
意識を取り戻した後に、少女の掛けている布が捲れてしまう可能性があるのだ。
それを知った上で、露わになったからだを見てしまった場合、それはラッキースケベとは呼べない。
そのシンジの姿に、昨日から自分の周りで行方をくらましていたデリカシーを発見し、レイは素直に感心していた。
しばらく、レイとアカネが少女を見つめていると、少女の口が小さく動く。
「……う…………ん……」
口から微かな声が漏れると、次に、その目に力が込められる。
真上からの日差しに、一か月ぶりの眩しいという感覚を持ったのだろう。
次に右手が動くと、目の前に掲げられ、目元に影がつくられた。
「……眩し、い……?」
目を小さく開けると、少女は掲げた手の指をグーパーさせる。
そして、左手で地面を支えると、上半身をゆっくりと起こした。
掛けていた布がハラリと捲れると、まだ『発展途上』と言い訳が付く華奢な上半身が露わになる。
何にも覆われていないことに気が付かないまま、少女は首を回し、辺りを見た。
「あぁ……戻った……の? 深淵の――暗黒の意識領域から……」
厨二病かと疑いたくなるその表現に、レイはアカネと顔を見合わせ、眉をひそめた――