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120話 斬撃

 真っ青な草や葉が茂る森。

 生え並ぶ樹木は、その背丈が二十から三十メートル、幹の周囲は六メートルほどもある大樹ばかり。

 森に立ち入ってすぐ、三人の視界は明らかな異常を捉えていた。


 大樹の幹の至る所に、無数の謎の痕が付いていたのだ。

 深さ一センチメートル程度の、鋭利な何かによる斬撃の痕のようなもの。

 さらには、無数の枝がこれまた鋭利な何かで切り落とされたかのように地面に無造作に落ちている。

 またさらには、大型の生き物が一体、その首を鋭利に切り落とされて絶命していた。


 付近の住人が仕留めた獲物ならば、食料か、あるいは何かをつくるための材料として持ち帰ると思われるのだが――それが、その生き物は全くの手つかずで朽ち始めていた。

 変異種の仕業で間違いないだろうと、三人とも瞬時にそう認識した――筈だった。


 アソコがより一層疼き始めたのか、指をバキボキと鳴らすブルドの歩む速度は、何故だかより一層増していた。

 ミュウは、と言えば、鋭い切れ味の痕とコタロウを交互に見ては、まるで『この力、欲しい……』と言わんばかりの表情で、ただ小さく頷いていた。


 そんな二人の背中を追うコタロウの足取りは、当然だが重かった。

 そしてその歩みは、変異種の力まで残り五十メートル付近で止まった。

 これは決して、二人を犠牲に自分だけ生き残ろうという算段ではない。

 レイが予知した、最善の結果を再現するために取った行動だった。



 本来、レイが予知できるのは、レイ本人の行動の結果に限る。

 ただし、付与する条件によっては、他者を巻き込んだ結果予知も可能となる。

 二日酔いのレイが予知したのは『レイが何らかの助言した場合の、レイが一切の後悔を覚えない最善の結果』だった。



 ――ニヤニヤと笑うレイが、ミュウの視界画面を見ている。

 画面に映るのは、青く茂る森の中の光景。

 一本の大樹の下には三人の姿があった。

 周囲の地面には、大樹から落下したであろう枝葉や実が多量に堆積している。


 手首や肩を回し、「お前の再生の力もすげえけど、俺の防御力もすげえだろ? ぶるっはっは!」と豪快に笑うブルド。

 左手で胸元を押さえ、右手で全身を確認するかのように触っているのは、ミュウだ。

 二人とも、その上半身の衣服はズタボロに切り刻まれ、原形を留めていない。

 その傍らで「ぶひぃ」と息を切らし仰向けに横たわるのは、コタロウだった――



『……枝葉とか実が大量に落ちてるから……たぶん、木を激しく揺らしたんじゃないかな? その結果――変異種から、何らかの力で激しい切り傷を受けたっぽい。でも、タコロスの再生の力で傷跡も消えるくらい、比較的軽傷で済んだ……。

 木を揺らして現れたということは……変異種は枝葉の影に潜んでいたか、あるいは木の中に生息していたと考えられる。とすると……小動物とか、鳥とかかな?

 私の可愛い微笑み具合から推察するに……たぶん、討伐は出来ていないでしょう。でも、ミュウがその目で変異種を見て、力を知ることは出来たと思う。

 タコロスが倒れるほど疲弊して、たぶんこの後置き去りにされるだろうから、それで微笑んでいるんだね。……うん、最善の結果だね。外れたらごめん! ということで――ブルちゃん、木を揺らすのだ!』


 結果予知の光景から、最善の結果をもたらす助言を推察したレイ。

 その助言をミュウの口からブルドに伝えると、「おぉ、俺にうってつけの役じゃねえか! 木が折れるくらい揺らしてやらあ!」ブルドは吠え、何故にそんなに指が鳴るのかと思えるほど、さらに指をバキボキ鳴らして意気込んだ。



『二人のすぐ目の前に力がある筈だけど……何か見えるか?』


 シンジの声に、ミュウは足を止めた。

 目の前には一本の大樹がそびえ立っているだけ。

 木の周りを一周しながら、大樹を幹から枝葉から根っこから、まんべんなく視界に入れる。

 だが、変異種の力を知ることは出来なかった。


「この大きい木を揺らすと、変異種が出てくる……? わからないし、怖いけど――死ぬことは無いみたいだからね。取り敢えず、揺らしてみようか。結果が変わらないように、くれぐれも折らないでね?」


 まさかこの太い幹が折れるなど到底考えられないが、ミュウは一応の念を推し、ブルドにお願いをした。

 ずっと疼きっぱなしのアソコに触れながら、ブルドは大樹から距離を取る。

 そして、次の瞬間――


「死ねや!」


 気合いを入れるときの常套句がロキそのままに、ブルドは大樹に向かって疾走する。

 肩口から体当たりをすると『ドオォォン』と鈍い大きな音が響いた。


「疼いてたアソコは使わないんかーい!」


 そんな、ミュウとコタロウのツッコミがかき消されるほどの轟音とともに、幹が折れるのではないかと心配されるほどの周期で大樹は揺れ動く。



「どうだ、見たか!」


 左手を天に突き上げて誇らしげに直立するブルドに、上空からは大量の枝葉、実、そして虫が降り注ぐ。

 ミュウは両手で目の前に傘をつくりながら、揺れ動く木を一瞬たりとも見逃さまいと目を開け続ける。

 手の甲に張り付いた体長五十センチほどのムカデを見て、「なにこれ、可愛い……」と一瞬心を奪われるも、すぐに意識を大樹へと戻す。


 そして――ミュウがその姿を捉えたのと、その音波が届いたのは同時だった。


『ピィィーッ!』


 そんな音が聞こえた瞬間、体中が切り刻まれるような感覚を覚える。

 実際、目の前に掲げた両手には無数の切り傷が発生し、薄らと血が流れ出ていた。


 ミュウがその目で捉えた鳴き声の主は――鳥だった。


 スズメくらいの大きさで、青を基調に黄、赤、白色が混じる鮮やかな見た目をしている。

 その鳥が複数羽、滞空しながら甲高い声で鳴き続けていた。

 鳴き声と共にミュウの体には切り傷が増えていくから、その鳥の中に変異種が混じっているのだろう。

 隣を見ると、ブルドも両手で顔をかばい、斬撃に耐えているようだ。


 ただただ鳴き声に切り刻まれる状況が十数秒続く。


 すると、唐突に一羽の鳥が群れから離れた。

 続けて全ての鳥が上空へと飛翔すると、森の中には、大樹の未だ揺れ動く音だけが残った。

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