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118話 祭り

「おい、貧……オホン。レイ――まさか、これから生き返らせに行くってのか?」


 初めて普通に呼ばれたことを普通に驚くレイ。

 マツリのその問いに、窓から覗く景色が薄暗くなっていることに気が付いた。


「もうこんな時間か……。現世で言うところの午後六時くらいかな? うん、やっぱり明日にしよう。お子ちゃまもいることだしね」

「お子ちゃまって……まさか俺のことじゃねえよな? 門限六時って小学生かよ!」


 容姿以外は小学校低学年レベルで間違いないよね?

 というロキへの思いを胸に秘めたレイは、改めてその場に腰を掛ける。


「そうしてくれ。なんたって今日は……ぐふふ。この村にもようやく、普通の平穏が訪れたんだからな! ――おい、居るんだろ?」


 マツリのその言葉を待っていたかのように、部屋の出入り口にはハチベエの顔が覗いた。


「んだ! 準備は出来てるだよ!」

「よし。話を盗み聞きしてたのは、逆さ吊りの刑に処するとして。今夜は――祭りだ、宴だ! 備蓄なんか気にせず、たらふく食うぞ!」

「おぉ!」


 マツリの嬉々とした大声に、外からは大勢の村人の応答が聞こえる。


「ぶっ倒れるまで飲むぞ!」

「おぉ!」

「気を失うまで決闘するぞ!」

「おぉっ……え!?」


 最後の呼びかけには、ロキとビエニカだけが元気良く応じていた。


 レイとシンジはマツリに手を引かれて、外へと駆け出る。

 広場には村人が集まり、肉の焼ける良い匂いが漂い始めていた。




 ――その夜。

 レイたちはチマツリーの村人と、世界の拡がりを祝った。

 村人の誰もがその目に涙を溜め、誰もがその表情を綻ばせていた。


 マツリは、その身体能力を見せつけようと、百メートル近く垂直に跳んで見せる。

 ロキが衝撃波で宙に浮く芸当を見せつけると、ビエニカはマツリに腕相撲で勝って見せる。


「ちょっと死んでみてくれよ!」


 シンジに不死の力のお披露目を願うマツリは、レイにその頭を叩かれる――



 大いに盛り上がる中……だが、アカネだけは浮かない顔をしていた。

 それもそうだろうと、レイは思った。

 平穏こそが幸せだと言うアカネは、長きに渡り村の平穏を守ってきた。

 村の外に変異種という脅威が存在しなくなった今、守り神としての役割は不要となる。


 これから、アカネは何を願い、何を想うのか。

 そんな現実が、力と意思だけを与えられた、ただの幼女に突きつけられたのだ。



 ――飲酒初体験のロキを潰したマツリは、素面のように平然とアカネに近付く。

 そして、軽々と持ち上げると、アカネをその肩に立たせた。

「ひゃっ!」と可愛い声を漏らしたアカネは、村人全員の視線を集める。


「こ、これマツリ。何をしておる!」

「良いから、大人しく見てろ」


 マツリへの畏怖からか、あるいはアカネへの恩義からか。

 そんな二人に、村人は全員、姿勢を正して向き合った。

 肉と酒を目前に逆さ吊りの刑に処され中のハチベエも、その表情が苦悶から真面目なものへと変わる。

 そんな村人たちに、マツリは大きく通る声で話を始めた。



「今日から……厳密には四日前らしいが。アカネが予言しなくても、お前たちが望まなくても、この村には平穏が訪れるようになった。

 そう――明日からはアカネの予言が要らなくなるんだ。

 アカネが与えてきた平穏とは違う、幸せというものを感じることが出来るだろう。アカネが奪ってくれていた、不幸というものを感じることもあるだろう。


 何を願っても良い。何も願わなくても良い。だって、アタシたちは自由なんだ。

 この村を出たって良いさ。アタシが残るし、ハチベエも残る――よな?


 でも……一つだけ約束してほしい。

 お前たちは、自分の幸せを願ってくれ。家族の幸せでも良い。

 でも……アカネの幸せだけは願ってくれるな」


「な、なんでだべか!?」

「そうだ! これまでその身を犠牲にして、この村を守ってくれたんだ!」

「そんなアカネ様の幸せを願って、何が悪いって言うんですか!」


 逆さ吊りのハチベエが一番に反応すると、村人は次々と反論を始める。


「お前らがアカネの幸せを願ったら……アカネが自分の幸せを願えなくなるだろうが!」


 マツリのその答えに、村人は一瞬で押し黙ってしまう。

 誰もがマツリの思いも理解しているのだ。



 村人がアカネの幸せを願い、アカネも自身の幸せを願った場合――両者の想いが一致し、アカネの視界に入った村人との間には与奪が成立してしまう。

 アカネが幸せになるための何かが、村人から奪われてしまうのだ。

 アカネはそれを望むことは無いだろう。だから、自身の幸せを願うことが無くなってしまうのだ。


 だが――


「それは……大丈夫だべ」

「……そう、だな。きっと、大丈夫だ」

「大丈夫だし、むしろ俺たちがアカネ様の幸せを願わないとダメだな!」

「な、何が大丈夫なんだ? お前らまさか、アカネのために犠牲になるってのか!?」

「違うべ! ……アカネ様はきっと、おらほの幸せを願ってくれるにちげえねえ」

「そうだ!」

「それは、長が一番わかってることでしょう?」

「……」


 村人からの反論に、今度はマツリが押し黙る。

 村人は、アカネが今後は村人の幸せを願う筈だと言う。

 それはつまり、村人が自身の幸せを願うと、アカネから何かを奪ってしまうということ。

 マツリはゆっくり息を吸うと、「ふぅっ」と、短く息を吐いた。



「……そんなの、わかってんだよ……。アタシはそれでも……ようやく……ようやくこの村に訪れた平穏なんだ。アカネ様には、自分の幸せだけを願って欲しいんだよ。アカネ様が何も気にすることなく、心から笑って……本当の幸せを感じて欲しいんだよ!」


 マツリは、まるで自分自身に言い聞かせるように言い放った。

 だが、こんな結果も予測していたのだろう。すぐに元どおりの威圧的な態度に戻ると、村人に怒鳴りつけ始める。


「ふん。どうせ、アカネ様は……こいつは、自分の幸せなんて願わないだろうからな。良いぜ、お互いがお互いの幸せを願ってれば、与奪もされないんだ。

 わかってんだろうな? お前らにもアカネにも、普通の平穏も、普通の幸せも、普通の不幸だって訪れるんだからな!」

「んだ!」

「そんなのわかってる!」

「ふん。わかったよ。じゃあ……いいか? 絶対に、自分の幸せなんか願うんじゃねえぞ!?」

「おぉ!」


 脅迫にも似た威圧的な問い掛けに、村人全員が笑顔で応えた。

 そんなやりとりに、アカネはずっと、小さなからだを震わせていた。



「……ワシは……こんなワシは、この村に居ても、よいのか……?」

「んなの、当たり前だろうが! お前はアタシの妹だぞ」

「今度は皆の……幸せとやらを、望んでも良いのか……?」

「んなの、好きにしろ。でも、お前が幸せを望めば、いつでもこいつらから奪えるからな!」

「……ワシは……くっくっ、幸せ者、じゃよ……。……うっ……う、うあぁぁん!」


 幼女の見た目そのままに泣きじゃくるアカネを、マツリは目の前に降ろすと力強く抱き締めた。


 感動的な光景のようで、実際のところは全く違っていた。

 変異種四体分の身体能力を宿すマツリの抱擁に、アカネは声を発することが出来ず、代わりにからだ中の骨が悲鳴を上げる。


「よし、胴上げしてやる。それっ!」


 一人高揚したマツリは、ようやく解放したアカネを軽々と宙に放り投げた。


「ば……この、バカおさっ!」



 ここは、今までもこれからも、ただの平穏な村。

 その広場には、遙か上空を見上げた村人たちの、平穏とは呼べない怒声。

 そして、ただの平穏とは呼べない、長の豪快で楽しそうな笑い声が轟いていた――

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