116話 吸収
ミュウの視界画面に映るのは、犬なのにやたらイケメンな、青の国の大神父。
レイとシンジは固唾を飲み、疑問に答えてくれるという犬神父の続く言葉を待った。
『――あなた方は、世界の拡がり、そして特殊な力ではない力を持つ者の存在を目の当たりにしました。それにより、私たちがこれまでは言えなかったことをお伝え出来るようになったのです』
今回、視界画面からの情報をその場に伝達する役目は、自然とシンジが担っていた。
『先ずは、特殊な力ではない力のことを教えましょう。とは言え……どうやら、そのほとんどがあなた方の憶測どおりのようですね』
ミュウの視界には突如、手のひらが映り込み、視界の一部を遮り始めた。
おそらく、どや顔で存在感をアピールする何者かの存在をひた隠しにしてくれているのだろう。
『黒髪が存在しない壁の外側で、黒髪ではない住人が変異種を討伐した場合――変異種の力は、討伐した住人に宿ることになります。
ただし、特殊な力……以後はタコロウさんのようにスキルと呼びましょうか。黒髪でない住人の身にスキルが宿ることはありません。変異種のスキルは別の何かに変換され、住人の身体的な能力を強化するのです。どの能力が強化されるか……それは、討伐した住人の特性に依存するようですね。一度得たその力は、その住人に最も親しい存在へと継がれることになります。
チナマッグの頭領は――えぇ、おそらく知力以外でしょうね。特に脚力が大きく強化されて、それを受け継いできたのでしょう。そして、マツリさんの場合――』
「そのお胸が爆発的に強化された、と……。ところでワンちゃん、『黒髪が存在しない壁の外側で』ってところを強調してたよね?」
「お胸の強化ってなんだよ! いや……そういえば、変異種を討伐した後、また少し大きくなった気がする……かも?」
ただの冗談だし、それは私には未だ到来していない成長期だと思うけど?
お胸に手を当てて一人考えるマツリを、羨望を込めた眼差しで一瞥すると、レイは直ぐに犬神父に意識を戻す。
『ワンちゃんで間違いありませんが、私のことはカインとお呼び下さい! ――では、次に力の行く先について。これまであなた方が見聞きしてきたのは、おそらく三通りでしょう。同時期にやって来た生存者に分かたれて宿るか、最も親しい黒髪に宿るか、あるいは身体的な能力として住人に宿るか。最後のそれは、壁の外側で且つ黒髪が居ない場合に限りますが。
――実はここに、もう一通り、行く先があるのです。それは――壁、なのです!』
その発言の意味がわからずに、レイは思わずシンジを見る。
結果、肩をすくめたシンジと目が合うだけだった。
『えぇ、わからなくて当然でしょう。シンジさんが持つ所在を知る力、それが壁の外側に及ばないのは、壁が力の影響を阻んでいるから――と、あなた方は考えたことでしょう。それは、あながち間違ってはいないのです。
壁は、力を阻むのではありません。力を吸収するのです!』
いずれにせよ、力は壁を通り抜けることは出来ないということ。
ただし、吸収するということは、吸収したその先もあるということだろうが……。
思考を働かせるレイとシンジの反応を待たずに、カインは話を続ける。
『それでは、あなた方が復活させようとしている反発少女。その力は何処に行ったのか? 変異種にやられた少女の力は、壁の内側に居るあなた方生存者の数に分かたれて、移動を始めます。ですがそこには壁があり――えぇ、壁に吸収されたのです』
「その……壁が吸収した力はどうなるのです?」
『知りたい――ですか?』
「当たり前やん。はよ言えや……早く教えて下さる?」
カインのペースについつい気が逸り、素が出てしまったレイ。
目を見開き驚くようなシンジを見て、自らの軽率な発言を激しく後悔する。
『壁の本来の役割は、変異種を世界の外側に追いやること。人も変異種も、壁を通ることは叶いません。ただし、よほど強大な力、あるいは壁を通り抜けることを可能とするスキルは例外としますが。
――ここで、私から問いましょう。変異種が一新して壁が外側へと動くことで、あなた方のスキルが強化されました。それは、何故だと思いますか?』
「それは……頑張ったから、ご褒美的なやつじゃないの?」
『私から言えるのは、壁の移動がもたらす事実だけです。その事実をどう受け取るか、それはあなた方に委ねましょう。
――変異種が一新すると、壁は瞬時に外側へと移動します。その際、拡がる範囲に住んでいた人には何の影響も及ぼすことはありません。ですが――変異種には、多大な影響を及ぼすことになるのです』
それはレイにも予想が出来た。
変異種を外側に追いやる役割を持っているのだから、変異種をより外側へと押し出すのだろう。
だが……犬神父が口にしたのは、レイたちが予想もしない答えだった。
『瞬時に移動する壁に触れた変異種は――その全てが消滅するのです!』
「……はい?」
「えっと……え? それなら、壁をどんどん移動させれば、それだけで変異種を根絶やしに出来るってことですよね?」
『ワン! ――ですから皆さん、どんどん変異種を一新して、壁を移動させて下さい!』
犬神父が話を始めてから、画面の先からは誰の反応も聞こえてこなかった。
きっと、ミュウとコタロウはこの話を事前に聞いていたに違いない。
それに気付かなかったのも、コタロウの力で音量を抑えれば良いだけで、動作の無いことなのだ。
犬神父の言うことはつまり――神がつくった理は、それほどまで強大に作用するということ。
壁の内側の黒髪が頑張って変異種を一新すれば、壁は瞬時に動いて変異種を討伐することが出来る。
そして――
「壁が討伐した変異種の力は、そのまま壁に吸収される。吸収した力の全て、あるいは一部かもしれないけど……その力が、私たち黒髪のスキル強化に使われた……?」
『ワオーん! ――では、続けて、もう一つの事実をお伝えします』
「……もう」
「一つ?」
犬神父が教えてくれたのは、レイにとって――この世界の全ての黒髪にとって、とてもご褒美とは呼ぶことの出来ない、酷な事実だった。