115話 チナマッグさい話
――当時の長……初代アカネの旦那だな。
外出したある時に、一人の男を拾った。
足を負傷したというその男は、チナマッグ村の住人だった。
村に連れ帰った長は、「手当てしてやれ」と、ハチベエにその男を預けた。
……あぁ、ハチベエ家も、そのハチベエの代から名を継がせているんだ。
『面倒事をつくった罪を忘れてくれるな!』っていう戒めだな。
その日はハチベエの家で休ませて、次の日の早朝に帰す予定だったという。
それが、ハチベエがうっかりして朝の予言の場にそいつを連れてきちまったんだ。
「仕方無い……足を切り落とすか」と、長はそのチナマッグを村から帰さないことを提案する。
でも、アカネがそれを止めた。
「いや、後頭部をうまく殴打すれば……じゃなくて。今朝まで、ハチベエの運気も違えずに零だった筈。だから、今も、これからも悪いことは起きないでしょう……たぶん」
男は、アカネのおかげで野に放たれた。
念のため、村人たちはそのチナマッグの背中に、「二度と来るなよ!」「迷子になるなよ!」という罵声を浴びせたという。
当時、この村には『小動物を無責任に連れ帰らない』という教訓があったんだが……その日から『怪しいチナマッグは連れ帰らない』というのが追加された。
その数年後――何の前触れもなく、そいつは村にやって来た。
どうやら、あのときの男はチナマッグの頭領だったらしい。
村を囲う柵をピョーンと跳び越えて侵入したその頭領は、真っ先にハチベエのお宅を訪問した。
「あのときは助かったぜ!」と御礼を言い終えると、次に長との面会が叶う。
「あれからずっと、あの日の朝の、儀式のことを思い返していた。そして今朝、ようやく気付いたんだ。あのとき、あのえらいべっぴんさんが『良いことも悪いことも起こりませんように』って、言ってただろう!
それだけじゃない。そういえば、今でも鮮明に思い出せるが、あのべっぴんさんの髪の色は黒だった。つまり――あの黒髪のべっぴんさんは何らかの力を持っている!」
普通に考えれば即日中にでも辿り着けそうな答えを、当時の頭領は数年がかりで導いたようだった。
そんな得意気なチナマッグ面をする頭領に、長は言ってやった。
「違うぞ」
その答えに、頭領は、
「そうか……」
と残念そうに呟いて帰って行ったという。
その後も、頭領は何度も村を訪れた。
あるときは、
「あのべっぴんさん、そう言えばアカネって呼ばれてたな! 直接話を聞きたいから、アカネに会わせろ!」
と名指しで面会を求めるようになったから、その要求に対しては、
「留守だ」
という定形の答えが用意された。
アカネの留守が続くと、次は、顔の知られていない村人を用意しては「世界が拡がった!」などという嘘を吐いて、アカネを出そうと試みてきた。
門番が「嘘吐け!」と答えると、新顔は「くそっ! 覚えてやがれ!」と、悔しそうな捨て台詞を残しては大人しく帰っていった。
顔を知られていない村人が一人も居なくなると、頭領自らがやって来る。
頭領の相手は、基本は元凶のハチベエに任せてきたが、不在の時はそのとき最も暇な村人に任せてきた。
……それを、ここ三百年ほど繰り返して、今に至る――
なんというチナマッグさ……。
あのロキでさえも、「そいつアホだな」と口にするほどだった。
マツリもハナから、アカネの髪を櫛でとかす片手間に語っていた。
話題を振ったことを激しく後悔するレイが、責任を取るべく次の話題を考え始めたそのとき。
気持ち良さそうに髪をとかされていたアカネが口を開く。
「くっくっく。チナマッグの話をするとのぉ、漏れずにその場がチナマッグ化してしまうのじゃよ。特に幼児には悪影響となるからの、村では見ることも口にすることも禁じておるのじゃ」
もはや放映できない昔のテレビ番組か、あるいは下ネタのような扱いと言うことか。
「阿呆臭い話はもう良かろう。それに、ワシらばかりじゃのうてお主らの話も聞かせて欲しい。この村に来た目的はなんなのじゃ?」
「おぉ、世界が拡がったことを知らせに来てやったんだぜ?」
「嘘吐け!」
ビエニカがこの村に来た目的をチナマッグ扱いすると、アカネはレイとシンジを同時に見つめる。
レイとシンジも一瞬だが見つめ合い顔を赤らめると、シンジからその目的を伝えた。
「――なるほど、の。変異種にやられた少女を復活させるというのじゃな。ふむ……反発する者が発するあらゆるモノを反発する力とは、これまたすごい力だの」
「そいつ、無敵じゃねえか! 討伐するには……仲良くなってから裏切るしか方法が無いな」
「マツリちゃん? 黒髪の人間だから、討伐する方法なんて物騒なことは考えないでね?」
「なるほど……俺の初恋相手を復活させるために、それを願う俺を追ってこの村に来たってことか。良いぜ――あの可愛い子の復活を、心の底から願ってやるぜ!」
ロキが珍しく状況を把握したことに驚きつつ、だがレイは、ここで話を一旦中断させる。
「それはちょっと待ってね。ここじゃなくて、現地で復活させるべきだし。それに……ずっと疑問に思ってたんだけど。あの子の力って、今、どこの誰に宿ってるわけ? 復活させると、力はちゃんと戻るのかな?」
――黒髪が命を落とした場合、その力は他の誰かに移動する。
あってはならないことだが、黒髪が黒髪を殺めた場合は、その力は殺めた黒髪に宿る。
変異種にやられた場合と、寿命により命を落とした場合――同時期にやって来た黒髪のうち、生存者の数に分かたれて、生存者に身に『力の欠片』のようなものとして宿る。生き残りになると、全ての欠片が集まり本来の力として宿るという。
その他、もしも黒髪ではない住人が力を持つ存在――黒髪を殺めるあるいは変異種を討伐した場合。
力は、その住人ではなく、最も親しい黒髪に宿ることになる。
コリーが討伐した変異種の力がレイに宿ったこと。ゴロウが『成りすましの力』の力を得た経緯からも、その説明はつくだろう。
ただし今回はこれまで得た情報に、不確定な要素が追加されることになる。
反発少女が変異種にやられたのは、当時の壁の外側。
これまでの情報からは、その力は同期の六人分に分かたれて、六人の身に移動することになる。
ただし、見えない壁はあらゆる力の影響を無効化するのだ。
その力の行き来すら阻んでもおかしくはない。
その場合、力はどこに行くのか。
ちなみに、最も近い位置に居たであろう黒髪のアカネには宿っていないのだ。
まさか、特殊ではない力に変換されて、その辺をウロウロしていたマツリに宿ったのか。
だとすると、復活後に元の特殊な力に戻るかも怪しいし……。
レイが悩み考えていると、突如、視界画面から声が聞こえてきた。
『その疑問には、私が答えて差し上げましょう』
それは、これまで無言を貫いていた犬神父の声。
ミュウの視界が二度見をするほどの、不意で意外な発言だった――