114話 自己紹介
イゾウの答えからは、もう一つわかったことがあった。
アカネが元々持っていたのが、奪う方の力だったこと。
となると、もう一つの力はいつ何処で宿したのか。場合によっては重要な情報であるそれを、レイはイゾウに問い掛けてみる。
「じゃあ、もう一つの……与える力は、どうして宿っているの?」
『あぁ、それか。当時、世を騒がせていた変異種がおっての。自傷行為を繰り返す、猿に似た生き物じゃった。そいつは一方的に、視界に入った者に好きなモノを与えることが出来たようじゃ。自分で負った傷を目に付く人たちに与えて楽しむという、何とも厄介なやつじゃった。
その変異種を討伐したのがアカネじゃ。変異種が力を使う真の目的は、生き延びるためじゃろう。そこにワシは、生き延びるために奪う力を願い得たアカネをぶつけた。
変異種の目に付かないところで、アカネだけがその変異種を視界に入れる。変異種の力は働かぬから、アカネの奪う力だけが発動した。与えるモノを選べなかった変異種から奪ったのは、アカネが生き延びるのに最善なモノ――まさか、命そのものを奪うとは、恐ろしい力じゃよ!』
とすると……初代アカネは、その力と共に寿命すら奪っていたことになる。
一族から寿命を奪わなくても長生き出来たのでは……というのは今更思っても仕方の無いことだろう。
それに、アカネが望めば女神に力を与えることも出来そうだが……導きが無いという時点で、叶わないことがわかっていたのだろう。
自分の役目を終えたと言わんばかりの満足げな表情で、イゾウは黙った。
『じゃあ、お返ししまーす!』
最後は、ミュウのレポーターさながらの一言で、あちらからの接触は一方的に終了した。
まだ聞きたいことが残っていたレイ。
『同時期に二人生き残っていたのに、どうしてイゾウだけが導かれたのか?』
生存判定も、壁の内外で分かたれるのだろうか……?
それは今すぐ、しかもこの場で確認することではないだろう。しかも、その答えを得ることも出来ない可能性が高い。
そう割り切ると、レイはその疑問をすっかり忘れて、その場の仕切り直しを始める。
「じゃあ――自己紹介を再開しましょう! 今度は、私が順番を指定します。時間も惜しいし、効率性を考えて……早く終わる順にします。
――ビエニカ、ロキ、真田さん、私、最後にチナ……ゴホン。チナマツリ。異論は受け付けません。じゃあ、ビエニカから」
誰がチナマツリだ!
というマツリの異論を受け付けず、レイは呆け顔から正気に戻ったばかりのビエニカを睨み付けた。
「おぉ、待ち疲れたぜ! 俺はなぁ――」
「はい。赤の国の武の団長、ビエニカです。強いです。――次、ロキ」
仕切り兼他者紹介という荒業に出るレイ。
あまりの暴挙にビエニカも口を開けるだけで何も出来ない。
「あ、あぁ。お、俺は――」
「ロキでーす。赤の国の騎士団に入った、これでも一応黒髪でーす。すっごい右拳を振るえまーす! ――次、真田さん。一時間以内でお願いしますね!」
目を見合わせて固まるロキとビエニカをさておいて、シンジは自身の持つ三つの力を端的に説明した。
その力に、アカネとマツリは唸り声を上げる。
「おぉ、言い聞かせる力とは……。そうじゃったか。屈強で偏屈な村人が、お主にだけは従順だったのはそのためじゃったか……」
「しっかし、不死ってのもすげえな! 夫婦になって、うっかり殺しちまっても生き返るってことだもんな!」
どうやったら夫をうっかり殺すのかわからないが……マツリの子づくり欲が再燃する前に、レイは自身の紹介を始めることにする。
先ずは『力を知る力』『遠くの人と会話する力』が自分のものではないことを詫びると、自身の持つ三つの力を伝えた。
「……結果予知とは、これまたすごいのお!」
「完全に消えるってのは、確かにすごかったぜ! 姿が見えないだけなら何とか出来そうだけどな……」
やっぱり……。
レイは、マツリを最後にして正解だったと改めて感じた。
この長には聞くべきことが多いのだ。
姿を消していた私の背後を取った、おそらく人並み外れた身体能力。さらには『アタシの力』という発言を、レイはずっと気にしていた。
もしかすると、出発前のタコロスのあの憶測が……。
「よっしゃ! ようやくアタシの番だな。いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ!」
大人しく耳の穴をかっぽじるビエニカとロキ。
そのビーとパーを、好きなアニメ番組が始まる前の幼児を見るような目で眺める、その他三名。
「アタシはチマツリー村の長、マツリだ。この名は、長が代々名乗っている。長になる条件は、たった一つだけだ。それは――受け継げるかどうかだ!」
えっと、マーちゃん?
私たちはその、受け継ぐ条件を教えてもらいたいのですが?
『マジかよ! 俺、受け継げるかな?』
『バカめ、次は俺だ!』
ビーパーが仲良く謎の競い合いを始めるのを、マツリは鼻で笑い話を続ける。
「この村の長は、これまでに四体もの変異種を討伐している。そのうち一体はアタシの手柄だけどな!
――変異種から得た力を継ぐのは、たった一人だけ。それが長ってわけよ!」
だから、どうやってそれを継ぐのか教えて、って……え?
変異種から得た、力……?
ミュウの視界画面には、どや顔しているウザすぎるタコロスが、どアップで映し出されていた。
そのウザさを正確に伝えようと、ミュウがその身を犠牲にしてわざわざ近寄っているのだろう。
「その、力って言うのは? もしかして、身体能力的なやつ?」
「ん? それ以外に何かあるか? ……あぁ、貧乳の姉ちゃん……オホン。貧乳のレイは黒髪だから、その特殊な力しか知らないんだな」
姉ちゃんをレイと言い直すのは良いとして……そのせいで、最低最悪な悪口を二回も口にしているのは、果たしてわざとだろうか?
唇を甘噛みしながら、レイは次の対応に悩んでいた。
タコロスの憶測が正しいかどうか、この場では一部事実を確認出来たとしても、答えを得ることは出来ないだろう。
取り敢えずマツリに、ピューッと走ってピョーンと跳んでもらえば、それが変異種から得た身体能力だと推測するのは容易い。
いや……ロキの左拳か、あるいはプライドを握り潰してみせてもらうってのも……。
物騒な検証を思い浮かべながら、レイはふと、チナマッグの頭領を思い出した。
あの男にも、変異種を討伐した力が受け継がれているに違いない。
でも、何度も村にやって来ては毎度お馴染みの嘘で大人しく帰るあたり、知力だけはほぼ零のまま強化されていな……ん? そういえば――
「アカネちゃまの力って、何でチナマッグの連中にバレたんだっけ?」
本来はどうでも良いことだったが、取り急ぎ話すことが思い浮かばなかったレイは、その場を繋ぐ話題を振る。
「あぁ……それもちゃんと語り継がれてるぞ」
それは、アカネが村にやって来た、およそ半年後の出来事だという――