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111話 チマツリーの長が語り継いできたこと その二

 村に来た当時、アカネは良い感じの年増の黒髪で、目付きが鋭くて貧乳で、えらくべっぴんだったらしい。

 きっと、貧乳の姉ちゃんとそっくりだったんじゃないか?

 そうそう、たぶんそんな目付き……。


 一方で当時の長は、その役を継いだばかりの、アタシと同じくらいの齢の男性。

 長は、アカネに一目惚れをしたらしい。たまたま、長の見た目がアカネの好みだったのか、あるいは居場所を与えて告白するという長の姑息なやり方に断れなかったのか。

 アカネは、長の妻となることを選んでくれた。


 そして、二人の子宝に恵まれた。

 長女は輝くような銀髪で、生まれながらに屈強なからだを持っていた。いずれ、長の役を継ぐに相応しい器だろうと、村の誰もが思った。

 その二年後に産まれた次女は――くすんだ銀髪で、からだがひどく弱かった。

 その代わりに、誰よりも人を愛することが出来たし、誰からも愛されることが出来た。


 長女は十六の歳に長の役を継ぎ、村の屈強な男との間に二人の子を授かった。

 アカネの一人目の孫となるその子は、輝くような銀髪で、屈強な女の子。

 そしてその三年後に産まれた二人目の孫も、女の子。くすんだ銀髪で、からだがひどく弱かった。


 長女の長女も、十六の歳に長の役を継いだ。

 そして、その長もまた二人の子宝に恵まれて……。



 アカネはここでようやく、繰り返される運命に気付くことになる。

 その当時の長――孫娘に問い掛けた。


「あなたたちは――ワタシに、何を望んでいるわけ?」


 長は答えた。


「村人は、村の平穏だけを望んでいる。おばあさまは、その身を犠牲にしてまで、この村の平穏を望んでくれている。だからせめて、家族であるアタシたちだけは望みたいんだ。おばあさまの、幸せを――」



 アカネは、心の何処かで望んでいた。

 この、平凡という幸せを少しでも長く感じていたいと。

 そして、アカネの夫、子供、孫たちは皆、そんなアカネの幸せを望んだ。


 願いが一致した結果、ずっと、ずっと、その間では与奪がされていたのだ。

 自分の幸せを望む家族から、寿命を奪っていたのだ。


 アカネの次女は、齢が十を数える前に他界した。

 夫は、長女が十六の歳になる前に。

 長女の次女も、齢が十を数える前に。

 そして長の役を継いだ長女も、夫と同じ歳に……。


 目の前の孫娘の、二人の子供。

 アカネにとってひ孫となる一人目は、銀髪で屈強な女の子。

 二人目は、くすんだ銀髪で体の弱い、でも優しい女の子……。



 アカネは孫娘に、「ワタシの幸せなんて望んでくれるな!」と叱るように言った。

 でも、孫娘はそれを聞き入れることは無かった。


「村の平穏だって保たれ続けるんだ。それに、アタシらの寿命を奪ってるなんて証拠はあるのか? アタシらの短い寿命が、天に与えられたそのものかもしれないだろ?」


 アカネは、夫にも似た姑息なその物言いに呆れるばかりだった。

 でも、それを証明することが出来たら願うことを止めるよう、孫娘と約束した。




 その後、何度も何度も同じ事が繰り返された。

 ひ孫のひ孫が長となったとき、アカネの齢は百を超えた。


「現世の人って、化け物みたいに長生きなんだな!」


 いつまで経っても、子孫たちはあらゆる姑息な物言いで、アカネが一族の寿命を奪っているとは認めなかった。

 それでも、百五十を超えたところで、さすがにアカネの我慢も限界を迎えたようだ。


 当時の長の次女が、十歳を目前にその寿命を終えたそのとき。

 アカネは動かなくなったその子の傍らで、長に言った。


「もう、これで終まいにしよう。もはや、こんなワシの命などどうでも良いじゃろうて」


 不自然な長命を体現するためか、アカネはその言葉遣いをも変えていた。

 アカネは、その想いを続けて口にする。


「この子に、ワシの全てを与えたい。ワシの分まで生きてもらって、こんな運命には終わりを与えるのじゃ。……最後まで、村の平穏を守れないのは心残りじゃが……この思いだけは……マツリ、お主が継いでくれ」



 次の瞬間――アカネは、その場に崩れ落ちた。

 まるで本物の化け物かと思えるくらい、アカネはずっと、黒髪で若々しかったという。

 それが、年相応の姿になり果てて、ようやく死に至ることが出来たんだ。

 それは安らかな顔だったと聞いている。


 そして――アカネの最後の想いは叶った。

 命の果てた筈の幼女は起き上がり、長を見て言った。


「マツリ……か? ワシは……どうやら、寝ていたようじゃの」


 長は、確認のため娘に問い掛けた。


「……アタシのこと、わかるか?」

「何を言っておる。ワシの一人娘の、マツリじゃろうが」


 長は時間を掛けて、アカネの記憶を確認した。


「……マツリのこと、あの人のことはぼんやりとだけ……。それと……ワシの予言の力を用いて、長きに渡って村の平穏を守り続けていることは覚えておる。……ダメじゃ、他には何も思い出せぬ」



 当時のマツリは、全てを悟った。

 一族は、嘘偽りなど無く心からアカネの幸せを想っていた。

 もう終わりにしたいというアカネを、姑息な手段を使ってでも生き存えさせようとした。

 死してなお、長の娘は、その身に想いを宿していたのだ。


 アカネの与奪の力は、幼女に運命の終わりを与えることが出来なかった。

 最後まで村の平穏を願ったアカネの、意図せぬその想いだけが叶ってしまった。

 その命と一緒に、幼女には黒髪の力と、その意思だけが与えられたんだろう。


 しかも――なんと、一族の姑息な想いすら叶っていたんだ。

 アカネは、自分が一族の寿命を奪っていたことも覚えていない。自身が宿った幼女の存在も、その記憶には一切無い。自身の力も何故か、村人たちに偽っていた『予言の力』だと思い込んでいる。

 一族にとって都合の良い記憶だけが選ばれて、幼女に与えられたのだろう。

 ただし、自身が幼い姿でいることには、さすがに疑問を持ったようだった。


 漏れずに姑息……いや、一族の想いを色濃く継いでいる長は、すぐに偽りを口にした。

 その言葉に、アカネは疑うことは一切せず、ただ一点だけを見つめていた。

 そして、痛いくらいに悲しい表情を浮かべて、言った。


「ワシは、この力で……人様の犠牲の上に生きておるというのか……」


 その目線の先では――先代アカネの干からびた遺体が、安らかな表情を浮かべていた。

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