110話 チマツリーの長が語り継いできたこと
何故か驚きを見せるマツリをさておき、レイは話を進めることにする。
「アカネちゃまが持っているのは、二つの力。それを宿した順番まではわからないから、アカネちゃまが本来持っていたのがどちらの力かはわからない。
――先ず、一つ目。それは、与える力。アカネちゃま自身が持っているモノを、他者に分け与えることが出来る。一日につき、一人一つという制約があるけれど、与えられるモノの制約はほとんど無いと言っても良い。
ただし、与えるには条件があるみたい。先ず、アカネちゃまの視界に入る人が、与える対象となる。そこで与える側と与えられる側がある願いを持って、両者の利害が一致して初めて、与えることが可能となる。
そして、もう一つ――与えられるモノを選ぶことは出来ない。願いを叶えるために真に必要なもの、最善と呼べるものが勝手に選ばれることになる」
何とも曖昧な表現が多いが、実は、続く二つ目の力も同様だった。
レイは、ふわっとした雰囲気のまま、先ずは全てを言い切ることを優先する。
「そして、二つ目の力。それは偶然なのか……まさしく一つ目とは対になる力。それは――授かる力。条件はほぼ同じで、アカネちゃまが与える側から与えられる側に変わるだけのもの」
取り敢えず勢い任せに言ってみたが――もしもレイが聞いている側なら、『なんやねんそれ!』とツッコミを入れることは必至だろう。
疑問符が飛び交う沈黙を破ったのは、マツリだった。
「二つって聞いて、アタシたちが語り継いできた力と違うのかと焦ったけど……なんだ、同じじゃんか。アタシが知ってるのは、奪い与える力。まさしく、貧乳の姉ちゃんが言った二つの力を合わせたものだ」
マツリが驚いていた理由はわかった。呼称が考え得る最悪のものに収束したことは許せないが。
レイは大人の対応で、今度はマツリからの話を促すことにする。
「じゃあ、次はマツリから。何故、アカネちゃまの力を偽ってきたのか。何故、アカネちゃま本人もそれを知らないのか。――チナマッグの長にだけ語り継がれてきたこと、話してくれる?」
「ち、チナ……。あぁ、わかった。ここからはアタシが――チマツリーの長が語り継いできたことを話してやるよ」
いつの間にか、アカネはレイの隣にちょこんと腰掛け、聞く立場に変わっていた。
マツリは改まると、話を始めた。
――先ず一つ、断っておく。
真実との乖離だってあるだろうが、でもこれは、先代たちが目にしてきた事実であることは間違いない。
取り敢えず解釈違いってことで、大目に見てくれ。
じゃあ、先ずはアカネが持っている力のことだ。
いきなり、貧乳の姉ちゃんの言う力とは違うように聞こえるけど――アカネが持っているのは、予言の力ではなくて『与奪の力』だと、語り継がれている。
アカネのその姿を見た者との間で、お互いの利害が一致した上での与奪がなされるんだ。
アカネは毎朝、広場で村人全員を目の前に、同じ予言を口にしてきた。
ずっと、ずっと昔から同じ事を繰り返してきた。
その場ではアカネが、村人全員が同じ平穏を望む。
その思いが一致した結果、皆が望む平穏を得るための与奪が起こることになる。
何が起こるのか、これはあくまでも推測だ。
良いことも悪いことも起こらない平穏というのは、良い運気も悪い運気も持たないようなもの。
その運気を定量的に表現するのなら『零』だろう。
その日、良い運気を持っている村人からは、その運気を奪って零にする。
悪い運気を持っている村人には、他者から奪った良い運気を与えて零にする。
もしかすると、良い運気が不足する日だってあるかもしれない。
その場合は、アカネが元々持っていた良い運気を与えることになるんだろう。
それでも足りない場合は、おそらく……村人の持つ悪い運気を奪ってあげるんじゃないか。
結果、与奪を終えたアカネ自身が持つ運気は、良いものか悪いものか。
あるいは零かもしれないが、それだけは誰にもわからない。
だから、大事を取って、予言を口にするそのとき以外のアカネは、地下の隔離された空間で過ごしているんだ。
でも――これだけなら、アカネに本当の力を隠す理由にはならない。
そもそも、アカネ自身が知らないことを、何故に長だけが知っているのか。
……結論から言おう。
アカネにはまだ、知って欲しくなかった。ただ、それだけなんだ……。
アカネもいずれ必ず、知ることになる。
いずれ必ず、ひどくつらい思いをすることになるだろう。
それがわかっていて、なんて馬鹿なことを繰り返してきたんだって、アタシだってそう思うさ。
でも……それを、先代たちのせいにすることは出来ない。
アタシだって、村の平穏を守ることを思えば……同じ事を、しただろうから。
姑息だって言われても、同じ事をするつもりだったから……。
アカネ、これから話すことに、お前が責任を感じる必要は一切無い。
むしろ『お主が悪い!』って、いつもみたいに、叱ってくれ……。
――先祖代々が守り続けてきたこの地を離れたくない。
だから、先代は壁の外での、変異種との共存を選んだ。
それでも、やっぱり変異種は脅威だった。
この地を離れたくないけれど、やっぱり平穏を望んでいたんだ。
そんなあるとき、この村にやって来たのがアカネだった。
壁の内側からやって来たアカネは、奪い与える力を持っていると言った。
当時の長は、その力をこの村で有効に使いたいというアカネの言葉に全力で甘えることにした。
アカネは、脅威に怯える村人の日々を、良いことも悪いことも起こらない平穏へと変えてくれた。
アカネ自身は、その平穏のことを平凡と呼んでいた。
起こる筈だった良い出来事も平凡に変えてしまうのだと、後ろめたい気持ちも持っていたようだ。
でも――村にとって、誰にでも平等なその平凡は、幸福そのものだった。
「村の平穏を、ワタシの運気が邪魔してしまう」
そう言うアカネは、隔離された場所に一人籠もることを望んだ。
そんなアカネに長が与えた場所は、自分の家の地下室。
その場所で、一人の大切な村人として――自分の妻として、命運を共にして欲しい。
長はその機に乗じて、アカネに一世一代の告白をした。