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109話 アカネちゃま

 自己紹介をするのなら、全員の名前と、黒髪であればその身に宿す力だけは、先に教え合うべきだったのではないか。

 しかも、よりにもよって、知るべき情報量が最も多いであろうアカネから話を始めるとは。

 そのおかげで、アカネは私たちの名前はおろか、その力だって、全く知らないのだ。


 そんなアカネが持つ力は、自他共に『予言の力』であると言う。

 レイが見知った力とは全く異なるその力。

 ただし、アカネは偽りを語ったのではなく、自分の力を知らないだけなのだろう。

 それでよく今の今まで、この村の平穏を守り続けてきたものだが――アカネが持つ『二つの力』は、確かにそれを可能とするものだった。



 本当の力を目の前の幼女に話すべきか、レイは悩んでいた。

 おそらく……村長であるマツリだけは、本当のことを知っているのではないか。

 レイがそんな考えを持ったのは、アカネが『昔のことを一切覚えていない』と言ったから。


 記憶の存続だけは不可能なのだとしたら、その記憶を、意思を正しく伝承できる者が居なくなってしまうのだ。

 きっと、全てはアカネを思ってのこと。あるいは、アカネの……黒髪の力を思ってのことなのだろう。


 でも――そんな思いも、伝承する役目も、世界の拡がりを持って終わりを迎えるに違いない。

 だから、私なんかよりもマツリは今、一人大きな悩みを抱えている筈なのだ。


 無用な心配であることはわかる。私が口を出す問題ではないこともわかる。

 でも……似た顔をして、似た男性を好む。こんな運命的なこの少女の手助けをしたいと、心から思った。



「アカネちゃん……いや、アカネ様?」

「……様などいらぬ。ワシはただの老いぼれ……いや、今は幼女だがの」

「じゃあ、アカネちゃま」

「ちゃま!?」

「私……実はね、黒髪の力を知ることが出来るの」

「……な、なんじゃと!? それは、すごい力じゃのう!」


 この反応――やはりアカネは、自身の本当の力を知らないのだ。


「あなたの本当の力、この場で皆に話しても良い?」

「……むむ? ワシの、本当の力じゃと?」


 アカネは切れ長の目をさらに細めると、怪訝な表情でレイを見つめる。

 やはり、そんなアカネよりもさらに驚いてみせたのが、隣に腰掛けるマツリだった。

 大きく見開いた可愛い目が、これでもかと泳いでみせていた。


「ねぇ、マツリ。アカネちゃまのことを思うのなら、この場で教えてあげるべきだと思うの」

「マツリ……? お前も、何か知っておるのか?」

「……はぁ? あんた、さっきから何言ってんだよ。アカネ様の力が、予言の力じゃないとでも言うのか?」


 泳いだ目で必死に誤魔化そうとするこの少女は、決して頭がチナマッグなのではない。

 ただ無知で純真無垢なだけなのだ。

 そんな少女が向き合わなければいけない現実を、レイは敢えて突きつける。


「世界が拡がった。この村はもう、変異種に怯えることは無い。だから、アカネちゃまは、これまでのようにこの村のために力を使う必要は無い。村の守り神として、その身を犠牲にする必要は無くなった」

「ワシの、身じゃと……? お主、本当に、さっきから何を……!?」

「村人がアカネちゃまを守り神だと言っているのは本当。その身を犠牲にしても、アカネちゃまを守りたいと思っていることでしょう。

 でも――もう、村に守り神が不要だと、村人が思ってしまったら。悪いことが起こらないとわかったから、今まで夢に見た本当の幸せを願ってしまったら?」

「やめろ! ……アタシにだって、わかってる。わかってるから……」



 つい先ほど、世界の拡がりを目の当たりにした少女は、何を思ったのだろうか。

 その事実をまた一人、胸の内に隠して、チナマッグの低俗な嘘に汗をかく未来を選んでいたかもしれない。

 そんな折に私たちがやって来て、その事実が明らかなものとなった。


 少女のその思いを、私たちが計り知ることは出来ない。

 それでも、その思いの大きさを計り知ることだけは出来た。

 変異種にも負けない威圧感を放っていた強気な表情が、ひどく悲しいそれへと変わっていたのだ。

 強くて真っ直ぐな大きな目に、涙を溜めていたのだ。



 そんなマツリの頭を撫でながら、アカネは優しく微笑んでみせた。


「マツリよ。お前は……いや、お前たちは、ワシを思って何かを抱え込んできたのじゃろう。でものぉ……ワシは、マツリのそんな悲しい顔を見たくないのじゃ。じゃから、全部話してくれ。頼む!」


 そんなマツリを横目で見ると、アカネは指で涙を拭った。

「ふぅ……」と、一つ小さい息を吐くと、何かを決意した強い目付きへと戻る。


「……わかった。どうせ、直ぐにわかっちまうことだろうからな。ところで――貧にゅ……オホン。貧乳の姉ちゃんにお願いがある」



 レイの中の湿っぽい雰囲気が一気に干からびた。

 この村の連中は、何故に咳払いで言い直すかと見せかけて、そっくりそのままを言うのだろうか。

 もしかすると、敢えて強調させることで精神的ダメージを増加させるという、高等な話術を使っているのだろうか?

 空気を読んだレイは、乾いた笑顔を浮かべ応える。


「なぁに? チナマ……ゴホン。チナマッグのお嬢ちゃん?」

「ち、チナマッグ……。オホン。――アタシに似たあんたを疑う気持ちはこれっぽっちも無いんだ。でもな、これから全てをアカネに明かすことになる。確認の意味も込めて、アカネが持つ力をあんたの口から言って欲しいんだ」

「マツリ、お主……ワシのことをアカネと……」


 これまで、さぞ当たり前のように『アカネ様』と呼んでいたマツリ。

 何かが吹っ切れたのか、どんな心境の変化からか。

 まるでこれまでとは立場が逆転したかのように……レイには、まるでマツリがアカネの実姉じっしのように見え始めたのだった。



「わかった。じゃあ私から、アカネちゃまが持っている二つの力のことを話しましょう」

「ふ、二つじゃと!?」


 アカネが、その目を見開いて驚きの声を発する。

 眠そうなロキがその声に正気を取り戻したのはどうでも良いとして……。


 えっと……マツリちゃん?

 何故にあなたもそんなに驚いてるわけ?

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