10話 それぞれの国の特徴
そこは六畳くらいで、俺が長年引きこもっていた部屋と同じくらいの広さだった。
雑多に物が置かれているような、想像していた物置とは違った。
雑多なものを整理して入れた箱がいくつか、整頓されて置かれただけ。
質素な木造のその部屋には、ベッドと机も置かれていた。
神父は箱の一つから何やら丸まった紙と、本を四冊取り出した。
紙を机の上に広げ、四隅には重しとして本を置いた。
A3サイズくらいのその紙は、どうやらこの世界の地図のようだった。
短辺と長辺の中心線により、綺麗に四等分されている。
左上の四角の中、その左上には『赤の国』と表記されていた。
右上の四角には『青の国』、右下が『黄の国』、左下には『緑の国』と、全て日本語で書かれている。
「国の名前……そのまんまか!」
思わずつっこんでしまうほど安直なネーミングだ。
まさか、草の色で国の名前が……いや、もしかすると草以外にも特徴があるのかもしれない。植物の他に、人種や動物、あるいは気候などなど。
「……ん? じゃあ、もしかしてここって、黄の国か?」
青、赤、緑の草が生えるところに、二人ずつ転生した。
転生したのは俺を含めて七人で、奇数なのだ。じゃあ、残る一人の俺は、その他の国に転生したと考えるのが自然だろう。
「ふぉっふぉ。その通りですじゃ」
「じゃ? なんかしゃべり方にキャラ付け始めたか?」
いろいろ気になることがあるが、まずは目の前の地図に集中した。
それぞれの国の中央には、お城が一つずつ描かれている。
おそらく、それぞれの国に王様がいるのだろう。
町だか村だかがいくつか小さく描かれ、それぞれ山や川もある。
山はそれぞれの国名と同じ色だが、川は全て水色で統一されている。どうやら水の色は現実世界と同じらしい。
四つのお城が茶色い直線で結ばれており、おそらく道を表示しているのだろう。
それ以外の空白は草原なのか、それぞれの国の色で塗りつぶされていた。
パッと見ると、ただ四等分して四色に塗られただけに見えるその地図。
本当にこんな綺麗に領土が分けられているのだろうか。
「国を行き来することはできるのか?」
「もちろんですじゃ。決め事はありますが、人の往来は自由ですじゃ」
「決め事……」
つまり、人の往来以外で何かしらの決め事があるのなら、それは交易のことだろうか。
それぞれの国で採取できる食料や物資などが異なるのかもしれない。
それに、不可侵的な決め事もあるのだろう。
決め事は追々知っていくとして。
それよりも、直線的に描かれた境界だが、草の色も境界でがらりと変わるのだろうか。
特に、この世界の中心。
此処に立てば、四色の草原が織りなす絶景を見ることが……
「ん? なんか、中央に黒い丸が描かれてるな」
「えぇ。そこは不可侵領域ですじゃ。透明な壁で阻まれて、誰も立ち入ることができません」
「なんだそりゃ……誰がそんな壁をつくったんだ?」
「神ですじゃ」
「ここで神、か……でも、透明ってことは中が見えるんだろ? ここには何があるんだ?」
「半径百メートルくらいの円でしょうかね。でも、中には特に何があるわけではありません。遠目に四色の草原、その始まりが見えるだけですじゃ」
「ふーん。謎の壁、そして領域ってことだな。それで、この紙の外側はどうなってるんだ?」
紙の端部には、何か特別なものが描かれているわけではなかった。
その先には山も川も、草原も続いているように見える。
まるで、この外側に広がる大きな世界のうち、この部分だけを切り取ったような地図なのだ。
「その先にも行くことができません。中心と同じで、透明な壁があるのです」
「マジかよ……なんだこの世界? まるでこの転生にあわせてつくられたみたいな……もしかしてこの世界の神って、あの墓の……」
「ふぉっふぉ。とは言え、この世界は広いですぞ? ここは黄の国の端、ここに位置しています」
神父は、右下の四角形の中、その右下に描かれた集落を指さした。
「ここから中央の城まで、地図では近く見えるでしょう? でも、歩いて優に三日はかかります」
運動不足の俺のことは置いといて。
一般的に、一キロ歩くのに二十分くらいか?
一時間に三キロ。休憩を入れて、一日に十五時間くらい歩くとして……四十五キロ……それを三日間てことは……
「一三五キロか……」
「うんにゃ。二〇〇キロですじゃ」
「距離わかるんかい! てか、ここの住人は歩くの速そうだもんな」
目の前の山羊の他に、猫や虎の獣人もいた。
三日間というのも平均で、個体差がかなりありそうだ。
ということは、この世界の対角線は二〇〇キロの四倍で、八〇〇キロくらいあるってことか。
東京からだと……中国地方くらいの距離だろうか。
「ってことは、ここは端の透明な壁に近いってことか?」
「ですじゃ。ここから城には一本の道が整備されています。そしてその逆にも道があって、そうですな……あなただと二時間も歩けば壁に辿り着くでしょう。わたしなら三十分で着きますがな。ふぉっふぉ!」
「あぁ、俺が運動不足のデブってことは自分が一番わかってるよ! って、やっぱり道があって、その壁の先にも続いてるってことだろ? やっぱ、ここは切り取られた世界なのか……落ち着いたら行ってみるか。実際にこの目で見てみたいし。それに……転生者だけは通れたりして?」
山羊の神父は、まずはそれぞれの国の特徴を教えてくれた。
なんとなくだが、国の色そのままの特性を持っていそうだと予想した。
そしてその予想は的中する。
まず、黄の国は秋のような特性を持つという。
優しく穏やかな性格を持つ獣人が多く、気候も穏やか。山、川で採れる豊富な食材が、他国との有益な交易の材料となっている。
緑の国が、春。
最も多くの種族が暮らす国で、人の出入りが多いためか、この国独自の性格と言えるものを持っていない。
研究国家らしく、自国で採れる豊富な資源でつくった様々な製品を他国に売っているのだという。
結果予知のアレで見た、人間のホルマリン漬け。さらには不死の生物を何度も殺しては何かをしているらしいし……何やら悪い研究もたくさんしていそうだ。
赤の国が、夏。
好戦的な種族が多く、性格も熱く猛々しい。
一方で情にも厚く、体育会系なノリに違いない。俺とは最も相性が悪い国だろう。
武器や防具、戦士の派遣など、武力を交易手段としている武装国家だ。
まさにあの二人が無双するのにふさわしい国ではないか。
そして、青の国が、冬。
閉鎖的で他国との交易が少なく、良い意味冷静、悪い意味冷酷な性格を持っているという。
復讐女にはピッタリだが、あのじいさんがここで幸せな余生を過ごせるか……ドンマイだな。
だいたいのことがわかったところで、気になることがあった。
「神は神だけど、王様はそれぞれの国にいるんだろ? あの肖像画の人物か?」
「ふぉっふぉ。そのとおりですじゃ。各国の神の家、そこには各国の国旗と国王が掲げられております」
「そこは神じゃないんだな」
「ふぉ。神とは導く者、そして祈る対象。そこに実体など必要ありません」
「ふぉ? ……人の心の中に存在するものです。ってことか」
「じゃ。王とは統べる者、そして敬う対象。その、高貴で厳かな御姿、誰もが一目は見たいと思っております」
「じゃ? ……見たいってことは、見れないってことか。だから、『せめて肖像画でも見ててね!』ってことなのか? ……てか、王様って見ることができないのか?」
意図せぬ復活だったが、『生き返ったらやりたいこと』は考えていた。
まず一番が、『この世界を統べる人を見る』だった。
おそらく世界を本当に統べているのは神で、それは実体が無い。
だが、この世界には四人の王がいることを知った。だから今は、せめて黄の国の王だけでも肉眼で捉えたいと思っている。
一度でも見れば、その瞬間から、その人の物語を見ることができるのだ。
国を統べる人の物語がつまらないものの訳が無い。
だが、
「難しい、でしょうな。城下町への出入りは自由です。とても賑やかなところですので、一度訪れてみるのが良いでしょう。ですが、お城に入ることはままなりません。そこには限られた人間しか入ることができないのです」
「一族の人間ってことか? でも、獣人の兵士だっているだろうし、中に入れるだろ?」
「兵士が守るのは、あくまで城の外だけです。蟻一匹も中に入れなければ、中で何かが起こるわけが無いのですから」
「でも、一族しかいないんじゃ、小さな城ってことか?」
「うんにゃ。代々気高く、そして元気な人が王になると聞きます。一族と言うのは、それはもうたくさんいるのです」
「代々、子だくさんってことか……こんな白豚の俺が一族になれるわけ無いしな。じゃあ、入るのは無理ゲーか……」
「ですが、招待されるのなら話は別ですじゃ」
「招待……国民栄誉賞でも授与されるか? それとも、国民に大人気の旅芸人になるとか……それこそこんな俺には不可能な……」
ふと、思った。
神父が言っていた、適材適所という言葉。
正真正銘何もできない俺だが、唯一得た能力がある。
『物語り』だ。
物語りは、一人で引きこもってすること。そう思っていたのだが、人に語ることも有り寄りの有りでは無いか?
何やら面白い物語りがいる、と言う噂が広がって、城に呼ばれることだってあるんじゃないか?
……そもそも対人スキルゼロの俺が、人前で語るなど想像できない。
とは言え、物語を観ること、読むことは三度の飯よりも何よりも大好きなのだ。
頭の中で妄想を繰り広げるのも得意中の得意。
つまり、六人が紡ぐ異世界物語を、この世界の住人に語ってやれば良い。
お金を稼げるかはわからないが、それは立派な仕事にもなり得る。
この家で無銭衣食住を続けても、文句を言われないのではないか。
「決めた。俺、―――よ。……あ?」
『物語を読むよ』そう言ったはずだった。
だが、その言葉だけ、口から音波として発されることが無かった。