表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

109/184

108話 アカネの力

 先の部屋に戻ると直ぐに、マツリは床に敷いてあった布を捲り始めた。

 布の下には、さらに木の板が敷いてあり、それを取り外すと――


「地下へと続く階段、か。どおりで、力が下にあると思ったんだ」


 シンジは、黒髪の力がこの部屋の下方にあったことはわかっていた。

 いつその力のことを聞こうかと様子を窺っていたところ、予想外の悶着が起こってしまったのだ。

 アカネが常に身を潜めている場所を教えると、マツリはすぐにその場を元の状態へと戻した。


 改めて、その布の上で、六人が顔を突き合わせる。

 何故か、ビエニカはチマツリー側に立っており、三対三で向き合う形の対話が始まる。



「先ずは、自己紹介でもしようかの?」


 どう見ても幼女の黒髪が、腰を掛けながらその場の仕切りを始める。


「なぁ、アカネ様……アタシたち、ちょっと席外しても良いか? ちょっくら――ガキつくってくるわ!」


 マツリがソワソワと落ち着かない様子だったのはこのためだろう。

 シンジの手を掴み、この場を去ろうとするマツリに、レイは目を見開くだけで微動も出来ない。

 代わりに、アカネが溜め息交じりにそれを止める。


「待つのじゃ。赤子は、どうせすぐには出来ぬのじゃからな。話が終わってからでも変わらぬじゃろうて」

「そうなのか? 見晴らしの良いところで、せ……接吻したら、コウノトリって鳥がガキを運んできてくれるんだろ?」

「「――!?」」


 その瞬間、レイとシンジは、この村の保健教育事情を察した。

 レイは自身の口を手で押さえ、目の前の自分に似た純真無垢な少女を、心から愛おしいと思い始めるのだった。



「――マツリ、腰掛けなさい。他の四人もじゃ」


 何故かマツリはこちら側に腰掛け、似た顔がシンジを挟む形に。

『なるほど――オセロの原理で、挟まれた彼の心境に何らかの変化が……起こるか!』

 胸の内でノリツッコミをするレイだが、期待感を捨てきれないのは言うまでも無い。

 アカネの咳払いで渋々と対面側に腰掛け直すマツリを、悲しげに見届けていた。


「本来は村長むらおさから紹介を始めるべきじゃろうがの。ここは年長であるワシから始めるとしよう」

「年長だと? どっからどう見てもガキじゃねえか!」

「……これ、チナマッグはこっちに腰掛けるのじゃ」

「誰がチナマッグだ!」


 そう言いつつも、ロキは言われたとおりビエニカの隣に移動する。

 黒髪よりも、チナマッグ風という括りの方が落ち着くのだろうか。


 ロキの言うとおり、マツリはどう見ても十歳にも満たない幼女だ。

 ただし、自身の力を使い生き存えていることは、村人の話でわかっていた。

 その場にロキも居た筈なのだが、寝ていたか鼻ほじりに夢中だったのだろう。

 そんなロキが腰掛け直すのを、レイは無関心に見届けていた。



「既に知っておるじゃろうが。ワシの名は、アカネという。お主らと同様、別の世界からやって来た黒髪というやつじゃ」


 改めて、レイは『赤の国に相応しい名前だな』と思っていた。

 ただし、アカネは元々この世界の住人ではないから、それはただの偶然なのだろうが。


「口にしたことが現実のものとなる。ワシはたった一つ、そんな力を持っておる。それが、この村では『予言の力』と呼ばれておるのじゃ」

「そうだ。アカネ様はすげえんだ!」

「これ、持ち上げるでない。そもそも、ワシのこの力は悪いようにも働いてしまうのじゃからの」


 続けてアカネは、先ほど村人に聞いたとおりの話をした。

 対となる悪いことが起こらないように『良いことも悪いことも起こらない』という予言で、この村に平凡を与えて続けてきたという。

 平穏を平凡と言い換えていたところだけが、村人の話とは異なる点だった。

 シンジは頷いていたが、レイは表情には出さずに、大きな疑問を抱き聞いていた。



「ワシのことを守り神じゃと称える輩もおるようじゃがの……この村に起こらないのは『悪いこと』だけではない。起こるはずじゃった『良いこと』でさえも、ワシは平凡に変えてきたのじゃよ……」

「だから、アカネ様は考え過ぎなんだって! アタシらにとっての良いことは、この村に悪いことが起こらないことなんだよ。だから、大人しく守り神って言われてろ!」

「――それだけなら、それも出来たやもしれんの。じゃが、こんなワシは……人様の犠牲の上で生きておるのじゃ……」


 予言の力で自身を若返らせることで生き存えてきたと、村人はそう教えてくれた。

 その対となる出来事は『年老いる』だろう。

 つまり、アカネが若返った分だけ、身近な誰かが寿命に近付くということか。


「アタシらは、アカネ様への感謝はあっても恨みなんか持っちゃいない。アタシは、たまたまこの力を継いじまったから……。でも、アカネ様の代わりに年老いろって言われたら、喜んでその役目を引き受けた! 村人だって、全員が同じ気持ちなんだ!」

「ありがとう……こんな、ワシのことを……」


 幼女はその目に涙を溜めて、泣きじゃくり始めた。

 マツリにその小さい頭を撫でられる様子は、まるで、姉に慰めを受ける妹のように見えた――




「――ワシはの、情けの無いことに、昔のことを一切覚えておらぬのじゃ。覚えているのは、こんなワシを助けてくれたこの村への恩義だけ。その恩を返すためだけに、ワシは生きている。いや、生かされておるのじゃ」


 泣き止み落ち着くと、アカネは話を再開する。


「まさか、記憶喪失……? それとも、それほどまで昔にこの世界にやって来たというのか……?」


 シンジは、ここで初めて考え込むような仕草を見せ始める。

 レイと言えば――抱いていた大きな疑問に対する、自分なりの答えを導こうとしていた。



 レイは、アカネの力を知っていた。

 変異種の一新により『コタロウの力を共有する力』が『力を借りる力』へと強化されていた。

 今は、ミュウの『力を知る力』を借りている。


 本来の力が身体的な能力まで知ることが出来るのに対して、借り物の力では、特殊な力の概要的な情報しかわからない。

 もちろん、それだけでも十分なのだが。


 アカネを一目見て、レイが知ったその力。

 それは本人が言うとおりの――たった一つの力でも、予言の力でもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ