100話 住人
一組の、対を成す二人の神が居た。
一人は世界に始まりをもたらす神。一人は世界に終わりをもたらす女神。
神はあるとき、四色の草原が織り成す、幻想的な世界をつくった。
生を与えると、人々は平和にその世界での時を過ごした。
あるとき、女神はその世界に、終わりの種を蒔いた。
種は成長し、人々に脅威を与えた。人々はそれを『変異種』と呼んだ。
その世界は綺麗な代わりに、脆弱だった。
次に、神は世界に機会を与えた。
世界を見えない壁で囲い、変異種を外側に追いやったのだ。
住人のほとんどは内側での永住を選択した。中には生まれ育った地を離れずに、変異種との共存を選択する住人も居た。
終わりの種は、世界の外側でさらに成長を遂げることになる。
そんなあるとき、神たちの想像を超える力を持つ存在が現れた。
それは壁を壊し、世界の内側に大いなる厄災をもたらした。
女神は、厄災にもたらされる世界の終わりを望まなかった。
そして、自身の命と共に、大いなる厄災を封じ込めた。四色の草原が交わる『始まりの地』に。
世界には再び、平穏で長い時が流れた。
だが、神は知ることになる。
このままでは、世界を終わらせることが出来ない。
終わりをもたらす女神の復活が叶わないのだ。
見えない壁をつくったことで、神の力は大きく減衰していた。
長い時を経ても、一向にその力が回復しないのだ。
神は、自らで選択肢を生み出した。
一つ、『壁を取り去り、力を戻すこと』
長い時の経過と共に、世界の外側では終わりの種が強大に育っている。
女神が世界を終わらせるよりも先に、変異種により滅ぼされてしまうだろう。
よって、神は『力を得ること』を選択した。
神は、世界の内側のあらゆる存在から、その力を得ることが出来る。
いずれ元の力にまで回復することが出来るだろう。そう考えていた。
ただし、脆弱なこの世界では、どんなに時間が経過してもそれは望めないのだ。
神は、一つの理をつくった。
それは世界の内側、各色の草原に一体ずつ、変異種が生息するというもの。
変異種と共存することで、内側の住人の力は自ずと強化されることだろう。
だが、住人は一切の争いを求めなかった。
そもそも、住人が束になっても変異種には到底敵わないのだ。
神は、理を修正する。
意図せぬことだが、壁の近くに生息する変異種ほど、その力が弱いようだった。
神は、内側に放たれる変異種を、壁に最も近いもの――最も弱いものへと変えたのだ。
加えて、変異種を討伐することで、その力を得ることが出来るようにした。
だが、それでも住人は争いを選ばなかった。
困った神は、別の力を得るべく、また新たな理をつくった。
別の神がつくった、別の世界。
その世界の住人が、願った力を宿してこの世界にやって来る。そんな契約を取り交わしたのだ。
ある一定の時に、ある一定数の、力を持つ者がやって来る。
その理は、変異種に及ぶほど強大な力を寄越した。
黒い体毛を持つその者たちは、黒髪と呼ばれた。
だが、黒髪の多くも、争いを望まずに生を終えることになる。
最後に、その力は神へと返還される。
この世界の住人とは比べものにならない力。
それでも、女神を復活させるまで回復するには、神でさえも長いと感じる時を要することがわかった。
だが、他にもわかったことがある。
変異種を討伐することで、黒髪の力はさらに大きく成長するのだ。
これは、先につくった理のおかげだった。
神はまた、理を修正する。
生を終えた黒髪の力をすぐには返還せずに、同じ時にやってきた黒髪に宿らせることにした。
結局、最後に神に返還される力の量は同じ。
だがこの理により、黒髪はより多くの変異種を討伐し、最後にはより多くの力を返還出来るだろう。
また、神は知った。
変異種が持つ力に、変化が生じていたのだ。
これまで持っていたのは、並外れた筋力や体力など、その身体の能力と呼べるようなもの。
それが、いつしか黒髪が願い得たような『特殊な力』へと変わっていたのだ。
そして、特殊な力によっては、住人でも討伐可能な変異種も現れることになる。
その場合、住人が討伐した変異種の力は、その住人ではなく最も近しい黒髪へと移動し宿ることがわかった。
ただし、それは世界の内側の場合。
それが外側であった場合、力の移動は制限される。
見えない壁は、あらゆる力の行き来を阻むのだ。
黒髪が一切存在しない外側で、その行き場の無い力は、討伐したその住人に宿ることになる。
ただし、その力は特殊な力ではない、変異種が本来持っていた身体能力として宿る。
そして、その住人が生を終えても、その力が消えて無くなることはない。
外側の親しい住人へと、受け継がれていくのだから――
「結局、何が言いたいわけ?」
「外側には、変異種との共存を選択した住人も居そうだろ? もしも外側で、その住人が変異種を討伐したらどうなる?」
「……その力は、本来は最も親しい黒髪に移動する。でも……黒髪が外側に行くためには力が必要だし、わざわざ行く必要性も無い」
「あぁ。だから、外側に黒髪は居ないものと考える。じゃあ、その力は内側に居る黒髪に移動したいんだが――」
「見えない壁は、あらゆる力を阻む。……僕の所在を知る力が、壁の外には及ばないのが良い例か」
「じゃあ、内側に移動出来ないその力は、何処へ行く?」
「……それで、あんたの憶測ってわけか。私たちが願い得たような『特殊な力』は、変異種と黒髪にしか宿らない。でも元々は、変異種は特殊な力ではなくて、優れた身体能力のようなものを持っていた。住人に討伐されたその特殊な力は、身体能力に変わって――」
「討伐した住人に宿る! どうだ?」
「あんた、よくもそんなこと考えるよね……」
「身体能力――例えば腕力、脚力、体力、知力、空気を読む力……などなど。変異種を討伐すると、それらの能力が大幅に上昇する。
何が上昇するかは、討伐した変異種に寄るか、あるいは討伐した住人の特性に寄るか……って感じか?」
「ほんと、あんたはゲーム脳ね。例えば……ロキみたいなのは腕力と体力しか上昇しない……」
「もしもそんな住人が居るとしたら……騎士団の団長とか、その末裔だったりして? 武の団長は武力重視、知の団長は知力重視で、代々その力を受け継いでいる。どう?」
「おぉ、ミュウも意外と面白いこと考えるよな!」
「その憶測が合ってたとして――それ、前日に言うことじゃないよね?」
「明日、僕たちが向かうのは、赤の国の拡がった地。そこにもそんな住人が居るかもしれない……?」
「あくまでも憶測だ。それに、もしも住人が居たとして、外側で生きてた時点でヤバいヤツらだろ? ――ってことで。二人とも、明日から気を付けてくれよな!」
それは、四人が目的地へと旅立つ前夜のこと。
まさかその後、四人の身にあんニャことや、こんニャことが起こるとは――
「おい、そこの猫神父! 変なフラグ立てるのやめろ!」