99話 時を戻す力
イゾウの力はまさに、この世界が――神が求めるもの。
コタロウとミュウは、イゾウのその言葉に一瞬驚くも、だがすぐに納得を始める。
――きっと、戻せる時には限りがあるに違いない。
イゾウは『赤子にまで戻ることが出来る』と言っていた。つまり、五十年程度であれば時を戻すことも可能なのだろう。
だが――それでは女神を、生きていたその時まで戻せない。
全くと言っていいほど力が足りないのだ。
まさしく求める力が現れたというのに――望むその時まで戻すことが出来る力は、もはや今後、現れることなど無いのではないか……。
「ふん、そう残念がるんじゃない。変異種の一新で、お主らの力も強化されたじゃろう? ワシのこの力もな、以前にも一度、強化されておるんじゃ」
前回の一新がおよそ三百年前だと聞いたから……イゾウは少なくとも、三百年はこの世界に生きている、ということか。
「時を戻す力――それは、ワシが触れたあらゆるモノを、過去の状態へと戻す力じゃ。壊れたモノを壊れる前の時まで戻せば、それはまるで直ったように見えるじゃろう。怪我をした部位を怪我する前の時まで戻せば、まるで傷を治したように見えるじゃろう。
――この力はのぉ、己だけは対象に出来んかった。己以外の人、物だけが対象じゃった。対象の時を、最大で一年戻すことが出来る――それが、元々のワシの力なのじゃよ。
それがの――一度目の強化で、己も対象とすることが可能となったのじゃ」
一度目の一新が遅ければ、イゾウは寿命を迎えていたかもしれない。
ということは……イゾウがこの世界にやって来たのは、おそらく三百二十五年前と考えて間違いが――
「……ん? 戻せる時は最大で一年……? じじいさっき、本気を出せば赤子にまで戻れるとか言ってなかったか?」
「ほっほっ! 逸るでない。ワシの力は、対象の時を最大で一年戻すことが可能じゃ。さらに、一度戻した時を再度戻すことだって可能なのじゃよ」
「そうか、一年ずつ何度も戻していけば……」
「それは間違い無い、のじゃが……実はのぉ、一度時を戻したモノは、暫くは再度戻すことが出来んのじゃ。その期間は、実に半年ほど――」
「なる、ほど……一年の時を戻したら、半年老いながら待って、また一年戻す。つまり、一年で戻せる時は、最大で一年。それを五十年ちょっと繰り返せば、赤子に戻ることも可能、ってことか」
「そういうことじゃ。そろそろ時を戻しにかかる時期じゃて。良い感じの若い頃、『ワシ、格好良くね?』な時代に戻ったら時を戻すのを止めて、『ワシ、そろそろお陀仏じゃね?』というギリギリな時代に到達したら、時戻しを始めるのじゃ!」
――果たして格好良い時代などあるのだろうか?
失礼なことを考えていたコタロウは、ロキの視界がヤバい展開に陥っていることに気付く。
すぐ近くまで到達していたシンジたちに状況を教えることで、何とか事なきを得ることが出来たのだが……急に大声を上げる俺に、イゾウは飛び上がるほど驚いていた。
『天に召される前に』と、ミュウが焦って問い掛ける。
「それで、今回の強化ではどうなったの? ……って、わたしにはわかるけど」
「ふん。実はのぉ、一新した事実は犬ころに教えてもらって知ったんじゃが……肝心の、如何なる強化が施されたのか。自分では未だわからんのじゃよ……」
「そっか。じゃあ、教えてあげるね!」
ミュウがボケる方に一票を入れる俺。
「――寿命が一年延びたみたい! わぁ、じじい、すごいね!」
「ま、まさか……たったそれだけの強化、じゃと……? ふむ……これでは、女神さまの復活に至るにはまだまだ……」
ミュウの毒ボケ体質を知らないイゾウは、あからさまに落胆を始めた。
更に寿命が縮まることを恐れたのか、ミュウは直ぐに訂正を始める。
「ごねん、本当はね――これは、この世界にとっては残念な強化。でも、凄いよ。一年という上限は変わらないけど――時を進めることも出来るようになったみたい!」
「――な、なんじゃと!? でも、たしかに……時を進めて何に成るとも思えぬし……次回に乞うご期待、というやつじゃな。よし、若人たち――後は任せた!」
なんとも前向きで他人任せの老人のようだ。
もしも今が若人姿なら、『お前も頑張れよ!』と言えるのだが――もしかすると、他人任せにしやすいように、意図的に老人の姿で生きている……?
「でも……力の強化って、神さまがつくった理によるものだよね? そんな神さまなら、じじいの力を都合良く強化することだって出来るんじゃ……」
『結局この女子もじじいと呼ぶんじゃな……名乗った意味よ……』
みたいな顔をしているイゾウをさておき、応えてくれたのは犬神父だった。
「えぇ。そう思うのも仕方の無いこと。ですが――そんな理がなければ、力の強化は叶わないのです」
「つまり――神さまは、直接的に力の強化をすることは出来ない。あるいは、出来るけど、理による強化と比べると大きく劣る。そんな感じ?」
「そんな感じだワン! ――神さまもきっと、じじいの力が現れたときには大いに喜んだことでしょう。そして、でもすぐに、残念に思ったに違いありません」
急に『ワン!』と吠える犬神父に驚くコタロウとミュウ。
だが、『バウ!』や『ワウ!』などの馴染みが無い吠え方じゃなくて良かったと、内心ではホッとしていたのだった。
「――結局、ワシに出来るのは、この『時を戻す力』を育てることだけ。じゃがしかし、ワシは変異種を討伐することなど到底叶わん。故に、若人のお主らに任せる、というわけじゃ。以上!」
「以上、じゃないでしょうが! ……わかった。じじいが持ってる情報、全て置いて逝きなさい」
「追い剥ぎに遭っている気分じゃし……お主ら、誰も名前で呼んでくれんし……。まぁ、仕方あるまい。世界の始まりに導かれたワシじゃから、お主らに与えられるのは情報だけじゃろうて。
――じゃが、しかしのぉ……お主らが真に求める情報を与えること、それは叶わぬのじゃよ……」
その答えは、俺も予想していた。
ミュウだって、脅したところで得られるものではないことはわかっている筈だ。
「それは、知っているけど話せないってこと?」
「ほっほっ。知っているのなら、激しい拷問の末に口を割るかもしれない。そう考えておるのじゃろう?」
「……違います」
少し間があった気がするが、俺の気のせいだろう。
「残念なことに、覚えておらんのじゃよ。この犬ころに導かれたこと。この世界で生き続け、己の力を育てることを選択したこと。それしか、覚えておらんのじゃ……」
「それは、覚えてないけど記憶にはあるってこと?」
「ほっほっ。後頭部を上手く殴打すれば思い出す。そんな物騒なことを考えて……おらんじゃろうな!?」
「…………違います」
何というか――予想していた人物像は、この世界のあらゆることを知っているミステリアスな男、だったのだが……。
まぁ、親しみやすいということで、聞き取りを始めることにする。
「これまで会ってきた黒髪のこととか、話せることも多い筈だろ? 先ずは、そうだな……世界が拡がって、赤の国に急に現れた力のことだけど――」
「ほっほっ。それならワシにも見当がつくわい。それはきっと、アカネの力じゃろうて」
「アカ……」
「ネ?」
次話から新章に入ります。