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00 プロローグ

 百年前――とある地に、一人の男が生を受けた。

 生まれながらに特殊な能力を持ったこの男は、物心が付くとすぐに、自身を『異世界からの転生者』だと悟った。


 男は、人の願いを叶えることができたのだ。

 人が、心の奥底から強く望む願い。たとえそれが私利私欲にかられた願いであっても、その願いは、男の耳に届くだけで叶えられた。

 男は、そのことに気が付くとすぐに、自分の耳を潰した。本当に必要な願いだけ、男が心から叶えてあげたいと願ったものだけを叶えるために。


 五十年という短い生涯を終える瞬間、男は最後に願った。それは、男にとって最初の願いでもあった。

 決して人目のつかない場所に自分の墓を建てること。

 五十年後、強い願いを持つ七人を、自分の墓へと案内すること。

 その願いは遺言となり、男の子孫により叶えられた。




 ――四月某日。

 とある地へと向かうマイクロバスには、七人の男女が乗車していた。

 目的地には、どんな願いも叶えるパワースポットがあるのだという。

 そしてその地は、五十年に一日、たったの七人にだけ解放される。

 人選の基準は不明だったが、選ばれたその七人は、必ず願いが叶うというその話を一切疑うこと無く参加した。


 場所の特定を防ぐためか、そのバスには窓が一つも無かった。

 出発してから三時間後。

 目的地に到着すると、七人は事前に決められていた順番で下車した。



 最初に下車したのは、十七歳の少年だった。

 一人、バス前方の仕切りを抜けると、出入り口から外へと出た。

 外は真っ暗だった。時刻はまだお昼前後のはずだから、どこか建物の中であろうと推測した。


 十メートルほど前方に、ぼんやりと光る何かを見つけた。何の説明も無かったが、それが目的の場所であるとわかった。

 その光に近づくと、それがお墓であることに気付いた。

 何の変哲も無い、大きくも小さくもない、ただのお墓。そこには質素な花が、多くも少なくもない本数供えられていた。

 その墓は、下方からただ一つの照明で照らされていた。


 『願え』


 墓石の正面には、ただそれだけが大きく刻まれていた。



 ――一人目。

 その少年はボクサーだった。幼い頃から、その拳一つで強者の座に君臨してきた。

 公式でも非公式でも、どんな試合にも負けることは無かったし、これからも負けることは無いという自信もあった。


 少年は、今以上の『絶対的強者』となるための拳を手に入れたいと願った。

 自分のこの拳に限界は無い。

 ただの一撃で全てを終わらせる、誰よりも強い拳を手に入れることを望んだ。



 ――二人目。

 二十二歳のその女性は、棋士だった。

 可愛すぎる棋士として脚光を浴びてから早五年。未だに人気が衰えることはないが、名実ともにデビュー時を上回ることはできなかった。

 対局相手の考えを全て読むことができれば、負けることは無いだろう。だが、全てを読んで勝利するという、機械的に生み出された結果を願うことは無かった。


 女性棋士は、『結果予知』ができる能力が欲しいと願った。

 勝つことがわかれば、そのまま自分の思うとおりに指せば良い。負けることがわかれば、その結果を変えるような一手を考えよう。

 結果を導くのではなく、結果から手段を導くことを望んだ。



 ――三人目。

 二十八歳のその男は、実業家だった。

 貧しい家庭に生まれながらも、両親から大きな愛情を注がれたその男は、恩義を胸に勉学に励んだ。

 先を見る目、そして人を見る目に優れたその男は、カリスマ実業家として脚光を浴びるようになった。

 だが、周りに人が集まるようになって気が付いた。それは初心、人への恩義だった。

 自分に寄ってくる人間のほとんどが、自分への恩義を持っていない。それは、周りの人間の問題だけでは無く、自分の問題でもあるのだろう。


 男は『絶対的カリスマ性』を持つことを願った。

 人を支配するのではなく、導ける人間。人の道標となることを望んだ。



 ――四人目。

 二十歳のその女子大学生は、ある男を死ぬほど強く憎んでいた。

 その男とは、高校三年生の時に交際を始めた。卒業後はそれぞれ別の大学に進学したが、男の希望により、女が契約するアパートで同棲することになった。

 大学を卒業したら結婚をしよう。そんな口約束だけを交わして、愛し合っていた。


 だが、それは一方通行の愛だったと知った。

 ある日、部屋に帰ると、愛する男は見知らぬ女と交わっていた。女は、その男の口から事実を聞き出そうとした。

 だが、逆上したその男に、荷造り用のヒモで首を絞められた。

 奇跡的に、女は死ななかった。だが、気が付くと男の姿は影も形も無くなっていた。部屋には首つり自殺の痕跡がつくられていた。


 女は『完膚無きまでの復讐』の機会を願った。

 わたしは死なない。何度殺されても、絶対に、お前を不幸にしてみせる。そう、誓った。



 ――五人目。

 六十一歳のその男は、つい先日、定年退職を迎えた。

 普通に結婚して、普通に孫もできた。そして、普通の余生を迎えた普通の男だった。

 男は、普通が一番の幸せだと考えていた。だが、その幸せは、いつか振り返ったときに感じることができるものだ、とも。


 そして今、定年という一つのゴール地点で振り返ってみた。だが、何も感じなかった。

 まだ早いのかもしれないという思いと、一生感じることができないのでは、という虚無感を覚えた。

 ゴール地点で立ち止まり、男は思った。せめて、人の幸せを願おう。これから三十年余り、一日一人ずつの幸せを願おう。


 男は『人の幸せ』を願った。

 死ぬまでの間、一人でも幸せになってくれれば良い。顔も知らない誰かが一人幸せになったとしても、それを知る術はない。でも、願いが叶ったと思うだけで、自分が幸せになれるに違いないから。



 ――六人目。

 十六歳のその少女は、あらゆることに反発していた。

 理不尽な社会、大人、ルール。そしてそれに従うだけの子供。さらには、自分の人生にすら反発していた。


 そんな少女は、他人からの反発の対象ともなった。人は鏡なのだ。善意を持って接すれば善意で返ってくる。その逆も然り。

 鏡だけど、でも、跳ね返すことはできない。人の反発を受けて、少女の精神は衰退していった。

 どうせ鏡なら、全てを跳ね返せれば良いのに。


 少女は、『絶対的反発』を可能とする体質になりたいと願った。

 他人からの反発をも跳ね返す強い心を持ちたい。受けた善意はそっくりそのまま返そう。受けた悪意、反発は、そっくりそのまま相手の精神、その核へと跳ね返す。そんな体質を持つことを望んだ。



 ――七人目。

 三十二歳のその男は、ニートだった。

 特にいじめを受けたことも無く、ひどい扱いを受けたことも無い。ただ、何もしたくなかったのだ。

 男はいつも、異世界に転生していた。もちろん実際の異世界ではなく、小説やアニメによって、男の頭の中につくられた異世界だった。

 その異世界での主人公はいつも、男自身ではなかった。

 男は、物語を読むことが、見ることが好きだった。そしてずっと、異世界転生への憧れを持っていた。


 今この場所にいる七人は、いずれも何らかの強い願いを抱いている。そして、自分を除く六人からは、並々ならぬ強い思いを感じ取ることもできた。

 もしもここにいる全員で異世界に転生することができたのなら。

 きっと、全員が主人公にふさわしい異世界生活を送るに違いない。


 一つの異世界に転生された六人もの主人公。

 その物語を、ただの村人として、ただ傍観できたら。リアルタイムで更新される物語を、ただ読むことができたら。

 それはどんなに幸せなことだろうか。


 男は願った。

 復路でバスが事故に遭い、乗客全員が『異世界へと転生』すること。

 そして、その『物語を読む』ことを。

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