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穴があったら入りたい。正直、そんな気持ちでいっぱいだった。後から考えれば、オレのやったことは訳がわからないにもほどがある。全部無かったことにして、帰ってしまいたい。


「ナオトよ、大丈夫か」

「ああ、問題ない。すまない、変なところを見せた」


何でも無い振りをする。ナタリアの前でだけは弱い自分でいることはできない。オレが折れてしまえば、きっとナタリアは途方に暮れてしまうに違いないからだ。


あの後、使用人に案内されて、オレ達は城の一室で一泊を貰えることになった。今は用意してもらった寝巻に着替えて、ベットに寝転んで休んでいる。そこにナ タリアがやってきて、オレの寝ているベットに腰かけていた。寝巻は布地が薄くて、ナタリアのようにプロポーションが良いと、変な気持ちが湧きそうで困る。


「……ナオトよ。お主には苦労をかけるのう」

「なに言ってんだよ。このぐらいは苦労の内に入らねーって。断られることだって予想の範囲だから、気にするな」

「……やっぱり、お主は強いな」

「強くなんかねーよ。別に、強かろうが弱かろうが土下座くらいは誰にだってできる。失敗したのも、最初から上手くいく見込みが薄かったからだしな」

「のう、ナオトよ。相談があるんじゃが」

「ん? どうした?」

「妾は、魔王の座にこだわるのをやめようと思うのじゃ」

「そうか。それも良いんじゃないか?」


ナタリアがそれを言うのか、という言葉は言わない。出会ったばかりの頃に聞いた『妾はお父様の娘として、死ぬまで魔王であり続けるぞ』というセリフが懐か しい思い出としてよみがえった。あの時に交わした臣下の約束も、時間と共に風化していくのかもしれない。だが、オレの力で事態を打開できない限り、オレに ナタリアを止める権利はなかった。


「……お主はもっと怒ると思ったのじゃがな」

「そんなことはねーよ。そもそも魔王に向いてないって言い始めたのはオレだしな」

「そのわりには、ニキに魔王として推してくれたではないか」

「別に、お前が魔王なのも悪くないかなって思っただけだよ」


思い返せば、いつから心変わりしたのかわからない。能力不足さえどうにかなれば、ナタリアが魔王という世界も悪くないと考えている自分が不思議だった。


「それで、魔王を諦めるなら、お前はこれからどうするんだ?」

「国境警備の仕事をしてみようと思うのじゃ。知らなかったことを知るためにもニキの提案は悪くないと思う」

「そうだな。ニキはナタリアのことを気に掛けてくれてるみたいだし、良いと思うぞ」

「それでな、ナオトよ。お主も一緒にどうじゃ?」

「ん? オレか?」

「お主の拒絶の魔術は戦闘向きじゃ。珍しいゆえ、重宝されると思う。それに才能もある」


ナタリアと一緒に国境を脅かす魔物を退治する。悪くない気がした。魔王の臣下から、元魔王の相棒というのも面白そうだ。それにオレも魔界については知らないことが多い。ナタリアと一緒に知らない者同士で新しいスタートを切るのも、充実した選択枝だ。


「悪くないな。いや、むしろ良いかもしれない」

「ふふ、そうと決まれば、明日にでも妾からニキに話しておこう」

「頼んで良いか? ちょっと、オレ、まだニキと顔合わせにくいし」

「うむ、任せるが良い」


こうしてオレ達の新しい方針が決まった。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



ニキが快諾してくれたのは言うまでもない。もともとニキは、ナタリアにそうして欲しくて誘いの手紙を出してくれていたのだから当然だった。オレとナタリア は、ハミルトン城に最寄りの街で部屋を借りて生活することになった。これは知らなかった世界を知りたいというナタリアの強い要望だ。街で生活し、仕事とし て国境警備をする。ナタリアの住んでいた魔王城は、期限を過ぎた後に手を付ける約束になっているので、現状そのまま放置だ。


街の名前は《アシュタシル》という。鉄道の中継点であり交易が盛んで、未開拓の地が近いため、新しいチャンスを狙ったベンチャー企業が多い。そのため、街 の様子も革新的な空気が流れている。数年後には領土拡大を行うと言った噂が、常に付きまとっている土地だった。もっとも当の領主ニキ・ハミルトンに伺う と、危険が解消される目処が立たないため、領地拡大は視野に無いと言っていたが……。


そんな田舎にしては賑やか、都会にしては地方という、どちらの側面も持ったアシュタルの一軒家にオレ達は案内された。立地条件は二等地、部屋の広さは普通だが、木造築五年と比較的に新しく、二階建ての物件が多い中、三階建てという縦に高いのが特徴的な住居だった。


「こちらの物件はいかがでしょうか?」


オレ達を案内していた物件屋が訊いてきた。それにナタリアが答えた。


「むぅ、ちと部屋の広さが小さすぎるのではないかのう? ナオトもそう思うじゃろう?」

「そんなわけねーだろ。めっちゃ良い物件じゃん。……ぜひ、ここでお願いします」


オレのプッシュによってアッサリ決まった。日本でオレの住んでいたアパートに比べたら十倍は広い。間取りも悪くないし、この街で入居待ちの物件を探そうと 思ったら、これより良いものは中々無いだろう。それこそ一等地になってしまうし、そうなると金持ちと見られて面倒くさい。バランスを考えるなら最高だっ た。


「今更じゃが、ナオトよ。この物件のどこが気に召したのかわからんのじゃが、どうしてこの物件を選んだのじゃ?」


「そうだな。部屋の広さについては意見が分かれそうだから、置いておくとして、わかりやすいのは買い物のしやすさだな。まだナタリアはイマイチわかってな いと思うけど、大きい市場通りが近くて足りない物を買いに行く時に便利だし、仕事帰りに買い物して帰るのも便利だ。災害が起こって逃げるのも同様に大通り が近くて非難しやすい。あと、日光が入りやすい立地と三階が他の建物より高めだから、洗濯物が乾きやすい。そして、なにより、安い。やっぱ安さは正義だよ な。領主ニキ・ハミルトンのおかげかもしれないけど、すげー安い。正直、驚いた。うん、安い安い。マジ安い」


「そ、そうか……。改めて思ったが、お主は根っからの庶民なんじゃのう。そんなに安いのが嬉しかったか」

「あれ? どうしてナタリアからそんな反応を受けているんだ? 変なこと言ったか?」

「いや、お主が熱く語るのが珍しかっただけじゃ」


それは、まあ、一人暮らしで生きてきた貧乏学生としては、熱くもなるものだろう。


「それで、とりあえず、住むところはこれで決まったけど、内装はどうしようか? ナタリアは何かリクエストあるか?」

「良くわからんのじゃ。強いて言えば、なにをリクエストすれば良いのかわからん」

「それじゃあ、まあ、その辺りはぼちぼち見て行くか」


こうしてオレ達は家具や小物の類を調達しに行った。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



よく考えたら、これって同棲じゃないか。という事実に今さら気付いた。いや、城に居た時も同棲と言えば同棲だったのだが、住居の大きさが違い過ぎる。一城と一軒家だったら、同じホテルに泊まるのと、同じ部屋に泊まるくらいに意味合いが変わるのだ。


「のう、ナオトよ。店員がペアの銀製食器を勧めてくるんじゃが」

「ぺぺぺペアだって!? オオオレとナタリアは別にそう言う関係じゃなくて! ……いや、つーか銀製とか高い金属は有り得ねーから。こっちの鉄製で十分だろ」

「慌てふためいたり落ち着いたり、どうしたのじゃ? 調子が悪いのなら、買い物は妾に任せて帰って休んでいても良いのじゃぞ?」

「そんなことをしたら財布がいくつあっても足りん」


「お客様、お決まりになりましたか?」

「うむ、こちらの鉄製食器をペアで頼むのじゃ」

「お、おい、ナタリア! ペアって、なんだよ!? だからオレ達はそんな関係じゃなくて!」

「不満があるのか? ペアで買うと安くしてもらえるのじゃが」

「……ペアでお願いします」


同棲という言葉を意識し始めてからオレの言動がヤバくなっていた。なんだこれ。ツライ。精神的になんかキツイ。だからと言って、買い物をやめるわけにはいかない。オレ達は一通りの食器を買うと、店の外に出た。変に火照った顔を冷やすのに、外の空気は丁度良い冷たさだ。


「メモに書いてあるのはこれで最後じゃ。ナオトよ、これからどうするのじゃ?」

「んー、買った家具類が家に届くのは明日になるし、どこかで飯でも食って帰るか」


一緒に買い物をしてご飯を食べて帰る……人はこれをデートと呼ぶのではなかっただろうか。


「落ち着け、城の装飾品を売りに行った時も同じことをしただろ。あの時は何も感じなかったじゃないか」

「急にぶつぶつと言い始めて、どうしたのじゃ?」

「ああ、ちょっと状況を独り言で確認してただけだ」

「? ふむ、そうか。ナオトは真面目じゃの」

「真面目っていうか……むしろ、真面目になりてーわ」


太陽は落ちかけて夕焼けがナタリアを幻想的に照らしている。シルクのように艶やかなゴールドヘアーが橙色の風に乗って揺らいでいるようだった。夕日を見つめるナタリアの横顔を見ていると、なぜか切ない気持ちが胸に湧いてくる。


「綺麗じゃな」

「ああ、うん、とても綺麗だと思う」

「この街の夕日は城で見るものと、また違うのう。建物の影が良い味を出しておる」

「ああ……」

「どうしたのじゃ? 元気が無いように見えるのじゃが」

「気にするな。ちょっと憂鬱な気分になってるだけだ」

「そうか。夕日は人をノスタルジーな気分にさせるものじゃからな」

「そうだな」


思えば遠くに来てしまったものだと思う。彼女いない歴イコール年齢だもんな。それがいきなり同棲となったら、オレじゃなくても誰だって変になってしまうだろう。いい加減に慣れなければならない。こんな有り様だから、オレには彼女の一人もできないんだ。


「ふむ。少しスッキリした顔をしておるの」

「ん? ああ、オレが一人で舞い上がっているだけっていうのを自覚したら、なんか冷めてきたんだよ」

「舞い上がっておったのか?」

「異世界から来て、いきなりナタリアの臣下になって、そして今度は新しい生活のスタートだろ? 気持ちの切り替えがようやく追い付いてきたって感じだな」

「そういえば、お主の世界の話をしっかり聞いたことは無かったのう」

「んー、まぁ、時間がある時にでもな。今はさっさと飯でも食おうぜ」


日本にいた時の生活は、あまり話したいことじゃない。色々と行きあたりばったりな部分はあったが、今の方が楽しいに違いなかった。これからの生活も楽しくなることだろう。魔王の臣下としては失敗してしまったが、これはこれで幸せな道なのかもしれなかった。


……ちなみにオレが選んで食べに入った食堂はナタリアには不評だった。ナタリアの舌が肥えているのか、オレの舌が貧乏過ぎるのか、食べ物の趣味だけは未だに噛み合いそうにない。オレは美味しく頂けた。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



国境警備隊の服装は上は制服、下はスカートでなければ自由という軍隊系の仕事にしては緩めの規律だった。オレは寝巻から制服に着替えると、三階を自室にしたナタリアに声をかけた。


「ナタリア、起きているか?」

「お主よりも一時間は早く起きておるのう。朝食は妾が用意したゆえ、食べるが良い」

「うお! もう下に居たのかよ。お前、朝は早いな」

「お父様が寝起きにだけはうるさかったからのう。早く起きるのは得意なのじゃ」


そういえば、魔王城でも早起きでナタリアに勝ったことはなかった。台所は一階にあるので、オレは二階の自分の部屋に忘れ物が無いか、確認してから一階に下 りた。台所には、見慣れない凛々しい男装の麗人が座っている。品のある所作で茶菓子を食べていた。つーか、お前、良く見るとナタリアかよ。そして、朝から 茶菓子かよ。


「お前さあ、仮に料理しないとしても、パンとジャムとかエネルギーになりそうな物を用意しろよ。……茶菓子って、あくまで紅茶を飲む時に摘まむ物であって主食にするものじゃないぞ」

「甘くて頭がはっきりするぞ? お主も試してみるが良い。きっと気に入るじゃろう」

「つーか、お前って、国境警備の制服を着ると、男装しているみたいだな」

「む? そうか、変かの?」

「いや、良いんじゃねえか? ある意味でアリだと思うぞ」


今日から国境警備の仕事が始めることになっていた。まずはハミルトン城に寄って、それから基地に移動するらしい。


「そろそろ出ないとな。鍵をかけるから早く出ろよ」

「少し待つのじゃ。ちと忘れ物がある」

「早くしろよー」


玄関の外は一日の始まりを祝福するように眩しい朝日が降り注いでいた。




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