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08 温泉

 朝飯を食って、少し家事を終わらせた後、俺はまた湖に向かう。

 妖精界は朝だが、あっちの城は今は昼のはずだ。

 急いで羽根を動かし、風の力まで使って超スピードで辿り着き、指定の場所を覗く。


 湖の中で、彼女はノートをとっていた。

 部屋で一人で自主勉強だろうか。教材には国の現在の状態が数字で書かれていた。

 それを見て、俺は「今日も頑張ってるなあ」と、ほんわかする。

 きっと、受験勉強を夜遅くまで頑張る娘を見守る父親というのはこんな気持ちなんだろう。


「今日もあの子を見てるの?よく飽きないわね」


 なごんでいるところに、上から声がかかった。


「仕方ないだろ気になっちまうんだから。この引力に逆らえる奴がいたら、俺は尊敬するね」


 案の定、ソーナだった。

 俺はちらりと見てすぐに湖に視線を戻す。


「それに、まだたったの()()しか見てないだろ。赤ん坊から老人まで一生を見届ける妖精なんてのも珍しくないし、短い方だ」


 この二年、俺はほぼ毎日、彼女のことを見続けていた。

 まあ考えようによってはストーカーなんだが、これは彼女から出てる引力に逆らえない妖精のサガなので仕方がない。


 彼女、アリル・シャルティライトの様子は、妖精界から見ているだけでも立派なものだ。

 湖からはあくまで見るだけであり、音は聞こえないから推測だが、毎日早起きして朝から勉強、食事は平民と変わらない質素なものを食べて、日によっては街まで出て民の様子を確認する。

 民の幸せを第一に考え、国を変えようとする、まさに王族の鏡。

 平民から税金を搾取し、大したこともできないくせに自分は優れていると勘違いしていて、肥え太った豚みたいな体系でそれでも肉を貪る、アリルの家族に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「普通に可愛い子だけど、もしかして前世の性別引きずって恋とかしちゃってるの?でもあんたの今の姿から考えて、絵面は百合になるわよ」

「出来たらどんなにいいだろうな。最高じゃねえかTS百合。本当に俺がTSしてるならな。無性だ無性。恋愛感情なんて感じたくても感じられねえよ。どっちかっつーと親心とか、そんな感じのあれだ」


 それにそう、アリルは可愛い。

 絶世の美女というほどでもないが、前世の並のアイドルよりは可愛い。

 だからこそ心配になる。美少女でまともな王族など、俺の知る限り悲惨な目に合う場合が多い。

 しかし、俺がこうして見守る以上、滅多なことは起こらないようにしないとな。

 それはそうと。


「で、ソーナは何しに来たんだよ。何か用があるのか?」

「ああ、そうそう。レッタが呼んでてね。フィラに新しい温泉を試してほしいって」

「ええ………」


 気になっていたことを指摘したら、嫌な答えが返ってきた。

『水』の妖精レッタは、俺と同じ四大属性を司る妖精の一柱。

 ソーナ並みに強いんだが、前世から無類の温泉好きで、温泉の構成成分を分析して自分で温泉を作り出すという離れ業を行い、妖精界の一部で崇められている妖精だ。ちなみにどちらかといえば女っぽい性格。


「いやだよ、前に入った時体が嫌な感じにピリピリしたんだ。あれ絶対やばかったって」

「ああ、あれ噂じゃあ強酸だったらしいわね」

「ほらみたことか!」


 ただ、真の温泉を追求するあまり横道にそれがちで、たまにおっそろしい温泉を作ったりする。

 一度『スライム風呂』なる物を作った時は、妖精の力の一部を生物化した温泉が吸い、意思をもって暴れだし、三人がかりで消し飛ばす羽目になるという悪夢が起こったことがある。

 あのスライム、地上に降りたら大厄災レベルの魔物だったんじゃないだろうか。


「あのスライムを消したこと、もしかして俺たちは人知れず世界を救っていたのかもしれんなあ」

「完全にマッチポンプじゃないの」

「まあ、いずれにしろ嫌だと伝えてくれ。アイツの実験体になるのはごめんだ」

「そういうと思って、レッタから伝言を預かってるわ。『もし来ないならウチの能力で湖の一部分を閉鎖する』だって。つまりあんたが見てるそこ」

「あの野郎!」




 ※※※




「いやー、悪いねぇ。ウチの人体実験、もとい温泉入浴式につき合わせちゃって」

「テメー今人体実験って言いかけたな」


 今回の温泉は、もう見ただけでアウトと分かるやばい温泉だった。

 いや、もうあれは温泉と言っていい代物ではない。温泉に失礼だ。


「なんっで温泉が濃い目の紫色なんだよ!?なんでところどころに蔓が生えてるんだよ!?」

「ウチが聞きたいよ。なんでこうなるのやら。あ、でも効能は確認できたよ?腰痛肩こり軽減、口内炎予防、美肌効果、下痢、しかも歯に塗れば虫歯にも効くみたい」

「もうそれ温泉ではないだろ、なんで虫歯に温泉が効くんだよ!………いや一番の問題はそこじゃねえ、下痢っつったか!じゃあなんだ、俺が排泄しない妖精だったからいいものの、本来は下痢になるってか!」

「人間だったら、多分一滴触れただけでそんじょそこらの下剤の十二倍ほどの効果が見込めて、摂取でもしようものなら間違いなく体内の水分の大半がウンコと一緒に放出されるね」

「それはもはや殺人兵器だよな!?」


 なんつーもんに人を入浴させるんだ、この野郎。

 歯に塗ったら虫歯予防って、歯に塗った時点で経口摂取でお陀仏じゃねえか。


「まあ、あらゆる状態異常に対する完全耐性を持つ妖精にしか入浴できない温泉だね。どうだいもうひとっ風呂」

「入るか!さっさとその温泉というにはあまりにもおこがましい液体は体内に吸収しろ!」

「チッ」


 しぶしぶという感じで、レッタは温泉(下剤)を吸収する。


「ウチの芸術的な温泉の価値が分からないとは」

「お前のは芸術じゃなくて劇物だ」

「人間の娘に入れ込む色ボケ妖精め」

「へいへい、それで結構だ。じゃあ俺は戻るぜ、あばよ」

「ああ、待ちなよ。ここから行くのも面倒だよね。礼と言っちゃあなんだけど、今日はこの温泉を貸してあげよう。ここを君がお熱な彼女の部屋につなげるから、好きなだけ見ていればいい」

「おお、マジか」


 レッタは一つの温泉に触れ、少し念を入れた。

 すると温泉は、俺のいつも見ている城を映し出す。


「ここだな?ちょっと待っててね、今照準を合わせるから」

「頼むぜ」


 今日は温泉に入りながら、アリルの様子を見れるのか?

 相だとしたら非常に嬉しい、幸い横の温泉は普通のものだ。

 しかし、俺のウキウキとは裏腹に、いつまで経っても、レッタがその場を離れなかった。


 俺が問いただすと、レッタからは妙な返事が返ってきた。


「おい、いつまでかかるんだ?」

「ねえフィラ、本当にここなんだよね?君がお熱の………アリルだっけ?彼女がいるのは」

「ああ、間違いないけど」

「おかしいな、どこにもいない。城中くまなく探したけど、見つからないよ」

「はあ?」


 レッタに言われて俺も確認を始める。

 だが、確かにいない。城の中庭にも、いつも見回っている街にもいなかった。


「おいおい、どこに行ったんだ?何とか探し出せないかな」

「ちょっと待って、地上の水に干渉して、過去に水面に映った姿から探してみるよ」


 さすが『水』の妖精、水に関しては類を見ない力だな。

 集中した様子もなく、ホイホイと水に干渉し始め、捜索してくれている。

 そして。


「あ、見つけ………た………」

「おっ!どこだ?」


 見つけてくれたようだ。

 これは感謝しなきゃな、助かった。

 ん?なんだ?


「なんでそんな困惑顔してるんだ?」

「えーっと。この子、王女なんだよね?」

「そうだけど」

「じゃあ、なんでこんなことになってんの?」


 レッタは、おそらく過去の映像を、温泉に映し出した。

 瓶詰の水に映ったものなのだろうか、薄い赤色がついている。


 そしてそこには。


 城の兵士に取り押さえられてもがいている、アリルの姿があった。

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